第323話 一時
浩也が掃討した道を一気に通り過ぎると、バスは再びトンネルに突入した。
このトンネルを越え、もう一回トンネルを潜れば、関所に着く。
再び、魔物の襲撃に備えて、二台のバス内に緊張が走る。
しかし、トンネルから飛び出すと、拍子抜けのように魔物がいなかった。
気配もしない。
静まり返った山の中を、バスは走る。路面も先のように、ガタガタになっていない。
「…」
真由は横の窓を見ることもなく、ただ前を見つめていた。
そんな真由の様子に、輝は何も言えなくなっていた。
「…!?」
すると、輝の座る席の斜め前から、鋭い眼光が飛んできた。
(話せ!)
振り返り、輝を睨んでいるのは、緑だった。
さらに、輝の前の席にはさやかが座り、聞き耳を立てていた。
(殺される)
このまま何も話さなければ、バスを降りた瞬間、2人の鬼に殺される。
輝は、自らの最悪の運命を変える為に、仕方なく真由に話しかけることを決めた。
「ま、魔物はもう〜襲って来ないようですね。よ、よかったですよね」
その言葉に、真由は目だけを動かし、輝を見ると、少し笑った。
その笑みを見て、輝はなぜか…ぞっとした。
無意識に自分から少し離れた輝に、微笑む顔を向けると、真由は言葉を続けた。
「だって…その方が怖いでしょ?魔物が、来ない方が」
その意味を考える余裕が、輝にはなかった。
真由の目を見つめ、動けなくなっていた。
「…」
前の席に座るさやかは、真由の言葉の意味を考えていた。
(確かに…最初のトンネルを潜った時は、魔物の群れに待ち伏せをされた)
その次のトンネルを抜けた方が、山の中に入っていたはずだ。
(なのに…魔物の襲撃はなかった)
その意味は、何だ。
最初の戦いで、九鬼やカレンの実力を知り、怖じけずいたのだろうか。
自分でそう考えて、さやかはすぐに否定した。
(そんなことはない!結構、付け入る隙はあったはずだ)
そんなすぐに、諦めるとは思えなかった。
さやかは、知らなかった。
この山々に住む魔物達が、復讐や仕返しをしょうと思わない程の恐ろしい存在がいることを。
いや、ある程度は予想していた。
しかし、そこまでとは思っていなかった。
「お、俺は〜こ、来ない方がいいよ!」
何とか絞り出した輝の言葉に、真由は少し驚いたように目を見開いた。
「だ、だって!襲われないんだぜ」
「…そお」
真由はうっすらと笑みを作ると、
「気楽でいいかもね」
再び前を向いた。
その瞬間、バスは最後のトンネルに突入した。
そこを抜ければ、再び人のテリトリーに入る。
(浩也…)
カレンは、隣に座る浩也の魔力が増しているのを感じていた。魔力を放っている訳でない。
浩也の内側に、マグマのように蠢いているのがわかった。
(赤星浩一は、赤の王と呼ばれる程の…炎の神だったと聞く。さすれば…今のこいつの魔力の増加は…トンネルの向こうにいたはずの魔物達を燃やし…摂取したものか…)
カレンはトンネルに入ると、顔を前に向けた。そして、ある言葉を思い出していた。
(バンパイア)
それこそ…魔王の証。
人と同じ姿をしていながら、人を餌とする神。
カレンの脳裏に、美亜になっているアルテミアの姿がよみがえる。
恐怖とともに…。
震える手に気付き、カレンは無理矢理拳を作った。
(バンパイアだとしたら…こいつも敵になるのか?)
そんなことを思ってしまったカレンに、浩也は微笑みかけていた。
(え!)
優しく温かい視線に気付き、カレンが窓に映る浩也を見た。
(大丈夫…)
窓ガラスに映る浩也は、目でそう訴えていた。
(僕は…敵にはならない)
その言葉に、カレンが目を見開いた時、バスはトンネルを抜けた。
明るい日射しが、カレンの目を細めた。その為、反応が少し遅れた。
カレンが、浩也自身の方を向いた時…彼は、前を向いていた。
カレンは声をかけることができずに、視線を前に戻し、軽く深呼吸をした。
バスは無事に関所を越え、その側にある食堂で休むことになった。
山越えの疲れを癒す為に立てられた食堂は、関所の警備隊に防衛されている為、安全だった。
「よく越えられましたね」
食堂の前を警備する兵士が、バスから降りて来た前田に感心したように言った。
前田は、頭を下げてから、
「ええ…。襲われたのは、最初のトンネルを抜けた時だけでしたから…。運が良かったのでしょう」
兵士に向かって微笑んだ。
それから、後ろを向くと、バスを降りて来た生徒達に叫んだ。
「食事休憩は、30分だ!各自それまでに、バスに戻れ!」
と話している途中で、前田ははっとした。
慌てて食堂の方を向くと、高坂と緑、輝が食堂の前にいたのだ。
「高坂!勝手に入るな!」
前田の声に、高坂はふっと笑い、
「我々に時間がないのですよ!大切な一分一秒!」
後ろに向かって振り返りながら、指差し、
「我々は!10分…いや!5分で、バスに戻ろう!」
言い放った。
「部長だけにして下さいね」
そんな高坂の横を、緑が横切って行った。
「30分でも、短いですよ」
輝も、緑の後に続いた。
「大体…予定より早いだろうが」
さやかも横切って行った。
ぞくぞくとそばを通り過ぎる生徒の中、高坂は崩れ落ちた。
「もうすぐ…五分だぞ」
最後に前田が、高坂の耳元で言った。
「く!くそ!」
全生徒が食堂に入った後、高坂は立ち上がった。
「高坂真に、二言はなし!」
拳を握り締めると、食堂の中にパン屋に向かい、適当に掴むと、金を払い…バスへとダッシュして行った。
その姿を見ながら、輝はテーブル席に座った。
「たまに…部長が、アホに見えますよ」
ため息に混じりに言った輝の隣に座りながら、緑は意外そうに言った。
「知らなかったか?」
「但し…底なしのアホよ。普通の人間には、真似できないね」
輝の前に、さやかが座ると、後ろを振り返り、バスに戻る高坂の後ろ姿を見つめた。