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第317話 美しき人

妹の死から、数日後…休まる時のなかった高坂真は学校を出て、すぐに目眩を感じ、ふと足を止めた。


頭を押さえ、少し休んでいると…真の目に、あるものが飛び込んで来た。


それは、普段はいつもある何気ない風景の一つであるが、


いつもと少し色が違う為、無意識の視線が、それをとらえたのだ。


「赤い…月?」


血のように、熟した果実のように、赤い月。


目眩が治まった真は、その異様さに息を飲み、目を奪われた。


そして、最寄りの駅まで歩くはずだったのに、月に魅せられた真は、学校のそばにあるバス停に、タイミングよく滑り込んできたバスに吸い込まれるように、足が動いた。


真の前から、バス停で待っていた女の後に続いて乗り込んだ。


運命とは時に、残酷な程…無慈悲な時がある。


まったく違う2人が、混じる時…それは、神の残酷さに似た反応を起こした。


バスに飛び乗った真は、頭がぼっとしたのまま、無意識にチケットを取ると、一番後ろに座った。



「…当バスをご利用頂き、誠にありがとうございます。当車両は、途中…」


車内に流れる無機質なアナウンスを聴きながら、今までの疲れの為か…真はバスの揺れについ、うとうととし、寝てしまった。


その為、今から起こる惨劇の始まりを見ることはなかった。



「あああ〜!」


絶望にも似た大きな溜め息をして、


運転席の後ろに座っていた男が、突然立ち上がった。


「あああ!」


今度は、車内に座る乗客に聞こえるように言うと、


「どうして…こんなんなんだろうなああああ!」


と叫び出した。


そして、おもむろに席から離れると、運転手の横に行った。


「お客さん?」


前を見て、ハンドルを握る運転手の首筋に、男は上着の袖口の中に、隠していたナイフを突き付けた。


「恐ろしいよね〜え!よ・の・な・!か!こんな簡単に、運命が決まるのだから!」


最初、男の行動に無関心だったバスの乗客も、男のナイフに気付き、慌て始めた。


だけど、全員がパニックになることはなかった。


腕に覚えのある者は、何とか隙を見て、男を取り押さえようとしていた。


そんな状況が不満なのか…。


バスジャク犯になった男は、切り札を乗客に見せつけた。


着ていたカッターシャツを片手でめくると、腹に巻き付けた時限式の爆弾が姿を見せた。


それが、だめ押しとなり…隙を狙っていた人々も、迂闊に手を出せなくなった。


「へえ〜」


ざわめく乗客の中で、先程まで何の関心も示していなかった男が、爆弾を纏った犯人に初めて興味を示した。


犯人が座っていた席の真後ろにいた男の名は、幾多流。


幾多は、男の腹に巻き付けた爆弾を凝視した。


見た感じは、本物のようだ。


次に、男の身なりから、学生…それも、大学生であることを感じ取っていた。


その理由は、簡単だ。


この日本で一番暇なのは、学生。


それも、大学生や専門学生だ。


彼らは受験戦争を終え、後は就職するだけだからだ。


リクルートスーツを着ていても、明らかに浮いている男は、就職活動中だろう。


だとしたら、面接の帰りかもしれない。


それに…さっきから、男はバスジャクをしながらも、金などを要求していない。


「走れ!止まるなよ」


運転手の首筋に、少しナイフを押し付けながら、にやにやと笑っていた。


まるで、恐怖を与えることだけを楽しんでいるような。


こんな子に、誰がしたんでしょうか。




幾多の能力は、その洞察力だった。


(学生だが…何か退廃的な雰囲気があるな)


心の中で探りながら、幾多は犯人の心理を分析していた。


楽しんでいるように見えて、やけくそのような印象を受けた。


(成程…思い通りにならなかったか)


学生の時代が終わると、社会にでる。


今まで好きにやっていた環境が、変わる。


同世代の集まりから、世代をこえた付き合いになる。


就職活動の途中で、おかしくなる者はいる。


特に、爆弾を作れる程…優秀なやつなら、尚更だ。


(そんな中での不満や、不安が、こういう行動に出させたか)


