第330話 遊学
「な、何!?もう出発したパーティーがあるだと!?」
朝食の準備をしていた梅から報告を受けた前田は思わず、声を荒げた。
「はい。えらくお早いご出発でした」
梅は、食堂に膳を並べながら、淡々とした口調で話していた。
式神である梅は、予め言われていたことしか守らない。
今は、大月学園の生徒を迎え入れ、食事を用意し、結界の向こうに送り出す。そして、怪我をした場合、手当てする…それだけであった。
出発する時間は、聞いていなかった。
「あいつら〜勝手をやりやがって!」
前田は、出されたご飯に手をつけることなく、食堂に入ってきた高坂とさやかに目で合図すると、廊下に出た。そして、離れに向かう通路の途中で、足を止めた。
その後を、自然な感じで、2人が追った。
「何かあったのですか?」
少し眉を寄せたさやかの質問に、前田は舌打ちした。
「先に結界を越えたパーティーがいる。その中に、高木真由が含まれている。綾瀬理沙はいるが…。彼女にもしものことがあれば…」
「我々のパーティーも出ましょうか?」
さやかの言葉に、
「そうしてくれるか」
前田は頷いた。
そんな2人の会話をただじっと聞いていた高坂は、口元を緩めると、おもむろに口を開いた。
「一度…確認していきたいのですが…」
高坂は2人の顔を交互に見て、訊いた。
「2人は、高木真由の姉を殺したのが…綾瀬さんだと思っているのですか?」
「え!そ、それは…」
口ごもるさやかと違い、前田はすぐに自分の考えを述べた。
「生徒会長を十字架に磔にした…女神ソラ。その直後に起きた…高木摩耶の飛び降り自殺。私は、何らかの関係があると思っている」
前田は、食堂の方に顔を向け、
「私は、女神ソラなるものが…我が校の生徒に化けていると思っている」
一度目を瞑った後、高坂の方に顔を向け、
「教師としてあるまじき考えだが…綾瀬のことも疑いの人物にいれている」
きっぱりと本心を口にした。
そんな前田に、高坂は頭を下げると、今度は自分の考えを述べた。
「綾瀬理沙は、女神ソラではありません。それは断言できます。そして、俺は別のことを疑っています。高木摩耶の自殺が…いや、高木摩耶という人物が本当にいたのか…。もしくは、高木真由という人物がいたのか…」
「な!」
高坂の言葉に、2人は絶句した。
「俺は…」
言葉を続けようとした高坂に、ショックから興奮状態になった前田が口を開いた。
「それは、あり得ない!ちゃんと名簿に残っていた!高木摩耶の存在も、高木真由のことも!そして、病院に遺体は運ばれたんだぞ」
「相手は、女神です!何とでもなります」
高坂は、前田の目を睨むように見た。
「だったら…これはどうなの?」
今度は、さやかが口を開いた。
「輝から訊いたわ。磔になっていた生徒会長が、一度行方不明になり、見つかった時…輝は、綾瀬理沙さんに似た女を中庭で見ている。そして、お前も!」
さやかは目を細め、
「高木摩耶か飛び降りた前後に、女の飛び降りを目撃しているはずだ!その女は、綾瀬理沙ではなかったのか?」
「!?」
思わず目を見開いた高坂の脳裏に、地面に激突する寸前…こちらを見た女の顔がよみがえった。
(確かに…)
高坂はにやりと笑った。
「図星だな」
その笑いを見て、さやかは確信した。
「しかしな」
高坂は笑みを浮かべながら、さやかを見ると、
「だからこそ、違うと言える」
さらに口元を歪めた。
綾瀬理沙の正体を知った後では、その行動を理解できる。
高坂は無言で頷くと、食堂の方に歩き出した。
「高坂!どういう意味だ?」
前田が訊いたが、高坂はその質問にはこたえず、
「先生!我々のパーティーが出ましょう。今すぐに!」
歩きながら両手を広げた。
「アハハハ!」
なぜか笑いが止まらなくなった高坂のもとに、食堂から輝がかけ寄ってきた。
「部長!」
「輝!我々も結界内に入るぞ!チーム高坂始動だ!」
なぜか上機嫌の高坂に、輝は苦笑いを浮かべた後、
「チーム高坂って…そ、そんなことより!他のパーティーはもう出ましたよ」
衝撃の事実を述べた。
「え」
高坂の笑顔が、凍り付く。
「うちとさやかのこと以外は、出発しましたよ!」
「ええ!」
三人の叫び声が通路に、こだました。
「あ、あいつら〜!勝手なことを!」
前田が怒りの顔で、食堂向けて走り出した。
「どうしますか?」
輝は、恐る恐る高坂に訊いた。
「無論…我々もでるぞ!」
今度は、顔を引き締めると、高坂は走り出した。
その横から、さやかが追い越した。
「さっきの続きは、あとできくからな」
捨て台詞を残して…。
その頃、最初に出たパーティーの五人は、早くも湖のそばまでやってきていた。
しかし…生きている者は、ほとんどいなかった。
「た、助けてくれ!」
錯乱しながら、ジャングルの草木をかき分ける柔道部部長畳次郎。
「俺は…死にたくない!」
一気にジャングルを突き抜けると、突然視界が開けた。
湖に着いたのである。
普段ならば、水を飲みに来る魔物でいっぱいのはずが、一匹も川辺にはいなかった。
空も見えない閉鎖された緑の空間から解放されたことにより、力の抜けた畳は…膝から崩れ落ちるように川辺の砂地に、前のめりに倒れた。
激しく息をしていると、砂を踏み締めながら近づいてくる足音に気付いた。
「ヒイイ」
怯えるように悲鳴を上げると、慌てて立ち上がった畳の前に、一人の学生服を着た生徒が立っていた。
「あ、あんたは!?」
着ている制服が,大月学園のものとわかり、ほっと胸を撫で下ろした畳。
「俺達より、先に入った生徒がいたのか」
立ち上がり、少し安堵の表情を浮かべた畳の言葉を、現れた学生は聞いていなかった。
「…」
無言で、畳の向こうのジャングルの茂みを見つめていた。
「!」
その視線に気付いた畳が慌てて振り返ると、茂みの中から音を立てずに、誰かが出て来た。
「ヒイイイ!」
その姿を見た瞬間、畳は走り出した。
「やあ〜」
学生服の男は、幾多だった。
幾多は、現れた者に微笑んだ。
「ぎやあああ!」
程なくして、湖に断末魔の悲鳴がこだました。