第312話 迎え撃つ刃
「誰の声だ!」
学校にいた九鬼は、全力で走っていた。
頭の中に響いた声が、ショッピングモールでの魔物の襲撃を告げていた。
――早く来て、真弓。
九鬼はその声に、聞き覚えがあった。
いや、声自体にはない。
その声の発した方…口調が、九鬼の心が知っていた。だから、心が叫んでいた。急げと。
走りながら、夕陽が沈み…闇が降りてくる。
夕陽の最後の照り返しに紛れて、九鬼は眼鏡ケースを突きだした。
「装着!」
「月の戦士?」
その言葉が意味するものは、一つしかない。眉を寄せた高坂と違い、輝の思わず呟いてしまった。
「生徒会長…」
「あら〜正体がバレてる」
真由が、クスッと笑った。
そんな真由を、高坂は凝視した。
しかし、そんな暇はなかった。
「キイイ!」
両腕が鎌でできた魔物が、突進してきたからだ。
「ひぇ〜」
思わず、避ける輝。
「クソ!」
緑は、何とか二匹の魔物を食い止めたが、一匹だけ高坂達に向かってきた。
「チッ」
高坂は軽く舌打ちすると、真由と理沙を背中で庇いながら、テーブルの上にあったカップを魔物の顔目掛けて投げた。
「キイイ!」
魔物の鎌が一閃し、カップを真っ二つにした。
ジュースが周囲に飛び散る。
「高坂アタック!」
その瞬間を狙って、高坂は上半身を屈めると、魔物の両足にタックルを仕掛けた。
背中から転んだ魔物は、両腕が鎌の為に、なかなか起き上がれない。
「成る程!」
高坂の攻撃を見て頷いた輝は、勇気を振り絞って緑とやり合っている魔物の方を向いた。
しかし、魔物も馬鹿ではない。腰を屈めて、両腕を無軌道に振り回すことで、タックルを防止する。
「ゲッ!」
輝のやる気が、一気になくなった。
「さっさとしろ!」
木刀で鎌を弾きながら、緑が輝に向かって叫んだ。
「は、はい!」
返事はするが、足が動かない。
「輝!」
高坂は、輝に向かってあるものを投げた。
「これは!?」
服部の形見であるトンファーだった。
「ううう…」
輝は渋々…トンファーを握り締めた。
すると、二匹の内一匹が、ターゲットを緑から輝に変えて、ゆっくりと向かってきた。
「え!」
輝は泣きそうになりながらも、魔物に向かって構えた。
一方…高坂によって転ばされた魔物は、両腕の鎌を床に突き刺すことで、何とか起き上がろうとしていた。
首を伸ばし、高坂に向かって、キイイと奇声を発した。
「チッ!」
高坂は、真由と理沙を確認すると、その前に立った。
「君達は逃げろ!」
と、高坂が叫んだ時、真横を風が通り過ぎた。
「え?」
頬に痛い程の風は、そのまま…起き上がろうとする魔物に向かって吹き抜ける。
「ルナティックキック!」
鞭のようにしなった足が、魔物の首筋に叩き込まれた。
「ぐぇ」
魔物の首が付け根から、ふっ飛んだ。
鮮血が飛び散る中、魔物の向こうに着地した黒い影。
「乙女ブラック!」
輝は、目を見開いた。
「間に合ったわね」
理沙は頷いた。
「チッ」
真由は聞こえないように、軽く舌打ちをした。
「生徒会ちょ…じゃない。乙女ブラックよ!奥の魔物を頼む!」
緑と輝の方を向いた乙女ブラックに、高坂が叫んだ。
「ええ!」
輝は思わず、高坂を見た。
その隙をついて、魔物は鎌を輝に向かって振り下ろした。
野生の勘が働いたのか…何とか避ける輝。
「ぎゃあがああ!」
ほとんどの人々の避難は、ほぼ終わっていた。
「くそ!貫通しない!」
ステラによって、常に魔力を補充しながら、銃を撃ち続ける梨々香だったが、まったく効いていなかった。
足止めくらいにはなっていたが、河馬に似た魔物も怒りを増す結果になっており、ショッピングモール内を暴れ回り、壁や柱にぶつかることで、建物自体の崩壊の可能性が出てきた。
しかし、ショッピングモール内から出せば、人々の被害は増す。
「くそ!くそ!」
少し疲れの出たきた梨々香の足が、止まってきた。
その変化を見逃す魔物ではない。
