第315話 そして....
カレンは、命に別状はなかった。
それは、カレンの体が丈夫であるとか…運ではなかった。
アルテミアに、殺す気がなかっただけだ。
今のアルテミアは、必要以外に人を殺すことをする気はない。
そいつが、人に害する者でない限りは…。
数年前のアルテミアならば、母を愚弄された場合、意識はしていなくても、手加減できずに…殺していただろう。
九鬼は、町並みの屋根を伝うことで、最短距離で裏門まで到達した。
空中で門を飛び越え、着地すると、中央校舎から桂美和子が飛び出して来た。
「情報倶楽部から、連絡が入りました。そのまま、部室に向かって下さいとのことです」
「了解しました」
情報倶楽部の部室は、生徒会長と新聞部部長しか知らされない。それが、この学園の掟になっていた。
防衛軍に所属していた美和子も、なぜか…その部分は守っていた。
九鬼は一応、部室から一番遠い秘密の入口より、中に入ることにした。
「いらっしゃいませ!生徒会長」
勿論、入口にも結界は張られている。
情報倶楽部の技術部門を一任させている舞が、結界に認識させた人物しか通ることは許さないようにしていた。
今回は、カレンを連れていることもあり、一瞬だけ結界を解いたのだ。
「奥の部屋に、寝かせて下さい」
舞は、いつのまにか…白衣に着替えていた。
「頼みます」
奥の部屋は、普段は仮眠室…有事の時は、籠城する為の貯蔵庫にもなった。
九鬼が、中央に置かれてある簡易ベットに、カレンを横たえると、舞がカードを取りだし、状態を調べた。
「内臓のどこかが、破裂してる場合は、ここでの治療は無理ですが…外傷だけならば」
九鬼が、心配そうに見守る中、舞は笑顔を向けた。
「凄まじい力を受けているようですが…内臓に傷はついていません」
「よかった…」
「それにしても…どういう鍛え方をしてきたのか…」
舞は感嘆した。
カードという便利なものができてから、剣士であろうと、闘士であろうと…魔力による防御を前提にして、戦い方を組み立てていた。
しかし、カレンの肉体が物語るのは、できるだけ肉体そのものを使って、受け身や防御を叩き込んできたという事実である。
彼女の師であるジャスティン・ゲイは、騎士団長や魔王と戦うことを想定して、ディグシステムに防御を任せ、捨て身の戦法で戦うことを選んだ。しかし、それらの相手以外では、できるだけ…体術のみの防御を心がけていた。
人間の肉体は何もしなければ衰え、年を取れば衰退していく。
だが、日々の鍛練を怠らなければ…衰えを止めるだけではなく、さらなる高みに昇華できることも知っていた。
それは、並大抵の努力では達成できない。
ジャスティンは、カレンを鍛えるにあたり、魔力の使い方やレベルのアップよりも、肉体の強化をメインに行っていた。彼女のセンスを考えれば、レベルは容易であろうと判断したからだ。
それが、脅威的な回復力と精神力をカレンにもたらす結界となったのだ。
しかし、だからと言って、カレンがやられた場所が、街中ではなく、ジャングルだった場合…気を失った時点で、彼女の命はなかったであろう。
カードよる治療魔法により、カレンの外傷はほとんど回復することができた。
あとは、技を受けた時による衝撃によるダメージだが…それは、自然治癒力に任せることとなる。
「もう…大丈夫だと思います。最近は、なぜか…ムーンエナジーの数値が高いんですよ」
奥の部屋から出てきた舞は、九鬼に笑いかけた。
「ムーンエナジー…」
月影の1人である自分には、馴染みの深い言葉であるが、一般の生徒から言われると感慨深いものがあった。
少し考え込む九鬼を見て、舞は息を吐くと、説明し出した。
「闇を照らす力…ムーンエナジー。それは、あまりにも平等な力。それ故、地上にいるすべてのものに降り注ぐけど、魔物を倒す程の力を得ることはできない。ただ…例外はあります」
舞は、九鬼を見た。
