第325話 エトセトラ
(先程の…襲撃は、明らかにおかしい)
食堂には行かずに、1人歩道に立つアルテミアは、関所の向こう…今さっき通って来た山々を見つめていた。
(赤星の魔力が上がっている。それは、問題がない。しかし、今のあいつでは、巨大過ぎる魔力をコントロールできない)
と考えてから、アルテミアはフッと笑った。
(それは、仕方がないな。今のあいつには、心がない。あるのは、仮初めの心に似たもの…本当のあいつではない)
アルテミアは、ぎゅっと拳を握り締め、
(しかし、今の状態で魔力の暴走だけは、させてはいけない。島にいけば…発散できるだろう)
そのまま山々に背を向けて歩き出そうとした瞬間、アルテミアは振り返った。
(何だ!?この感覚は!)
微弱だが…何かがゆっくりと確実に、こちらに向かって来ているのを感じた。
(まだ…かなり遠いが…何かが、こちらの方向に向かって来ている。数は四!ただし…レベルは大したことはない。だけど、異質だ)
その接近してくるもの達の予想進路を頭に描き、目で追った。すると、目は…これからバスが向かおうとする方向に動いた。
「成る程」
アルテミアはにやりと笑うと、歩き出した。
食堂の前にある駐車場。その出入口には、兵士が立っていた。
「阿藤さん!」
食堂の入り口から、同じクラスの吉沢瑞希が手を振って来た。
「もう食事は、終わったの!」
声を張り上げてきいてきた瑞希に、アルテミアも少し声を張り上げた。
「うん!終わったわ」
そして、瑞希の方に歩き出した。出入口の左右を守る兵士の横を通り過ぎる。
無言で立つ兵士達は、知らない。気付いていない。
自分の首筋に、小さな傷があることを…。
アルテミアは微かに笑うと、瑞希の方へ駆け出した。
ほぼ同時刻。
島に上陸していた幾多流は、寒さと退屈の為に何度も生欠伸をしていた。
極楽島のスタート地点とも言える島の入り口にある建物は、思った程ボロボロになっていなかった。
中に入ると、さらに驚くことに、とても綺麗だった。
ワックス掛けがされた廊下。周囲には、埃はなかった。
幾多が玄関の壁を、指でチェックしていると奥から1人の老婆が出てきた。
「大月学園の方ですかね。お早いお着きで」
玄関の板の間で、出迎えの土下座をする老婆を見て、幾多は目を細めた。
(こ、こいつ…人間ではないのか?)
生気を感じない老婆。見た目は、人間なのだが…血が通っているように思えないのだ。
身長150センチくらいしかない老婆は、顔を上げると、幾多に訊いた。
「他の方々は?」
キョロキョロと幾多の後ろを見る老婆に、肩をすくめて見せてからこたえた。
「僕だけ先に来たのですよ」
「へぇ〜!」
幾多の言葉に、後頭部が後ろにつくんじゃないかと思う程、身を反らした老婆に、幾多はにこにこと笑顔を向けると、
「数時間後に、みんな着くと思いますので…」
玄関を上がることなく、後ろに下がった。
「それまで、周囲を見てみます」
「え!あ、ああ」
老婆は、玄関から出ていく幾多に手を伸ばした。
しかし、幾多はそれを無視して、プレハブの建物を壁沿いに歩き、真後ろに向かうことにした。
「申し訳ございませんが…こちらから先は行くことができません」
正面から角を曲がった瞬間、幾多は絶句した。突然前に、先程の老婆が現れたからだ。
驚いた理由は、老婆の速さではない。
前に回れるはずがなかったからだ。
建物の裏口は、完全に結界と一体化していた。
側面には、窓もない。つまり、老婆は幾多を後ろから追い越す以外に、前にいるはずがなかったのだ。
勿論、追い越されてはいない。
幾多は笑うと、老婆に直接訊いた。
「あなたは、何者ですか?」
その素直な問いに、老婆はこたえた。
「わたくしは、森田拓真様にお仕えする式神。拓真様の命により、この島に、流れ着いた方を死なせないようにしております」
「森田拓真!?」
幾多は、少しだけ考え込んだ後、にやりと笑った。
老婆は頭を下げ、
「この島は、危険でございます。この建物が、結界の入り口となり、魔物が外に出るのを防いでおります。しかし、結界は防御を強くした為に、不安定になっております。こちらから、結界の中に入れますが、向こうから戻ることはできません」
「なるほどね」
幾多は頷いた。
「出入りできるのは、この建物の裏口だけでございます。それも、結界を開ける鍵は、大月学園にしかございません。その為、間違って入ってしまった場合…大月学園から取り寄せるのに…え!」
話の途中で、老婆は目を丸くした。
いつのまにか、老婆を追い越した幾多の体が、結界内に半分埋まっていたのだ。
「あ、あのお〜お、お客様!」
狼狽する老婆に、幾多はウインクをし、
「あとから来る保険の先生に、伝えておいて下さい。少し散歩にいってきますと」
そのまま結界を通り過ぎた。
「ひ、ひえ〜」
老婆の悲鳴が、最後に耳に飛び込んで来た。
「さてと…」
ひんやりしていた結界の外と違い、いきなり汗ばむような湿気の多さに、苛立つどころか…幾多は楽しくなってきた。
目の前に広がるジャングルを見つめ、
「さっきの会話で、わかったことはもう一つある!森田拓真は、死んではいない。生きてはいないが…死んではいないはずだ。今の式神が存在できているならば、命はある!そして、彼は…この島のどこかにいる!」
ゆっくりと歩き出した。
「やはり〜異世界は面白いな」
幾多は、学生服のズボンのポケットに両手を突っ込むと、臆することなく、ジャングル内に入っていた。
昼間なのに、薄暗い空間も…幾多には心地良かった。
「真!先に行くよ。彼が守っているものは、俺が先に頂くかもよ。まあ〜それが、何かは知らないけどさ」