第320話 出発
「さあ〜行くぞ」
大月学園前に到着した二台のバス。
そこに乗り込む30人の生徒。
「結構、多いですね」
輝は、集まった生徒の数に驚いていた。
「少ない方よ」
輝のそばに来たさやかが、小声で囁くように言った。
「え」
輝はまた、驚いた。
「今回は…遊びじゃない。だから、合宿の生活に堪えられるくらいのレベルに達していない生徒は、連れて行けない」
さやかは、ため息をついた。
「そんな危ない場所ならば…俺達だけでよかったのにな」
高坂が、2人の後ろに立ち、バスに乗り込んで行く生徒達を見つめた。遊びではないこと表すように、各々に武器を携帯していた。
「仕方ないわよ。校長達の全滅から、一個小隊は連れていくのが、決まりになったから」
さやかはため息混じりに、説明した。
「でも、あの中に…行きたくないという人はいないんですよね」
輝は、前田に参加拒否を願い出たが、一笑のもとに却下されていた。
「一応…島での働きが優秀なものには、特典があるから。飛び級で、いきなり卒業もできるし、もしくは…卒業までの学費免除の特典もある。今は、防衛軍がきちんと機能していないから、飛び級卒業にメリットはないから、目当ては学費免除じゃないかしら」
三人のもとに、後ろから緑が来て、参加したくないと思っている輝の頭を小突いた。
「あたし達は、絶対行かなくちゃならないのよ。学園情報倶楽部の宿命よ」
「情報倶楽部は、ボディカードじゃないでしょ!」
頭を押さえながら、輝が言うと、
「どっちかというと人柱ね」
さやかが笑いながら、ウィンクした。
「え!」
思い切り嫌な顔をする輝の襟を後ろから掴むと、緑は高坂に頭を下げた。
「部長。あたし達は、向こうのバスなので」
先頭のバスに、緑と輝…それに、さやかが乗り込む。
「現地で、お会いしましょう」
「ああ」
高坂は頷いた。そして、自分が乗り込むバスを見上げた。
(幾多流はいないな…。勝手に、現地に向かったか)
高坂は、バスに乗り込むメンバーの顔を確認していた。自らは、一番最後に乗るつもりだった。
高木麻耶は、前のバスに…綾瀬理沙は後ろのバスに乗り込んでいた。
「ゲッ!」
前のバスに乗った緑は、一番後ろの席に座るカレンと浩也に気付き、思わず顔をしかめていた。
「高坂部長は、どちらのバスなんですか?」
二台のバスの真ん中に立ち、チェックしていた高坂の後ろから、九鬼が声をかけた。
「あ、ああ…生徒会長。俺は、後ろだ」
高坂は振り返り、九鬼に微笑みかけた。
「同じですね」
九鬼も微笑むと、後ろのバスに乗り込んだ。
その様子を見つめていると、前のバスから前田が顔を出した。
「高坂!お前も乗り込め!出発するぞ」
前田の言葉に、高坂は首を傾げた。
「まだ全員、集まっていないのでは?」
幾多流は、いないとして…もう1人、高坂の計算では足りなかった。
「ちゃんといるぞ。今田先生!後ろも揃ってますよね!」
後ろのバスに向かって叫んだ前田の声に、バスの入口から銀縁眼鏡をかけた今田が、半身を出した。
「あとは、高坂君だけです」
バスの座席表に目を走らせながら、今田は頷いた。
「だそうだ」
前田は、高坂に目をやった。
「おかしいな」
高坂は首を傾げながらも、バスに乗り込むことにした。こんなことで、言い争う場合ではない。
渋々バスの階段を上り、車内が見えた瞬間、高坂は目を見開いた。
自分が乗り込むのを見ていない…生徒が1人いたのだ。
入口の方を見ているが、高坂を見ていない。なのに…ぼおっとしているのではなく、すべてを見透かすような瞳を、一番後ろから向けていた。
(あの子は…)
高坂の脳裏に、2日前のショッピングモールで出会った生徒の姿がよみがえった。
風のような速さで、瞬きの時で、魔物を倒した生徒。
(彼女だ)
高坂は納得した。彼女ならば、見落とすこともあるかもしれない。
彼女の名は、阿藤美亜。
(フッ…)
高坂は心の中で笑い、
(面白い)
前から二番目の席…今田の後ろに座った。
静かに、発車する二台のバス。
ガソリンで動いていない為に、排気ガスを出すこともない。
「帰りの魔力がないから、バスの分も頼むな」
先頭のバスの中で、前田は後ろに座る生徒達に向かって、冗談ともつかないことを言った。
バスは、大月学園を南下して一路、海を目指す。
「途中、何があるかわからんからな。気を引き締めろ」
市街地を抜ければ、海までは山の中を通ることになる。そこはもう…人間だけのテリトリーではない。
大月学園のある町を抜け、隣町に入ったことを看板で確認した高坂は、注意深く周囲を伺った。
まだ人間のテリトリーではあるが、月のご加護からは出たことになる。
(都市圏から離れている癖に、学園の周りに住宅地が多いのは…本能的に気付いているからか?)
