第329話 ミッション
梅から配られた部屋割り表に従って、生徒達は散り散りに割り当てられた部屋に向かう。
「いいか!」
部屋割り表を配る前に、玄関から一階の殆んどをしめる大広間に生徒達を集め、前田が告げていた。
「この合宿に、決まりはない!ここから結界を出て、一週間島の中で生活していいし!自ら食料を確保できないならば、この合宿所に戻り、食事をしてもいい!自分の中で、決めたプランに従え!」
九鬼が、1人1人に手渡しで、部屋割り表と一緒に、この島の地図を配った。
「だか、一つだけ気をつけて欲しい!島の真ん中にある湖の向こう側には行くな!そこは、レベル50以上の魔物がうじゃうじゃいる!余程のことがないかぎり、こちら側には来ないがな」
前田の説明に、高坂は思わず地図を握り締めてしまった。
前に島に来た時、結界前まで、レベルの高い魔物は来ていた。
高坂の脳裏に、魔物達に蹂躙される武装した生徒達の最後がよみがえる。
(やつらは、人間の味を覚えたはずだ!)
高坂は、大広間にいる生徒達の顔ぶれを確認し、
(やはり…編成が大事だな。精鋭部隊を編成して、危険な魔物を先に駆逐するか)
高坂は頷き、頭の中で編成を考えていた。
(俺に…生徒会長。それに…さやか)
と考え悩んでいると、前田の口から衝撃の言葉をが発せられた。
「しかし、1人で行動するのは禁止する!こちらで決めたグループ内で、行動してくれ。将来、パーティーを組むとき、同じレベルばかりとは限らないからな」
「はあ?」
高坂が現実に戻った時、パーティーの編成は決められていた。
高坂の周りに集まったのは、輝に梨々香…そして、十六小百合。あとは、唯一まともそうな空手部の打田直美であった。
30人いる生徒達は、6人一組で、5チームに別けられた。
「ば、罰ゲームだろ…」
集まったメンバーに、肩を落とす高坂の前に、最後の1人が来た。
「よろしくね。部長さん」
その声に、高坂は顔を上げた。
「き、君は!」
目の前に、笑みを浮かべた綾瀬理沙が立っていた。
一つの希望を得て、高坂の顔が明るくなった。
他の編成も決まっていた。
緑にカレン、赤星浩也に、阿藤美亜。そして、九鬼に…さやか。
「チッ!」
緑は、カレンを見て舌打ちした。
「…」
九鬼は無言で、美亜を見つめていた。
「これは…ある意味凄いメンバーね」
そんな九鬼の後ろから、腕を組んださやかがやって来た。
「如月部長」
九鬼は、さやかの方を見て静かに頷いた。
(だけど…一番の要注意人物がいない)
さやかの目は、高木真由を探していた。
空手部や柔道部の部員にまざって、真由の姿を見つけた。
(あの子も、注意しなければならないはず。もう1人は、高坂のチームに入ったけど…)
さやかは心の中で、首を捻った。
(あいつの態度が変わったのよね。どこか気を許しているような)
綾瀬理沙の秘密を聞いた高坂は、そのことを誰にも話していなかった。
しかし、明らかに接し方が変わったことを、さやかは見抜いていた。
そんな中、今回の編成を知った高坂は、悩んでいた。
(高木君に、誰かつけたい。輝が一番、いいのだが…)
前田に進言すれば、通るかもしれない。
(しかし…)
高坂は、それを言うか決めかねていた。
(あのパーティーに、生徒会長かさやかがいたら…いいが…)
輝1人の場合、なぜか嫌な予感がしていた。
それに、真由のパーティーは柔道部や剣道部の部長がいた。ヘタレの輝と変えれば、戦略ダウンとなってしまう。
(俺がいけば…)
同じく戦略ダウンになるし、今いるパーティーがガタガタになるのは、目に見えて明らかだった。仕切る人間がいないからだ。打田直美は未知数だが、このメンバーをさばくには荷が重いだろう。
(仕方がない…)
高坂はため息をつくと、現状を受け入れることにした。
「…ということで、本格的な修業は、明日から行う!今日は各自、明日使う武器の手入れや、食料を準備しておけ。地下に、携帯用の食料庫がある。一週間分の食料や、日にちに合わせて用意されてある!結界をでる前に、チェックすること!」
前田は、パーティーごとに集まっている生徒達にそう言うと、
「ここの二階が、男子のフロア。女子は二階だ!部屋の前に、名前が貼ってある!食堂は、この広間の隣だ。一時間後に、集合しろ!連絡事項は以上!解散!」
