第328話 花火
「ところで…島では具体的にどうするんですか?」
生徒達が、プレハブの合宿所前に集まる前に、前田のそばに来たさやかが訊いた。
「…」
前田はこたえずに、一歩前に出ると、集まった生徒達の顔を1人1人見回してから、おもむろに口を開いた。
「お前達!よくここまで来た。ここに来たという事実だけで、単位はやろう!」
前田の言葉に、生徒達がざわめく。
そんな反応を無視して、言葉は続いた。
「ここから先は、学校の授業の範疇をこえることになる!潜水艦も、この島に停留しているのは危険な為、今から港に戻る!そして、一週間後まで来ない!つまりだ!逃げることはできなくなる!」
前田は真剣な顔になり、
「帰りたいものは、港に戻れ!港近くにも、修行の場所はある!そこで、一週間鍛えて貰う!今田先生が、こちらで待機されている」
「そう言えば…先生が減ってる?」
緑は周囲を見回した。前田と上野先生しかいない。
「ここからか、危険が伴う!場合によっては、命を落とす可能性もある!だから、無理だと思うものは、潜水艦まで戻れ」
前田の言葉に、
「…」
ぱっと笑顔になった輝は、そおっと整列した列から出ようとしたが、その動きを察知した舞の遠隔操作により、十六の腕が上がり、日本刀で退路を断った。
「ヒイ!」
日本刀は、輝の前髪を切り裂いた。列から一気に飛び出していたら、確実に突き刺さっていた。
「あんたは、無理」
十六の口から、舞の声が発せられた。
しばらく無言の時が流れた後、前田は頷いた。
「各自!合宿所に入ったら、しばし待機せよ!予定は追って報告する!」
潜水艦に戻る者はいなかった。
生徒達が、合宿所に向かい歩き始めると、後ろでは潜水艦が埠頭から離れていった。
「あ…ああ」
その様子を名残惜しそうに見送る輝のほっぺたを、緑がつねった。
「あんた…帰ろうとしたでしょ!」
緑の剣幕に、輝はビビリ、
「め、滅相もございません!」
慌てて否定した。
緑はつねりながら捻ると、
「情報倶楽部の人間が、逃げてどうする!」
輝を睨みつけた。
「逃げようなんて…そんな」
輝が何とか言い訳を考えている時、海に潜った潜水艦の方から物凄い爆破音がした。
「…」
その音を聞いて、にやりと笑う真由。
「何!?」
広場より少し上にある合宿所に入ろうと、石段に一歩足を置いた前田は、振り返った。
すると、再び爆破音が海の中からして、水飛沫が飛んだ。
「あははは…」
その音を聞きながら、輝は笑い…心から次の言葉を口にした。
「乗らなくて、よかった」
「チッ!」
九鬼は舌打ちすると、乙女ケースを取りだし、海へと突きだしている埠頭に戻ろうとした。
「大丈夫だ!生徒会長!」
その行動を、前田が止めた。
「あれくらいの攻撃は、想定内だ!沈没はしない。だから、行かなくていい」
「…」
振り返り、自分を見る九鬼に、前田は大きく頷いた。
事実、潜水艦は外壁にダメージを受けながらも、無事に港へと帰港していた。
「わかりました」
九鬼は乙女ケースをポケットにしまうと、潜水艦の方に背を向けた。
全員が、爆発音に驚き足を止めている中…1人、高坂だけが、合宿所の扉を開けていた。
「やあ、梅」
扉の向こうで、正座して出迎えているのは、老婆の姿をした森田拓真の式神であった。
「お久しぶりでございます。高坂様」
梅は、深々と頭を下げた。
そんな梅に微笑むと、高坂は誰もいないのを確認し、膝を下ろした。
そして、梅の耳元で囁くように言った。
「森田部長に伝えてくれ…。少し騒がしくなるが、あなたの眠りの邪魔はしないと」
「了解致しました。我が主にお伝えしておきましょう」
梅は頷くと、少し顔を上げ、
「こちらもご報告がございます。昨日、生徒の1人が、結界の向こうに侵入致しました。止めようとしたのですが…妙に強い魔力を感じ、止めることができませんでした」
「強い魔力?」
高坂は眉を寄せた。
「あとをつけようにも…生憎、私はここから動けないように作られております故…申し訳ございません」
梅は、床に額をつける程、頭を下げた。
「梅…いいんだよ。お前は、ここで傷ついた人達の世話をする為に、いるんだから」
石段を登り、人が近づいてくる気配を感じ、高坂は立ち上がった。
すると、扉が開き、前田とさやかが中に入って来た。
「相変わらず…一人早いな」
顔をしかめた前田に、
「先生が、遅いんですよ」
高坂はフッと笑った。
「クッ!」
前田のこめかみに血管が浮かんだが、高坂は気にせずに、他の事を考えていた。
(あいつに…魔力?)
高坂の脳裏に、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる幾多の顔が浮かんだ。
その頃…合宿所からそんなに離れていない海沿いの崖にいた幾多流は、結界の向こうで外壁をへこましながらも、海中を進んで行く潜水艦の影を見下ろしていた。
「さすが…頑丈だな」
感心したように頷いた後、結界の外で、三たび攻撃をしょうとしているものに、声をかけた。
「もういいよ。単なる歓迎の花火だから」
幾多の言葉に、先程よりも遥かに強力な力を放とうとしたものは、攻撃を止めた。
その時、幾多の後ろの茂みからサーベルタイガーに似た魔物が、飛び出して来た。
その動きに、振り向くより速く幾多は、腰のベルトに突っ込んでいた銃を向けた。
銃声が轟き、サーベルタイガーの眉間にヒットした。
しかし、それでも魔物の勢いは止まらず、幾多に向かってくる。
「やれやれ…」
銃を下ろすと、肩をすくめた幾多の瞳に、影が横切った。
「無駄玉を使ってしまったよ」
結界を一瞬で越えて、幾多の横を通り過ぎたものの膝蹴りが、サーベルタイガーの顔に叩き込まれた。
「お前がいたのにね」
幾多は、自分の前に着地したものの背中に微笑みかけた。
蹴りを喰らったサーベルタイガーは、ふっ飛びながら体中の穴から炎を噴き出し、燃え始めた。
そして、地面につく頃には燃え尽きていた。
「素晴らしいよ」
幾多は拍手した。
その拍手の中、ゆっくりと振り返った…その姿は。
幾多は、うっとりとした目で、そのものを見つめながら、名前を口にした。
「僕のフレア」