第327話 上陸
「心配するな!しかし、気を抜くな!」
少し矛盾したことを口にしながら、前田は自動運転で島を目指す潜水艦の中で、進行方向を睨んでいた。
一応、小型とはいえ、数週間は海の中で、生活できることを前提として造られた船内は、バスよりは広い。
それでも、海中にいるという圧迫感が、生徒達の心を刺激していた。
(海を捨て…陸に上がったもの達の進化の結果である人間が…再び、このようなものを造ることはな)
高坂は、初めて乗り込んだ潜水艦の中で腕を組んでいた。
軍事兵器である潜水艦に、窓はない。
その閉鎖された圧迫感に、皆が黙り込んでいる理由があった。
高坂とさやかが、非公式に島を訪れた時は、ボートで来た。
その時の揺れよりは、潜水艦の方が比べ物にならないくらい、安定していた。
(確かに…人を運ぶにはちょうどよい)
高坂はフッと笑うと、目をつぶって休むことにした。
どうせ…潜水艦の中では何もできないのだから。
何もできない時は、休む。それが、情報倶楽部のモットーになっていた。
(高坂…)
目を瞑った瞬間、高坂の頭に、森田の声がよみがえった。
(人間は、完璧ではない。だから、つねに備えなければならない。何かあった時に、ベストを尽くせるように)
この世界に来て、記憶を失い空っぽになった高坂は、どこか…焦っていた。
そんな時は、いつも森田は笑顔で、こう言った。
(休め…高坂)
最初は、休んでどうすると思っていた。
しかし、今は違う。
焦ってどうするのか。
何もわからず、何もできないならば…休め。
(森田部長…)
高坂は、島に着くまで眠ることにした。
(空っぽだった俺に…あなたは、中身をくれた。とても素敵な中身を)
(いや…違うよ。高坂)
森田は微笑み、
(今のお前は、自分で選んだんだよ。自分がいいと思ったものを)
高坂に頷いた。
(ぶ、部長)
自然と涙が流れた高坂に、森田は近付くと、肩に手を置き、
(記憶を、これからの未来でつくれ)
満面の笑みを浮かべた。
(森田部長…)
高坂は、拳を握りしめた。
森田は高坂を向かえるまでの三年間、たった1人で情報倶楽部を運営していた。
いや、歴代の部長がそうだった。
今のように、3人以上いるのは初めてのことかもしれない。
(空っぽの俺が…ここに入れるのは、あなたのお陰です)
目を閉じていた高坂の瞳から、一筋の涙が流れた。
その様子を、薄目で見ていた緑は…完全に目を閉じた。
潜水艦の上では、数多くの漁船が漁をしていた。その行動は、潜水艦に近付く魔物を牽制する役割も兼ねていた。
潜水艦は、海中の魔物に襲われることなく、極楽島に到着することができた。
島の先から突きだした埠頭に、横付けに潜水艦が浮上すると、いよいよ上陸が近い。
1人つづしか通れない狭い入り口から抜け出すと、九鬼は島への第一歩を踏み締めた。
(ここが、極楽島)
半球体の結界に包まれた島。
埠頭の先に、結界があった。
その向こうに、プレハブの建物が見え、さらに分厚い結界が見えた。
(ここだけが…結界の色が違う)
幅2メートルしかない埠頭を歩きながら、九鬼は前方の結界を睨んだ。
「ここは狭いから、降りたらささっと、合宿所の前まで行け!」
前田は、結界を睨んでいる九鬼に気付き、
「心配するな!ここの結界は、出入り自由だ」
「わかりました」
九鬼は頷くと、一気に結界をすり抜けた。
その後ろを、さやか達が続く。
「フン」
ゆっくりと、潜水艦から出てきたアルテミアは、目の前の結界を見て、鼻を鳴らした。
「う」
そんなアルテミアを見て、前田の体が震え上がった。先日の恐怖がよみがえってきたのだ。
(邪魔くさいな)
アルテミアは頭をかき、
(メンバーに選ばれる為に仕方なかったとはいえ…)
ため息をつくと、
(常に、これでは…逆にやりづらいな)
一瞬だけ前田と目を合わせた。
コンマ数秒の瞬きより速く、目を赤くしたアルテミア。
前田の頭から、アルテミアから受けた恐怖の記憶が削除された。
「え!え!え!」
頭が一瞬混乱して、訳がわからなくなった前田の横を、アルテミアが通り過ぎた。
やっと頭が落ち着き、はっとした前田は、離れていくアルテミアの背中を見て、
「どうして…あいつが、ここにいるんだ?」
目を丸くした。
