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第324話 会合

「それにしても…」


さやかは、食堂の奥に座るユウリとアイリに気付き、


「人間以外もいるわね」


改めて、この合宿の前途が不安になってきた。


関所の近くを考慮して、いつでも撤去できるように折り畳みの机とパイプ席が並んだ食堂は、殺風景だが…少し緊張を解いてくれていた。


ユウリやアイリから仕掛けてくる気配は、なかった。


(それにしても…どんな基準で選んだのか)


さやかが少しため息ついた時、


「お待たせしました!」


うどんとおにぎりを乗せたお盆を2つ持って、梨々香が現れた。さやかの前に置くと、隣に座った。


その行動を見て、輝ははっとした。自分と緑の前を見た後、慌てて注文する為に、右手に広がるカウンターに向かって走り出した。


「やっと気付いたか」


緑は、何もない自分のテーブルに頬杖をついた。


前の2人は、ずるずるとうどんをすすっていた。


「いただきます!」


カツ丼だけを持って帰って来た輝に、緑がキレた。


「自分の分だけかよ!」


「あ、当たり前でしょ!奢る金はないですから」


キレた緑よりも、カツ丼が気になる輝は、殴られる前に、胃の中にかきこむ作戦に出た。


「チッ」


しかし、緑は席を立つと、輝の相手をするよりも、カウンターに走った。


腹が減っては、戦ができぬというやつである。


時間もないし、輝を叱る前に買いに行ったのである。


「ご馳走さまでした」


一気にかきこむと、緑が戻る前に、食堂を出ようとする輝に、さやかが訊いた。


「高木さんは、どうした?」


「バスの中ですよ。何でも、食欲がないからと…」


輝の言葉に、さやかは眉を寄せ、


「何か食べておかないと、いざというときに、力がでないぞ」


箸を持つ手を止めた。


「そうですよね」


おにぎりを頬張りながら、梨々香が頷いた。


「わ、わかりました!何か買って行きます!」


輝はさやかに頭を下げると、お盆に空になった丼を置くと手に持ち、慌てて走り出した。





その頃、バスへと1人戻った高坂は、恥ずかしさからか…乗るバスを間違えた。


乗り込んでから、真由の姿を見つけ、慌てて出ようとしたが、階段を一段降りて踏み止まった。


「高木くん…」


高坂は再び、バス内に戻ると、


「君は、何か食べないのかい?まだ目的地に着くには、時間がある。途中で、お腹が空くぞ」


そう言いながら、バスの通路を通り、真由の横まで来た。


そして、真由を見下ろしながら、


「よければ、どう?買いすぎたからね」


パンが入った袋を差し出した。


真由は背もたれにもたれながら、高坂を見上げ、


「いただきます」


選ぶことなく、袋からパンを一個取り出した。


高坂は、通路を挟んで反対側の席の肘掛けに腰掛けると、無造作にパンを一個掴んだ。


(今回の合宿は危険だ)


話す内容を頭の中で考えるが、どれもしっくり来ない。自殺した彼女の姉の話をしても仕方がない。


いろいろ考えていても、言葉がでない。


「…」


こういう時は、情報倶楽部部長失格だと思ってしまう。


(森田部長ならば…上手く話を聞き出せるんだろうが…)


大月学園以前の記憶が、皆無に近い高坂。だからこそ、普段は、大胆に行こうと心がけていた。


失敗も経験である。人よりも進んで何かをやらなければ…経験を積むことができない。


先代である森田拓真は、高坂とは違い…もの静かな性格で、見た目は女のようだった。彼は、1人で情報倶楽部を運営していた。


そんな森田が、高坂を部員として迎え入れたのだ。


(真…)


高坂の脳裏に憂いを含んだ瞳を向ける森田の横顔が、よみがえる。


(無理矢理話すことはないよ。無言だって、会話の一つになることがあるんだから)


高坂は息を吐くと、袋の中にあるジュースに気付いた。フッと笑うと、それを真由に差し出した。


「パンを食べるのに、水気がないとな」


真由は、その言葉にクスッと笑い、


「そうですね」


ジュースを受け取った。


その時のあどけない真由の表情に、さっきまでとは別人のように思えた。


(この表情が、本当の彼女か?…いや、安易には決められない)


