第322話 貢ぎ物
「真弓」
空中から、九鬼のそばに降り立ったカレンは、ピュアハートをペンダントの中に戻すと、ゆっくりと近づいてきた。
「今の力は?」
乙女ブラックの時とは比べ物にならない程の力を感じたカレンは、九鬼に訊いた。
「…月影としての最強の力。だけど、まだ自分では発動できないの」
九鬼は、黒い眼鏡ケースを手に取り、じっと見つめていた。
「そうか…」
それ以上は、カレンも詮索しない。
先頭のバスが、九鬼達を避けるように通り過ぎると、山側に停車した。
その動きを見て、後方のバスも続いて止まった。
先頭のバスから、緑と梨々香が飛び降りた。
「バスのダメージを調べるぞ!」
先頭のバスから、前田が降りて来た。
後方からは、高坂が。
「周囲に、気を配れ!全員降りなくていい!今田先生!如月!調べてくれ!あと、怪我した者は、上野先生に診てもらえ!それと、高坂!勝手に降りるな!」
「フッ」
前田の注意を笑みで返すと、高坂は九鬼達に歩み寄った。
「お疲れ様でした」
高坂は2人に微笑むと、ガードレールの向こうの景色に目をやった。
学園から、数時間離れただけで、まったくの別世界に変わっていた。
数多くの山が密集し、その中を道路は進んでいた。
あと山を2つ越えれば、関所がある。そして、再び人間のテリトリーを突っ切ると、海へとたどり着く。それから、海岸線に沿って走れば、極楽島への船着き場に行き着く。
学園から、何もなければ…六時間〜七時間の間に到着する。
「今のロスを取り返すぞ!みんな、乗れ!」
どうやら、バスに大したダメージはなかったようだ。
高坂は、山々の緑を見つめながら、ぽつりと呟くように言った。
「本当は…俺達人間の方が、招かれざる存在なのかもしれないな」
「…」
その言葉に、九鬼とカレンは無言になる。
「せめて…一刻も早く、ここから立ち去ることが、一番いいことかもしれないな」
高坂は、生い茂る緑に軽く頭を下げると、バスに向かって歩き出した。
その後ろを、一度山々の様子に目をやってから、2人が続いた。
「これが、終わりだと思うな!気を引き締めて行くぞ!」
前田の言葉に、生徒達が頷く中、バスはゆっくりと発車した。
その頃…後ろのバスでは、先程の九鬼の変身が話題になっていた。
ざわめく車内の中、唯一の無関心であるアルテミアの横を、理沙が通り過ぎると、前に続いてバスが発車する前に、九鬼の隣の席に座った。
「?」
少し驚く九鬼の顔を見ないで、理沙は口を開いた。
「本当は、みんな…感謝するべきなのよ。人知れず戦ってくれている者にね」
「…」
九鬼は無言になり、理沙から視線を外した。
(何だ?この気分は?)
本当は、ありがとうと言うべきなのだろう。
しかし、わざわざ言葉にしなくてもいい。そんな雰囲気が、2人の間に漂っていた。
(あたしは…この子を知っている?)
いや、知らないはずだ。
否定しても、心の奥が知っていると告げていた。
「…」
やはり気になった九鬼が、隣をちらりと見ると…理沙は寝ていた。
本当に寝ているのかは、わからない。
九鬼が、体を理沙に向けた時、車内が暗くなった。
バスが、次のトンネルに突入したのだ。
そして、トンネルの中程を通った時、九鬼は舌打ちした。
そして、身を少し浮かすと、フロントガラスの先を睨んだ。
「またか!」
前のバスにいたカレンが、眉を寄せた。 そして、立ち上がり、窓を開けようとした。
その動きを、浩也が止めた。
「僕がいくよ」
「こ、浩也!?お、お前は…」
カレンは少し狼狽えた。
浩也の強さは知っていた。
しかし、カレンは一抹の不安を覚えていた。
戦う度に、浩也が浩也ではなくなっていくような感覚。
(お前はここにいろ!)
そうカレンが言う前に、浩也の姿はバスから消えていた。
窓は開いていない。
テレポートしたのだ。
バスがまだ、トンネルを抜ける前に、出口に立つ浩也。
その前に、無数の魔物がいた。
先程の魔物と違い、明らかに…訓練されたもの達。
バスの進行を妨害するように、道の上に溢れていた。
浩也は、左右の気を探った。
猿に似た魔物のように、この地に住むもの達が怯えているのがわかった。
(成る程…こいつらが、集結してきた魔物か)
浩也は、後ろから近付いて来ているだろうバスの気配を探った。
(あと3分)
バスが、トンネルを出てくるまでの時間だった。
「貴様らに、恨みはないが!」
大群の中から、赤い甲冑を身に付けた三つ目の魔物が、大鎌を手にしながら、前に出てきた。
「我が将から、殺せとのご命令だ!」
「我が…将?」
浩也は、眉を寄せた。
三つ目の魔物は、鎌を一振りし、
「我は炎の騎士団!十三番隊組長 ランブ!お主達のお命頂戴致す!」
魔力を解放した。
燃え上がる炎。それは、後ろに魔物達も同じだった。
天高く立ち上る火柱。道路の舗装されたアスファルトが溶けていく。
「いざ!参る!」
鎌を両手で持ち、突進してくるランブの姿に、浩也は目を細めた。
他の魔物達は一斉に、かかってきた。その理由は、彼らもわからなかった。本能的な衝動だった。 一斉にかからなければ勝てないと。
その動きは、まったく同じ方向に向かっている為に、一つの炎の塊と化す。
「…」
浩也はそれを見て、うっすらと笑みを浮かべた。
(来い!)
浩也の思念を感じて、回転する2つの物体が、魔物達の後方から飛んで来た。 それを浩也は掴むと、十字にクロスさせた。
「!」
その瞬間、魔物達の動きが止まった。
「太陽がほしいか?」
瞳が赤に染まり…浩也は、剣先を魔物達に向けた。
「あ、赤の王!」
ランブは絶句した。
(リンネ様…)
リンネの頭に、ユウリの声が響いた。
リンネはフッと笑い、バスの座席にもたれた。
(いいのよ。彼らは、貢ぎ物。魔王復活の為のね)
二分後…バスが、トンネルを抜けると、魔物の大群は消えていた。
アスファルトが溶けた為、道がでこぼこきなっており、バスが少し揺れた。
「浩也」
その時には、カレンの隣に浩也が戻っていた。少し熱気を帯びながら…。
 