高坂は疎らになった住宅地見つめながら、そう思っていた。
東の方に進めば、都市圏であるから、住宅地は多い。しかし、高坂達が目指しているのは、住宅地から外れることになる。
二時間近く、何事もなく進んだバスは、山の入口まで到着した。
そこにある関所で、トイレ休憩となる。
「十分後、出発するぞ」
前田がバスから降りると、その後に戦いに不似合いな赤のワンピースを着た女も続いて降りた。
「上野先生も、ここからは気を引き締めて下さい」
後ろに振り向いた前田の言葉に、上野は微笑みながら頷いた。
上野とは…炎の騎士団長リンネのことである。
「ふ〜ん」
リンネは周りを見回し、口元を緩めた。
数多くの魔物の雰囲気が、漂っていた。
実世界でいうパーキングエリアに似た関所には、防衛軍の残存部隊が自衛団を組んで駐屯していた。
生徒達に指示を出していた前田のもとに、軍服を着た軍人が駆け寄って来た。
「大月学園の方々ですね」
被っていた帽子を取り、頭を下げた軍人に、前田は頷いた。
「は、はい」
「この先の山道に、多数の魔物が集まっているとの情報が入って来ました。このまま、あなた方だけで進むのは、危険です。迂回するか…もし、宜しければ、護衛をつけますが…」
極楽島がある海までは、ここから一本道しかない。
迂回する場合、学園まで戻り…東にある山を越え、さらに南下しなければならない。そうなると、倍以上の時間がかかる。
それに…。
「プッ」
前田は笑ってしまった。
護衛をつけると言われたからだ。
少なくとも、バスにいる数人は…ここにいる軍人より遥かに強い。
「?」
笑った前田に、軍人は眉を寄せた。
前田ははっとして、
「す、すいません!」
慌てて謝った。
「どうしますか?」
気でも狂ったのかと、心配そうな軍人に、前田は改めて言った。
「大丈夫です。私達だけでいきますので」
「え!」
驚く軍人に、前田は頭を下げ、丁重に断った。
そんなやり取りを、おかしそうに見ていたリンネの後ろに、ユウリとアイリが来た。
「リンネ様。宜しければ…我らで、駆逐致しますが?」
跪こうとした2人を、リンネは微笑みながらも、鋭い眼光を向けた。
ユウリとアイリは一瞬で、体が硬直した。
「余計なことはしないでね」
「は!」
2人は、頭を軽く下げた。
「…」
九鬼は無言で、山道に続く道を見つめていた。
そんな九鬼のそばに、理沙が来た。
別に、何を言うでもなく…ただ九鬼の背中を見つめていた。
「フン」
バスから降りずに、窓から外を見ていた真由は鼻を鳴らした。
そんな真由から、少し距離を取って…輝が見守っていた。
(なんか…気になる)
高坂から、真由を守るように言われていた輝だが、任務以上に、彼女のことが気になっていた。
まるで、犬が…落ち込んでいる飼い主の様子に気づくように、輝は真由から、妙な悲しみを無意識に感じ取っていた。