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第313話 白き天使の舞

「あ、あなたは!」


尻餅をついている輝の横を、トンファーを握り締めた女が駆け抜けた。


あまりにも分厚いレンズの眼鏡をかけている為に、表情はわからなかった。


しかし、輝はわかっていた。


「いつぞやの…隠れ美少女」


眼鏡の下にある…隠された美貌に。


しかし、輝も気づかない。


そのさらに奥にある…真の彼女を。



「フン」


無表情で、鼻を鳴らしながら、女はトンファーを一回転させた。


「キィィ!」


奇声を発しながら、両手を振り上げる魔物。


その鋭い鎌で振り下ろされる攻撃を、トンファーで受け止めるつもりはなかった。


空気が切れる音がした。


軽く音速を超えたのだ。


しかし、女は…振り下ろされた鎌の攻撃を少し後ろに下がるだけで、避けて見せた。その動きは、人の目では、捉えきれない。だから、勝手に鎌が空振りしたように見えた。


女の動きは、それだけではなかった。


避ける同時に、二本のトンファーを回転させ、先程の高坂とのやり合いを見ていたかの如く、魔物の腕を上から叩くと、鎌の先を床にめり込ませたのだ。


そして、接近した状態から、真っ直ぐ前に突きだすような蹴りを、魔物の鳩尾くらいに叩き込んだのだ。


その蹴りの威力は、人間離れしていた。


蹴りを喰らった魔物はふっ飛び…床に突き刺さっている腕の抵抗を受けた結果…肩の付け根から腕がもげた。


床に突き刺さり、残る二本の腕。


数メートル先に転がる魔物の胸に、女の足跡がくっきりと残っていた。そこから突然、電気が放電すると、魔物はやがて…もがき苦しみながら、炭と化した。


女が魔物に向かってから、魔物が灰になるまで、ほんの数秒である。


女は、魔物の最後を確認するよりも、高坂を…いや、その向こうに立つ…真由と理沙を睨んでいた。


「フン」


そして、再び鼻を鳴らすと、緑と戦っている最後の一匹の方に、体を向けようとした。


「!?」


しかし、背中から感じる気の動きを察知し、フッと笑うと、来た道を戻っていった。


「最後の一匹!」


銃口を向けながら、梨々香が走ってきた。


音速を超えた魔物の両手の動きに、緑は防戦一方になっていた。しかし、走りながら撃った梨々香の銃弾が、魔物の注意を逸らした。


「は!」


緑は身を屈めると、木刀で魔物の足を払った。


しかし、その何度も同じ手でやられる魔物ではなかった。バランスを崩しながらも、何とか倒れずに踏ん張る。


そこに、下から突き上げる緑の突きと、梨々香の銃弾が追い討ちをかける。


「キエエエ!」


甲高い奇声を発すると、怒り狂った魔物が両手を振り上げ、立ち上がろうとする緑を頭上から、切り裂こうとした。


「させない」


突然、魔物の動きが止まった。


「生徒会長!」


輝が叫んだ。


乙女ブラックが、魔物を後ろから羽交い締めにしていた。


「フン!」


そのまま気合いとともに、背中を反らし、ジャーマンスープレックスの体勢になった。


魔物の脳天が、床に突き刺さる。


「トゥ!」


魔物から離れると、乙女ブラックは空中に飛び上がり、


「月影キック!」


そこから蹴りを魔物の土手っ腹に叩き込んだ。


「ぐぎゃあああ!」


断末魔の叫びを上げて、魔物は絶命した。


「さすがね」


満足げに、頷く理沙。それから、何かに気付いたように、首を傾げた。


「…でも、色が黒い」


「フン」


理沙の隣にいた真由は、軽く鼻を鳴らすと、魔物達の襲撃により、人がいなくなったショッピングモールの奥へと歩き出した。


逃げ遅れた人が、数人いるが…ほぼ無傷だった。


河馬に似た魔物によって、死亡した人間も10人もいなかった。


それでも、大惨事である。


だが、真由は気に入らなかった。


(死んだ人間の数が、少な過ぎる)


顔をしかめた真由の隣に、高坂が来た。


「助けることができなかった…。もっと、俺に力があれば…」


高坂は、真由の表情を…惨劇を見た為に、心が痛んだものととらえた。


しかし…本当は…。


「ええ…人は、大した力を持っていませんから…」


真由は頷くと、顔を伏せた。


本当は、今の言葉には…続きがあった。


(そんな蛆虫が、我が物顔でこんな建物を作る!だから、死んでも当然!死ぬことが必然!人間は、みんな死ぬべきなのよ。今回は、少な過ぎる。なぜ…)


真由は、被害者の遺体に頭を下げる高坂を横目で、チラっと見て、


(このひ弱な人間が、生きている?)