「ここが、獄門…いや、極楽島」
無意識に足がすくむ輝。彼の中にいる犬神が、島からの魔力を感じて興奮していた。しかし、輝自身のへたれの防衛本能が、足を止めたのだ。
輝はそのせめぎあいの中、防衛本能に従おうとしたが…敵は、己の中だけではなかった。
「さっさとしろ!」
緑に首根っこを掴まれると、簡単に引きずられ結界を越えた。
「ここまで来て、なにびびってんだ!」
輝に説教しょうとした緑の目の前に、片膝をついて肩で息をする高坂の姿があった。
高坂は、息を整えながら、
「何とか…結界を越えられた」
額に流れる汗を右腕で、拭った。
「あんたはなんで、ここに来たんだ!」
そんな高坂に、つっ込む緑。
「うん?」
高坂は、緑の声に振り返ると…こいつは馬鹿かというような目を向け、
「バスと潜水艦を使ってだ!」
立ち上がると、緑の方に体を向けて胸を張った。
「わかっとるわ!」
緑の飛び蹴りを喰らい、ふっ飛んだ高坂は今日一番のダメージを受けた。
「さ、さすが…情報倶楽部最強の女」
高坂は血反吐を吐きながらも、何とか立ち上がった。
「最強って…へたれと貧弱しかいない部で…」
そこまで言ってから、緑ははっとした。
「そう言えば、舞はどうしたんですか!あいつ、病弱を装っているけど、特待生ですよ!その辺のやつより、強いはずです」
「舞は、休みだ。どうやら、合宿の時期があの日に重なるらしい」
高坂はなぜか、顔を赤らめた。
「は?」
緑は、顔をしかめた。
「あ、あれですね!」
今まで落ち込んでいた輝の顔が、ぱっと明るくなり、
「風邪でもないのに、体育の授業が休むのはおかしい!」
と言った瞬間、緑の裏拳が輝の顔面にたたき込まれ、黙らされた。
「そんなのが、理由になりません!あ、あたしだって…」
緑が口ごもった瞬間、鼻血を流しながらも、輝は嫌な顔をした。
それを見逃さなかった緑の後ろ回し蹴りが、再び輝にヒットした。
「そこ!暴れない!」
注意しょうとした前田は、輝に気付き、
「あ…」
注意するのを止めた。
そんな様子を微笑ましく見ていた高坂は、緑がとどめを刺す前に、口を開いた。
「舞本人は、来れないが…自分の代わりを寄越しているらしいぞ」
「代わり?」
木刀を構えた緑が、高坂の方を振り返った。
「ウム」
高坂は頷いた。
「…」
プレハブの前で、無言で立つ九鬼の後ろから、誰かが近づいて来た。
「フフフフ…」
不気味な笑いとともに。
「!?」
九鬼は振り返った。
「我は戻ってきた。貴様が住む戦場に…」
妙に短いスカートに、短髪の金髪。
そして、両手に持つ日本刀。
「九鬼真弓!我が好敵手よ!再び貴様を相まみえる為に、地獄から戻ってきたぞ!」
「生徒会長!すまん!手伝ってくれ!」
金髪の女の向こうで、前田が九鬼を呼んだ。
「はい!」
九鬼は返事をすると、日本刀を突き出している女の横を通り過ぎた。
「ま、待って!九鬼真弓!」
一瞬事態を飲み込めなかった女は、気を取り直して九鬼を追いかけようとしたが…足が勝手に、違う方向に走りだした。
「紹介しょう!スクラップになって破棄されていたのを、舞が修復改造した…情報倶楽部の秘密兵器!月影ロボだ!」
高坂の紹介に、後ろ足で登場した女に、輝がおおっと感心したような声を発した。
「違う!おれは、十六小百合!九鬼真弓のライバルだ!」
と叫んだ十六の首が、回った。
「おお!」
輝は拍手した。
「止めろ!」
十六が叫ぶと、首が止まり…今度は口から、別の声がした。
「と言う訳で…学園から、遠隔操作もできるから」
声の主は、舞だった。
「これ…ムーンエナジーで、動いてるのよ。この島の結界を分析して、何とか結界内でも動かせるようにしたから」
「チ!」
十六は舌打ちし、高坂達を睨むと、
「助けて貰った恩は返す!しかし、貴様らの仲間になると…」
ここから先は、何を言っているのかわからなかった。
なぜならば、さっきより高速で首が回ったからだ。
「ようするに…舞のおもちゃが増えたと」
緑は、こめかみを押さえた。
「いいな…あれ」
情報倶楽部の様子を眺めていた梨々香が、羨ましそうに十六を見ていた。
「あまり見るな!アホが染る」
さやかは、頭を抱えていた。
こうして、大月学園の精鋭(?)達は、島に上陸したのであった。