ぞろぞろと大広間から、生徒達は出て行った。
「この合宿所…学校に似てますね」
さやかのもとに走り寄った梨々香が、廊下を歩きながら感想を述べた。
「確かに…そうだな」
玄関から真っすぐ伸びる廊下の右側に並ぶ部屋。左側は窓で、埠頭に向いていた。
二階に上がる階段は奥にしかない。
その階段の横はトイレで、前には離れに繋がる渡り廊下があり、そこには風呂があった。
生徒達は、階段を上がった。
「え!?」
一番乗りで、二階に足を踏み入れた輝の顔がぱっと、明るくなる。
「も、もしかして…個室ですか!」
廊下に並ぶ部屋の多さに、輝は感嘆の声を上げた。
「フッ」
高坂は笑うと輝を追い越し、廊下を歩くと、自分の名前が貼ってある部屋のノブを掴んだ。
「喜ぶのは、中を見てからにしろ」
「わ、わかりました」
高坂の隣の部屋である輝も、ドアノブを掴んだ。
一斉に開けると、
「狭っ!」
輝は驚きの声を上げた。
余裕のない1人用のベットが、部屋の殆んどを締めており、その横を何とか通ると、奥に机を椅子があった。
ドアの横に、簡易クローゼットがあった。
「せ、狭すぎますよ!」
輝が文句を言っていると、
「そうだな…」
その隣で、高坂は口ごもっていた。
「どうしたんですか?部長」
その様子に、違和感を感じた輝が、隣の部屋を覗いた。
「え!」
思わず声が出た。
「広っ!」
何と…高坂の部屋は、輝の三倍はあり、さらに横にもう一部屋あったのだ。
(やりすぎだ…梅)
高坂は、首を横に振った。
「隣も、俺の部屋より広い!贔屓だ!贔屓!」
ブーイングを言い出した輝に、
「どうせ…この部屋は、あまり使わん!そんなにいいなら、隣を使え!」
高坂がそう言う前に、もう鞄をほり込んでいた。
「ありがとうございます!」
にっと笑う輝。
二階に続々と、男子生徒が上がってきた。
高坂ははっとして、中に入るとドアを閉めた。
恐らく、他の生徒の部屋も、輝と同じで狭いはずだ。
「知られてはいけない」
高坂は固く誓った。
「極楽ですよ」
隣の部屋は、畳の間になっており、輝は大の字になっていた。
そんな輝を見下ろしながら、高坂は言った。
「明日から、島の内部に入る。あくまでも、我々の目的は…高木真由の情報を引き出すことだ」
「わかってますよ」
輝は目を瞑りながら、頷いた。
「あまり、魔物に構うな。それと、中央の湖より先にいくことがあれば気を付けろ。さっきも注意があったが、あそこはレベルの高い魔物が多い。俺やさやかは、この島の安全ルートを知っているが…あれから、二年近く経っているから、まだ安全かはわからない」
高坂は、頭の中でルートを思い出していた。
「心配しなくても、僕は危険なところにはいきませんよ。できたら一週間、この部屋で過ごしたい」
そんなことを言う輝に、高坂はため息をつくと、
「できるかぎり、緑とさやかのいるパーティーと行動をともにするつもりだ。こちらの戦力では、もしもの時に対応できない。それか…パーティーをもう一度、中で編成し直したい」
高坂は顎に手を当て、
「打田君を、危険な目に合わせなくはない。彼女は、情報倶楽部とは関係ないからな」
「だったら…綾瀬さんは、どうするんですか?」
輝は半身を起こすと、高坂を見上げ、
「彼女も、危険な目に合わせることになりますよ」
「彼女は、大丈夫だ」
思わず、即答してしまった高坂に、輝が訊いた。
「どうしてですか?」
「え!」
ここで初めて、高坂はまずいことを言ったと気が付いた。
「どうしてですか?彼女が、高木真由のお姉さんの親友で、今回の依頼者だからですか?」
輝の素朴な質問に、高坂は口ごもった。
しかし、変な言い訳をしても仕方がない。
高坂は、言い切ることにした。
「彼女も危険にさらしてはいけない!」
きっぱり言った後、頭をかき、
「綾瀬君のこと、忘れてたよ。はははは!」
笑って誤魔化すことにした。
「…」
輝もこれ以上聞く気になれずに、再び畳の上で横になると、食事の時間まで寝ることにした。
その後、食事と入浴を済ませた大月学園一行は、明日の朝まで何もないはずだった。
しかし、事件は起きた。
朝…一組のパーティーがいなくなっていたのだ。
高木真由がいるパーティーが…。
彼女達は、朝日が昇る頃に結界をこえていた。
慌ただしく、一日が始まった。