幾多は欠伸をした。


(興味深いが…退屈だなあ)


バスジャクなどはやりやすい。


密室内で簡単に、恐怖で支配できる。


しかし、バスの周りには…広い世界が広がっている。


つまりだ。


いずれ…バスの中から出た時、すべては終わるのだ。



「おい!おっさん!右に曲がれ!」


犯人はナイフを突き付けた運転手に、公道を離れるように命じた。


(なるほど…一応、考えてるのか)


公道を外れ、山の方へ向かうバス。


幾多は、そのバスの中で、少しの違和感に気づいていた。


自分と反対側に座っている三人の学生。


パニックになり、バスの後方に集まっていた人々と違い、彼らは参考書や、教材を読んでいた。


その中の1人が参考書を閉じると、携帯を開き、時間を確認した。


そして、溜め息をつくと、席から立ち上がった。


「おっさん。もうやめてくれるかな?塾に間に合わなくなるだろ」


一番前に座っていた学生が、犯人の前に来た。


「貴様!座っていろ」


犯人がナイフを、運転手から学生に向けた。


「お前達は、恐怖して、大人しく!す、座っていたら、いいだよ!」


ナイフを向けても、平然としている学生に、犯人は戸惑い震えながら、ナイフを向けた。


「大丈夫だよ!こんなやつだ」


立ち上がった学生の後ろにいた女子学生も、席から離れた。


「殺す度胸なんてないよ」


その後ろにいた屈強な体躯をした学生も、立ち上がった。


無言で、2人の後ろから犯人を睨んだ。


「俺らだけでも、降ろしてくれないかな?忙しいんだよ。俺らは」


偉そうに、少し威圧的にいう学生に、犯人はキレた。


「どうして、てめえらのいうことを、きかなくちゃいけないんだよ!なめるな!」


運転席から離れ、ナイフをさらに学生に向けた。


その時、ぬうっと犯人と学生の間に横から、腕が伸びて来た。犯人の腕を掴むと、そのままあらぬ方向に捻った。


「ぎゃああ!」


変な形に曲げられた腕から、ナイフを奪ったのは、幾多だった。


「!?」


突然、三人の前に現れた幾多に、三人の学生は驚いた。


幾多は、学生達に笑いかけると、


「素晴らしい。君達の自分勝手な考え」


幾多は右腕で、犯人を締め上げながら、


「だけど…」


今度は笑みを止めると、冷ややかな瞳を向けた。


「気に入らない」


幾多はそのまま腕に力を込め、犯人の腕を折った。


そして、背中から奪ったナイフを突き刺した。


「ヒイ」


いきなり男を刺し、ナイフを抜くと、血が噴き出した。


その血を気にすることなく、幾多は学生達を見た。


「君達の言い分だ」


幾多は三人に目をやり、訊いた。


「なぜ自分だけ助かろうとする?」


「てめえ!頭がおかしいじゃないのか?」


一番前にいた学生が震えながらも、強がってみせた。


その時、バスは突然急停止した。


バスの惨劇をバックミラーで見ていた運転手は急停止すると、運転席から出ようとした。


「ちょっと待ってて」


幾多はまた学生達に笑顔を向けると、体の方向を変えた。


恐怖からか、慣れているはずの運転席から出ることに、もたついている運転手に向かって走った。


「ヒイイイイ!」


悲鳴を上げた運転手の脇腹から、血塗れのナイフを突き刺した。


「く、狂っている」


学生達も、後ろに下がった。


バスが止まった為、何とか後ろの出入口から脱出しょうとする乗客達で、車内はまたパニックになる。


しかし、扉は開かない。



運転手を刺した後、冷やかに乗客の様子を見ていた幾多は、せせら笑った。


「みんな…自分だけ助かりたいのか。フッ…まあ、人間らしいか」



「あいつ、狂ってるよ」


女子学生は携帯を取り出すと、警察に電話した。


「もしもし…」


警察に状況を説明している女子学生を、 幾多はただ見つめると、腕を組んだ。


そして、電話が終わるまで待った後、


「警察が来るまで、どうする?」


女子学生に訊いた。


そんな幾多に、バス内の乗客に戦慄が走った。