一匹が、梨々香に向かって、真っ直ぐに突進してきた。
「梨々香!」
ステラが叫んだ。
「くそ!」
梨々香は銃を撃つが、魔物の固い皮膚は銃弾を跳ね返す。
その時、梨々香の頭上を飛び越えて、乙女ブラックが魔物に向かって、飛び蹴りを喰らわした。
しかし、魔物は突進を止めると、鼻先で蹴りを受け止め、そのまま顎を上げるだけで、乙女ブラックを頭上高く吹っ飛ばした。
突き破られた吹き抜けの天井を突き抜け、乙女ブラックの姿が地上からは見えなくなった。
「お、乙女…ブラック」
梨々香は、銃口を向けながら、魔物と対峙した。
梨々香の身長より、大きく開いた口が、一口でかぶり付こうとする。
「やられるか!」
梨々香が引き金を弾こうとした瞬間、頭上から一筋の流れ星が落ちてきた。
「月影キック!」
「乙女ブラック!」
梨々香の顔が、笑顔になる。
先ほどの攻撃で、蹴りが効かないとわかった乙女ブラックは、魔物の突き上げる力も利用して、頭上高くに飛び上がったのだ。そして、ムーンエナジーを右足に収束させて、直角に落ちてきたのだ。
「やったか?」
梨々香は銃口を向けながら、魔物の様子を見ていた。
しかし、魔物の眉間にヒットした月影キックも…皮膚を貫通できなかった。
少し爪先が、めり込んだだけだった。
「くそ!」
無駄とわかりながらも、銃を撃とうとしたが、梨々香は目を見開いて、引き金にかけた指を止めた。
乙女ブラックが爪先を立てると、回転し出したのだ。
右足に纏う光も、乙女ブラックの全身にまとわりつくかのように、螺旋を描いて回転した。
「ルナティックキック三式!」
ドリルと化した乙女ブラックの体が、魔物の体を貫いた。
「やった!」
そのまま、顎の下から床に着地した乙女ブラックは、絶命した魔物から離れた。
しかし、魔物はもう一匹いた。
乙女ブラックが、顎下から身を屈めて出てきた瞬間を狙って、突進してきたのだ。
大きく口を開けて。
踏ん張る暇もなかった乙女ブラックだが、何とか大きく開いた魔物の口を両手で掴んで止めた。しかし、そのまま床を削りながら、数メートル後ろに下がってしまった。
「クッ!」
何とか、突進を止めたが、膠着状態になってしまった。
手を離し、高速で移動することは可能だった。
だが、それはできなかった。
逃げ遅れたお客が、後方にいたのだ。
腰が抜けたのか、動けない白髪の老人。
乙女ブラックが、手を離した瞬間、魔物にふっ飛ばされたのは、明らかだった。
(どうする?)
乙女ブラックが悩んでいると、梨々香が近づいてきた。
「ステラ!召喚よ」
梨々香は、銃をスカートの間に挟むと、ステラに向かって腕を差し出した。
どこからか飛んできたものを掴むと、梨々香は乙女ブラックの真横に立った。
梨々香の手にあるのは、マシンガンだった。
銃身を両手でしっかりと支えると、そのまま銃口を魔物の口の中に突っ込んだ。
「内臓は、固くあるまいて!」
梨々香はそのまま、マシンガンをぶっ放った。
凄まじい音を立てて、魔力でできた銃弾が放たれ、魔物の内臓をズタズタにした。
固い皮膚は、内側からも貫通することができなかったが、そのことが体の中で、銃弾が跳ね回ることになった。
そして、魔物は活動を永遠に、止めた。
その頃、鎌の腕をした魔物と戦っていた輝は、トンファーを振り払われると、床に尻餅をついた。
「何やってんだ!」
輝が気になって、緑は戦いに集中できない。
「やっぱり…刃物系は無理」
尻餅をついた反動で、輝の両手にあったトンファーが床を滑り、ショッピングモールの出入口の方まで行ってしまった。
「輝!」
二本のトンファーを拾おうと、高坂が振り向いた時、出入口からこちらに歩いてくる女がいた。
「!?」
その女は、大月学園の制服を着ていた。
女は、足で二本のトンファーの端を踏むと、じゃがむことなく、両手で掴んだ。
そして、トンファーを一振りすると、魔物に向かって走り出した。