「あなたの方…月影。そして、この学園も…地上のどこよりも、ムーンエナジーが降り注ぎます。だから、校長達は、ここに本拠地を置いたのです。まあ〜あなたは、すべてご存知かもしれませんが…」
「いえ…」
九鬼は首を横に振り、
「あたしもすべては、知らないわ」
少しだけ視線を下にそらした。
「確かに…どうして、月の女神が、このように自分の力を降り注ぐようにしたのかは、理解できませんけど。神話によると、そんなことをしたから、月の女神自身の力は、弱くなったそうですね」
「…」
九鬼の脳裏に、理香子の姿がよみがえる。
「月の満ち欠けがあるのも…力を調整する為だとか…。女神の癖に、人間のように寿命があり…転生を繰り返すとも伝えられてしますけど…すべては、謎ですけど」
「そうね…」
九鬼の悲しそうな顔を見て、舞は少し首を捻った。 それから、少し湿っぽくなったのを感じ取り、笑顔をつくり、
「まあ〜という訳で、この学園に、月が出る時にいたら、治癒魔法を無償で浴びることができるんですよ!だから、あの人も大丈夫ですよ!アハハハ」
声を出し笑って見せた。
そんな舞の腕を後ろから、誰かが掴んだ。
「ヒィ!」
軽く悲鳴を上げた舞の後ろから、血だらけでボロボロになった制服を着たカレンが姿を見せた。
前にいる九鬼に気付き、
「真弓…。ここは、どこだ?」
眉を寄せながら、訊いた。
「し、信じられない!」
舞は思わず、カレンの腕を振り払うと、
「意識を取り戻しただけでなく…動けるなんて」
絶句しながら、後ろを向いた。
「ここは、情報倶楽部の部室よ。傷だらけだったあなたを治療したのよ」
九鬼はあまり、驚いていなかった。
カレンは自分の体を確認した後、驚いている舞に頭を下げた。
「そうか…。ありがとうございます」
「べ、別にいいんですよ。これが、仕事みたいなものですし!そ、それに、凄いものを見さして頂きましたし…。人間の可能性ってやつですか…アハハハ」
また何故か…舞は笑ってしまった。
「しかし…」
舞から離れ、九鬼のもとに向かおうとしたカレンは足元がふらつき、よろけてしまった。何とか転けることは防いだが、自分の不甲斐なさに、カレンは笑った。
「一撃でやられるとはな」
虚無の女神の時も、そうだったが…自分の弱さを痛感した。
「仕方ない。相手は、神だ」
九鬼は、そんなカレンに手を貸さなかった。
なぜならば…戦士は自ら立ち上がるものだからだ。
そして、前に向かう時だけ、共に肩を並べる。そういうものだ。
「それに…あなたは、負けていない」
九鬼は、カレンの目を見つめた。
「フッ」
カレンは笑うと、全身に力を込め、真っ直ぐに立ち上がり、九鬼を見つめ返し、
「それでも…勝たなければいけない!人を守る為には!」
拳に力を込めた。
「あわわわ」
そんな2人のそばにいる舞は、慌ててしまった。
恐らく…人類最強の部類に入る2人の会話は、一介の生徒には重すぎた。
「しかし…人は、すぐには成長しないものだ」
そんな2人の会話に、あっさりと入ってきた者がいた。
部室に入ってきた高坂である。
恐らく…人類最弱の部類に入る虚弱体質の癖に、なぜか…堂々としていた。その醸し出す雰囲気こそが、高坂最大の武器かもしれなかった。
しかし、そんな高坂の真実を知っている舞は、一気に緊張から解放された。
ほっと息をつく舞のそばに、高坂の横を通り過ぎた輝と緑が来た。
「焦りは、成長を妨げる」
高坂は腕を組み、頷いて見せた。
「確かに…その通りだわ」
九鬼も頷いた。
カレンは、頭をかき…少し息を吐いた。
「ところで…部長。綾瀬さん達は?」
舞がさらに雰囲気を変える為に、そばにいる輝達ではなく、高坂に訊いた。
「ああ…。彼女達は、帰ったよ。一応、新聞部の矢島君が途中まで送ってくれている」
そこまで言ってから、
「まあ…何かを仕掛けることは、ないだろう」
高坂は顎に手を当て、考え込んだ。