乗客の動きが止まり、ただ前にいる幾多の方を見た。


幾多は、乗客の数を数えた。


「…10人もいるじゃないか。一斉にかかったら、勝てるかもよ」


幾多の言葉にも、乗客は動かない。


なぜなら、バスの通路は狭く一斉には、襲いかかれない。


でも、そんな分析ができる者はいなかった。


幾多はクスッと笑い、ナイフを向けた。


「警察が、来るのが早いか…。君達が全員死ぬのが先か…試してみようか?」


幾多はナイフの血を拭うと、ゆっくりと乗客の方に歩き出した。



「どうして、何だよ」


窓を開けて、逃げようとする乗客もいたが、中々開かない。


そんな様子に、幾多はうんざりとしていた。


「俺達が、何をしたんだよ」


学生の叫びに、幾多はこたえた。


「そうだね」


幾多は軽く首を捻り、考え込んだフリをすると、


「君達の考え方だよ」


学生に笑いかけた。


「自分だけ、助かろうという考えさ」


幾多の言葉に、


「俺達は、塾に行きたかっただけなんだ!これを、さっきのやつに邪魔され、行けなくなったんだ!どうして、こんな目にあわなければならないだよ!」


学生の言葉に、幾多はこたえた。


「それが、人生だよ。予定通り行かない…。自分が思うようにはね。そんな時、どうするのかで…人は己の本質を垣間見せる」


幾多は、笑みを浮かべていた口許を引き締め、目を細めた。


「と、思うだろ?君も」


バスの後部座席にいた男が、パニックになる人々の間をかき分け、学生よりも前に出てきた。


そして、盾になるように立つ男の姿を、ただ…幾多は嬉しそうに見つめた。


「お前はまた!やるつもりか!罪のない人を殺すのか!」


一番前に出てきたのは、真だった。


あまりの疲れで、深い眠りに落ちていた真は、運転手が刺されたところから、目が覚めていたが、

パニックになった乗客が邪魔して、前に来れなかったのだ。


「自分の妹も殺して!」


真は、何とか…感情を抑えようとしていた。乗客の為に、警察が来るまで、何とか食い止める為に。



幾多はそんな真に、肩をすくめると、


「涼子はもう…自分では選べなかった。だから…安らかな眠りを与えてやった」


ため息をついた後、真の向こうに目をやり、


「彼らには、罪はあるよ。自分だけが助かりたいという罪だ。そんな人の自分勝手な考えや、行動が…犯罪を生み、被害者を増やす。犯罪とは、こんなやつらがいるところで発生するんだよ」


乗客を見回した。


真は、正論に聞こえる幾多の言葉に、虫酸が走った。


そんなことを偉そうにいう幾多の手には、今も…人を刺したナイフが握られているのだ。


「お前のいうことには、筋が通っていない」


真は、何とも言えない恐ろしさを感じた。妹を殺された怒りで我を忘れる訳には、いかなかった。


なぜなら、乗客を守らなければならなかった。救えなかった妹の為にも。


しかし…今、幾多にナイフを突き付けられたら、逃げる術はない。


時間を稼ぐ為にも、何か言わなければならないのに、これ以上言葉がでない。


そんな真を見て、幾多は苦笑すると、バスの前へと歩き出した。


「成る程…そうかもしれないな」


幾多は頷くと、ちらっと通路に転がる遺体を見てから、前の降り口に向った。


そして、一歩降りると、下から真に顔を向け、


「ここは、狭い。外で、ゆっくりと話さないか?たまには、いいだろう」


それから、その後ろの乗客達にも声をかけた。


「他の方も、文句があったら聞くよ。外に、おいでよ」


しかし、そんな幾多の言葉を信用するものはいない。


外に出て、あわよくば逃げられるかもしれないが、もうすぐ警察が来る。


動かない方がいいと、判断する者が多かった。


それに、警察が来ることを知っている幾多が、そのまま逃走する可能性もあった。


逃げてくれてもいい。


皆、そう思った。


だから、幾多の言われた通りに、外に出る為に歩きだした真の行動を、乗客は信じられなかった。

乗客は、彼らが兄弟とは知らない。


(逃がす訳にはいかない)