高坂は真由を見つめた。


無防備な真由に、いろんな思いを巡らしながら、パンを食べていると、少し喉が詰まった。ジュースを取り出そうとしたが、一個しか買っていないことに気付いた。


(チッ!しまった)


心の中で舌打ちしていると、バスの中に誰かが戻ってきた。


「高木さん!やっぱり、何か食べた方が…」


車内に姿を見せたのは、輝だった。


「ぶ、部長!?」


驚きの声を上げる輝に、高坂はフッと笑うと立ち上がり、輝に向かって歩き出した。


そして、残りのパンを輝に押し付けると、その代わりに輝が買って来た二つのコーヒー牛乳の内一つを手に取った。


そのまま高坂は無言で、バスを降りた。隣のバスに向かいながら、高坂はコーヒー牛乳にストーローを突っ込み、一気に飲み干した。


「危なかった…」


高坂は、額に流れた冷や汗を拭った。


ぎりぎりだった。


喉が詰まって、死にそうになっていたのだ。


「ふ、二つ…買うべきだった」


高坂はずっと、後悔していたのだ。




「何しに来たんだ」


必要以上に増えたパンを見つめながら、輝は首を捻った。


「あなた達は…お節介ね」


真由は、受け取ったジュースを見つめながら、輝の方を見ずに言った。


「え」


輝は思わず、真由の方を見た。前を向いている真由の横顔は、やっぱり…人形のようだ。


そんな印象を否定するように、真由は輝の方に顔を向けると、キッと睨んだ。


「だけど…それも、自己満足なだけ…」


「う、うう…」


輝は持ってきたパンと押し付けられたパンを見て、頭を垂れた。


何も言えなくなって、通路に立ち尽くす。


「誤魔化しはいらないわ」


真由は突然席を立つと、輝の横を通って、外へと出た。


まだ休憩時間があるからか…バスの近くには人はいなかった。


高坂も、隣のバスに乗り込んでいた。


外に出た真由は、食堂に向かうでもなく、バスから離れようとした。


その時後ろから、声がした。


「自己満足ねえ〜。それでも、他人の為に何かをする人間は、ましな方だと思うけど」


「!?」


驚いた真由が、声がした方を向くと、そこにリンネが立っていた。


「ご機嫌よう」


リンネは腕を組みながら、微笑んでいた。







「ここ…いいかしら?」


食堂で、1人座っていた九鬼の前に、綾瀬理沙が腰かけた。


九鬼の前に置かれているうどんを見て、理沙はため息をついた。


「うどんだけでは、バランスが悪いわよ。他に何か食べないと」


そんな理沙の言葉に、九鬼は目を丸くした。


「野菜もとらないとね。人間は、バランス良く食べないといけない体になっているのよ」


理沙の人間はという言い方に、九鬼は思わずに苦笑してしまった。


「何かおかしい?」


理沙は、首を捻った。


「いえ…」


九鬼は、口に手を当てて言っていいのか悩んでから、理沙に目をやると、おもむろに話し出した。


「あなたが…誰かに似てると思っていたけど…やっと思い出した」


九鬼はクスッと笑い、


「あたしの親友です」


「親友?」


「ええ…。お節介なところがそっくり…」


と口にしてから、九鬼は慌てて否定した。


「お、お節介じゃなくて…と、友達思いの大切な存在」


遠くを見るような九鬼の目に、理沙は何も言えなくなっていた。


しばらく無言になる二人の空気を切り裂く言葉が、食堂内にこだました。


「そろそろ時間だ!バスに戻るぞ!」


前田の声に、九鬼はお盆を持って、立ち上がった。


「そろそろ…いきましょうか?」


微笑む九鬼の顔に、理沙は一瞬見とれてしまった。その間に、頭を下げた九鬼が背中を向けて、食器置き場の方に歩き出した。


理沙は慌てて席を立ち、九鬼の背中に声を掛けた。


「さ、さっきは…乙女ブラックから、色が変わったけど…普段は変わらないの!」


その声に、九鬼は振り向き、笑顔を向けた。


「あの力は、過ぎた力…。あたしには、使いこなせないの」


「そ、そんなことは!」


理沙が言葉を続けようとしたが、九鬼は頭を下げると前を向いて歩き出した。


「真弓…。あなたこそが、正統な月影シルバーなのに」


理沙は遠ざかる九鬼の背中をしばし…見つめていた。




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