「仕掛ける?何をですか?」
素直な質問を口にした舞に、高坂は驚いてしまった。
「あっ…いや…別に」
自分が言ってしまったことを理解して、高坂はすぅと舞から少し距離を取った。
「世話になった。改めて礼を言う」
カレンは、部室内にいる人々に頭を下げると、ボロボロのスカートのポケットから、プロトタイプブラックカードを取りだし、
「今回使ったポイントをお返しします」
舞の方に差し出そうとした。
しかし、それを高坂が断った。
「情報倶楽部は、生徒の為にある」
少し怒ったように、真剣な目を向ける高坂に、カレンは困ってしまった。
「し、しかし…」
それでも、高坂はうんと言わなかった。
「どうせ!ここにあるポイントは、解体した防衛軍からくすねたものですし…」
突然目を輝かせた舞が、高坂を押し退けると、カレンの手にあるプロトイプブラックカードに顔を近付け、
「防衛軍を解体させたのは、生徒会会長やあなたの功績が多い!だから、ここにあるポイントは、遠慮なく…」
そこまで説明した後、舞は唐突に話を終えた。だけど、興奮はおさまらない。
「ブ、ブラック〜カード!」
ついに、本音が言葉に出た。今度は、背中を反らし、天井を仰ぎ見た。
「都市伝説は、本当だったんだ。無限に使える夢のカード!」
「違いますよ」
舞の興奮をさますように、カレンは否定した。
「え」
天井を見たまま、舞の動きが止まった。
「これは、ブラックカードでもプロトタイプです。無限にデーターベースから、ポイントを取り出せるカードではなく…こいつは、魔物を倒すと直接、魔力を奪い、貯めることができるんですよ」
「つまり、カードシステムの簡易化か…」
高坂は、頷いた。
「それでも凄い!そんなカードがあったなんて!」
舞は状態を起こし、もう一度カードを見た。
「だとすれば…そんな特殊なカードをどこで?」
高坂も、カレンの手にあるカードに目をやった。
「そ、それは…」
口ごもるカレンを見て、高坂は目をつぶった。そして、すぐに目を開けると、
「変な詮索はやめよう。プライバシーの問題になる。それよりも、君には訊きたいことがある」
高坂は、カレンの目を見つめ、
「君を傷つけたのは、天空の女神なのか?だとしたら、彼女は…変装して、この学園に潜り込んでいるのか?そうだとすれば…一体、誰が」
「申し訳ないですか…誰かに変装しているとかは知らないです」
カレンは、頭を下げた。
「そうですか…」
高坂はさらに、追い討ちをかけることなく、すぐに納得したように頭を下げた。
「ごめんなさい…。力になれなくて…」
カレンはもっと深く頭を下げてから、一呼吸置いて、
「お世話になりました。失礼します」
歩き出した。もうよろけることもなく、背筋を伸ばし、部室の出口へと向かった。
途中、緑と目があったが、互いに挨拶することはなかった。
「じゃあ…あたしも」
九鬼も、情報倶楽部のみんなに頭を下げると、カレンの後を追った。
傷が癒えたとはいえ、まだまだ心配であった。
2人が去ってからしばらく間を置いて、高坂は口を開いた。
「すべては…流れていく。行き着くべきところへ。しかし、それが…我々にとって、最悪場所だとしたら…ただ流れるのではなく、例え…いずれ、削り去ろうとも河の中の石の如く、そこに留まり、流れを変えて見せる」
そして、部室の扉に目をやり、
「我々人間は、流れを逆行する程の力はないからな」
フッと笑った。
「だったら、どうして…人間はいるのでしょうね?」
素朴な疑問を、輝は口にした。
「それは、わからない。しかし、なぜいるのかには意味はない。我々はすでに、ここにいるのだから…」
高坂は、部室の内の輝達を見回し、
「我々が気にすべきなのは、これからどうするのか。どうすべきかだ。大切なのは、未来だ。すべての人間に、未来があるように…。それこそが、為すべきこと」
ゆっくりと目をつぶった。