真は、妹の仇であり兄でもある幾多を、このまま逃がすつもりはなかった。警察に突き出し、裁いて貰うつもりだった。


だから、外に出ることにした。


その時、真がもっと冷静ならば…多くの人々を助けることができたかもしれなかった。


犯人の死体を跨ぎ、運転手の横を通ると、真は外に出た。


先に外に出て、待っていた幾多は腕を組み、バスから降りてくる弟を見つめた。


そして、真の足が地面につくと、幾多は顎でついてくるように促し、バスに背を向けて歩きだした。


「どこにいくんだ!」


真は、バスから離れていく幾多の背中を追いかけた。


幾多は、真に見えないように、にやりと笑った。


「よかった…何とか、間に合ったよ」


「え?」


幾多が振り返り、真に微笑んだ。


と同時に、凄まじい爆音が、辺りの空気を切り裂いた。


バスのガラスが吹き飛び、車体が一度浮いた。


悲鳴はしなかった。


車内はすぐに燃え上がり、中にいた人々がどうなったかは、確認せずとも明らかだった。



「美しい」


爆音に驚いて、思わず振り返った真は、そのまま動けなくなった。


そんな真の耳に飛び込んで来たのは、予想もつかない言葉だった。


「な」


真は、その声で体の緊張が解けて、幾多の方に顔を向けた。


幾多は、愛しそうに真を見つめていた。


先程から、幾多が浮かべていた上辺だけの笑みとは違った。


しばし…その視線の優しさに、真は不覚にも目を奪われた。肉親だけが知る…温かさ。


幾多は静かに、口を開いた。


「爆弾は、稼働していた。どうやら、さっきの男は最初から、みんなを巻き込んで死ぬつもりだったんだろ」


幾多はバスに目をやり、


「…あのバスにいた乗客は、助かることができた。しかし、彼らは選ばなかった。自分のことばかり考え、他の人を助ける行動を示さなかった」


「な」


「だけど…お前の行動は」


幾多は微笑み、


「美しい」


真を見つめた。



「…」


あまりの予想外の言葉に、真は絶句した。


遠くで、警察のサイレンが聞こえてきた。


「フッ」


幾多は笑うと、真に背を向けた。


「ま、待て!」


真は、幾多を追いかけようとしたが、次の瞬間動けなくなった。


真は、後ろから何かで殴られたのだ。


そのまま…気を失った。


「やっぱり、面白いわね…あなた」


燃え上がる炎の中から、一人の女が姿を見せた。


その女は、真と一緒に乗車して来た女。


「な!」


幾多は絶句した。


その女は燃えていた。いや、炎そのものだった。


「あなたのような人間は、この世界には…勿体ないわ」


女から炎の髪が伸び、真の背中を強打したのだ。


「あ、あなたは!?」


幾多は目を疑った。


女が近づいてくる度に、炎が消え…姿を見せたのは、白衣を着た保健室の先生だった。


「人間でありながら…あたしを満足させてくれたお礼に」


保険の先生は、白衣のポケットからあるものを取り出した。


それは、黒いカード。


「あなたを招待してあげる…。こことは、違う世界に」


保険の先生は、妖しく微笑んだ。


「こことは…違う世界」


幾多は、悩むことなく…その招待状を受け取った。


この美しくない世界は、幾多には何の価値もなかったから。






「そう!俺は、この世界に来た!」


幾多は、海を進むボートの中で、両手を広げた。


「あの世界には、人として生きていく資格がある者が少なかったからさ」


近づいて来る島を見つめ、


「本当は…人は素晴らしいはずだろ?」


幾多は、島に笑いかけた。


「真…こう見えても、僕は人を信じてるんだよ。だから、早く来い!待ってるよ」


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