さらに顔をしかめた。



「ごめんなさい…」


そんな2人の後ろに、変身を解いた九鬼が立ち、頭を下げた。


「あたしが、もっと…早く来ていたら…」


「そんなことはない。君が来てくれて助かったよ。少なくとも、ここにいる者達はな」


高坂は振り向き、輝や緑達を見回した。


「ありがとう」


そして、九鬼に頭を下げた。


「先輩、やめて下さい!」


九鬼は、慌てふためく。 お礼を言われることに、慣れていないのだ。


今まで、戦ってきても正体を隠してきたからだ。


魔物が公にはいない実世界では仕方がないとはいえ、ブルーワールドでも月影のいろんな噂が飛び交っていた為、自分の正体を証すことはしなかった。


それに、自分は…この世界の人間ではないというは負い目もあった。


しかし、デスパラードとの戦いをえて、もしかしたら自分の魂は、この世界で生まれたのではないかと思うようになっていた。


それに、この世界に住む人間の過酷な環境を考えれば…自分は、ここで戦い続けるべきではないのかとも思い始めていた。


「乙女…ブラック」


武器をしまった梨々香は、変身を解いた九鬼を、少し離れた場所から見つめ、


「やはり…生徒会長だったんだ…」


呟くように言った後、駆け寄り、思い切り頭を下げた。


「先程は、危ないところを助けて頂きありがとうございました!」


地面に額がつくのではないかと思うほど頭を下げた梨々香の行動に、九鬼は逆に慌てた。


「そ、そんなお礼なんていいのよ」


「いいえ!あなたが来なければ、あたしはやられていました」


きっぱりと言う梨々香。 こういう時の彼女は、素直である。


「ありがとうございます」


再びお礼を言う梨々香に、九鬼も頭を下げた。


「こちらこそ…ありがとうございます」


別に、お礼を言われる為に戦ってはいない。戦うことしか、自分にできないと理解している。だからこそ、そんな自分にありがとうを言ってくれる…そのような方には、心からの感謝を送りたかった。


そんな2人を見て、嬉しそうに見つめる理沙。まったく無関心の真由は、ショッピングモール内を見回していた。


高坂は、反応の違う2人をちらっと見た後、出入口の方に顔を向けた。


(さっきの…彼女は?)


圧倒的な力を持った…謎の存在。


(敵では…ないのか?)


そう思った自分に、高坂は唇を噛み締めた。


(楽観はするな!今はただ…謎を解こう)


高坂は、理沙と真由の方に向き直った。


その高坂の目が、真由のそばに向かう輝の姿をとらえた。


「い、痛ましい…ですね」


何と言葉にしていいのか…わからない輝は、惨劇の痕を見つめる真由にかける言葉がなかった。


なのに…そばに行ったのは、彼女が悲しそうに見えたからだ。


実際は、輝が感じた悲しさではないのだが…。


「な、何と言っていいのか…」


言葉を探す輝に、真由はクスッと笑って見せた。


「言葉なんていらないわ。ただ…見たままよ」


「み、見たまま…」


自分の言葉を繰り返す輝の方に、真由は顔を向けた。


「え」


少し残念そうな真由の表情の意味が、わからなかった。


「あなたは…折角の強さを、人間という弱さで、圧し殺している。その心を捨てたら、あなたは…もっと素敵になるのに」


そう言った真由の脳裏に、獣になった輝の姿が映る。


(面白いわ…。第2ラウンドの始まりとしたら…)


真由は、にやりと笑うと、輝の方に、人差し指をゆっくりと向けた。


いや、向けれなかった。


2人の間に、理沙が割って入ったのだ。


「そんなに悪いことかしら?」


理沙は、真由の顔を見つめ、


「動物は、沸き上がる欲望を抑えられない。人間だけが、抑えられる。まあ〜全員とは言わないけど…」


微笑みかけた。それから、輝の方を向き、


「後は…勇気を持てば、あなたはきっと…素晴らしい戦士になる」


「え」


輝は、理沙の真剣な目に言葉を失った。


「戦士?」


真由は、嘲るように肩をすくめ、


「馬鹿じゃないの!」


吐き捨てるように言うと、2人から離れた。


「あっ…」


輝の視界から、真由が消えていく。その代わり、緑が視界に入ってきた。


「同感だな。こいつが、戦士になれるとは思えない」


先程の輝の不甲斐なさに、少し怒っていた。


「あわわわ〜」


身の危険を感じ、輝は後退りした。


そんな2人の様子を見ていた理沙の後ろに、高坂が立った。


「綾瀬くん。少し話がある」


「?」


理沙が振り向くと、無言でついてくるように高坂は目で伝えた。


理沙は、素直に後ろについていく。


輝達から、会話が聞こえないところまで来ると、高坂はおもむろに口を開いた。


「単刀直入に訊こう。君は、何者だ?」


足を止め、背中越しに訊いてきた高坂に、綾瀬はフッと笑うと…口を開いた。


「誰にも言わない?」


「約束しょう」


高坂は振り向き、頷いた。


「だけど…教えられるのは、一言だけ…。質問には、答えられないわ」


「…」


高坂は、何か言いたそうになったが、


「了承した」


力強く頷いた。


そんな高坂に近づくと、綾瀬は耳元で囁いた。


「な!」


高坂は目を思い切り見開き、絶句した。


理沙は微笑みながら、高坂から離れると、そのまま背を向けて、みんなの方に歩き出した。


「ま、待って!だったら、どうして!あの夜!」


「質問に答えません」


理沙の背中に、手を伸ばした高坂は…しばらくして、虚しく手を下ろした。



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