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第30話 力と力

「赤星!」


燃え盛るすべてのもの。


建物も地面も、空気さえも熱を帯びていた。


「両手をクロスさせろ!」


結界の中、動けずにいる僕に、ピアスの中から、アルテミアが叫んだ。


こういう時のアルテミアは、何か考えがある。素直に、両手をクロスした僕の手に、何かが装備された。


「これは…」


鋭い鉤爪だ。僕は、これに見覚えがあった。


「ネーナのファイヤー・クロウだ。お前なら使えるだろうと…拾っておいた」


僕はまじまじと、両手の鉤爪を見た。


「こいつは、切り裂いたものを燃やすだけでなく、炎を操ることができる」


アルテミアの説明で、何をすればいいのか、大体理解できた。


僕は、天に浮かぶ黒い影を見上げた。


「こいつで、火種をかき分け、道を作れ!そして、チェンジだ」


僕は頷いた。


「いくぞ!結界を解け!」


結界を解いた瞬間、ファイヤー・クロウで空気をかき分けるような動きをした。


僕の上空…左右に竜巻が起こり、火は僕を避けた。


「モード・チェンジ!」


叫び声とともに、ジャンプした僕は、空中でアルテミアに変わる。


チェンジ・ザ・ハートが飛んで来て、槍に変わると、アルテミアは上空の影に向かって、


「A Blow Of Goddess!」


しかし、構えに入った瞬間、空を覆う影は消えていた。


「な」


驚くアルテミア。


左右を確認し、影を探す。


「いない!」


空は青空に戻り、太陽がカンカンに照りつける。


「アルテミア!」


僕は、変な殺気を感じた。


どこからかは、わからないが…僕の戦いには向いていない臆病な本能が、危険を感じていた。


「どうした?」


アルテミアが空から視線を外し、気配を探った瞬間、地上から何かがジャンプしたのが、確認できた。


それは、あまりにも早く、アルテミアの目でも追えない。そして、目の前を、目が追いつく前に通り過ぎた。


「何だ!」


再び上空を見たアルテミアの目に、太陽の日差しが直接、飛び込んできた。


眩しさに目を細めると、太陽をバックにして、何かがアルテミア目掛けて落ちてくる。


とっさに、槍を回転させ、盾にした。


「!?」


落ちてきたのは、人だった。褐色の肌に、カモ鹿のようなしなやかな足が、チェンジ・ザ・ハートを蹴った。


それは、飛び蹴りだった。ほとんど垂直だった蹴りは、落下速度も加わり、凄まじい衝撃をアルテミアを喰らわし…そのまま落下した。


病院の屋上に干されていた白いシーツを突き破り、コンクリートの天井や床も突き破ると、アルテミアは一階のロビーまで落ちた。


通院に来ていた人々は、パニックになる。


「馬鹿な…チェンジ・ザ・ハートがなかったら…腕が折れていた」


アルテミアは、思わず…槍を床に落としてしまった。


アルテミアは、痺れている右腕の感覚を確かめながら、足で槍を立てると、左手で掴んだ。


「アルテミア…今のは?」


出来た穴を見上げると、何層もの床や天井の向こうに、太陽が見えた。だが、先程の蹴りを放った敵はいない。


アルテミアの横を、人々が逃げ惑う。パジャマの人や車椅子の人が、何が起こったのか分からず、ただ逃げ迷う。


「わからない…でも、強い…」


まったく気配がない。


アルテミアは耳をすましたが、逃げる群衆の音しかしない。


「ちょっと!何てことしてくれるんですか!ここは、病院ですよ!」


右手を握ったり、開いたりして、回復を待っているアルテミアに、看護婦が近寄ってきた。


結構年配の方だ。


「ここは、まだ避難していない、一般の方もたくさんいらっしゃるんですよ」


アルテミアに物怖じしないで、注意する看護婦に、少し感心したけど、今はそんな場合じゃない。


「アルテミア」


看護婦の注意を無視して、アルテミアは頷くと、痺れの取れた腕に、トンファータイプに変化させたチェンジ・ザ・ハートを装着した。


「来る!」


どこからかわからないが、確実に攻撃してくることに気づいた。


「聞いてるんですか!」


顔を真っ赤にして、怒る看護婦を置き去りにして、アルテミアは後方にジャンプした。


「ちょっと!」


いきなり、目の前から消えたアルテミアに、驚く看護婦の鼻先を、鋭い手刀が通り過ぎた。


「え…」


鼻先から、血が流れた。そのことに気づいた時には…目の前には誰もいなかった。


「な、なんなの…」


看護婦は腰を抜かし、その場に座り込んだ。




アルテミアは黒いスーツ姿になり、人々の間を風のようにすり抜けた。


フラッシュ・モード…スピード重視のアルテミアの戦闘スタイルだ。


「やっと、魔力を感知できたけど……チッ」


アルテミアは走りながら、舌打ちした。


「僅かに、あたしより速い」


後ろを見たが、まだ敵は見えない。


普通の人間には、アルテミアの走る姿を肉眼でとらえることは、不可能な程のスピード。


「この病院…奥行きが広い!」


結構走ってるのに、まだ廊下の先に着かない。


「アルテミア!外に出よう!みんなを巻き添えにする」


「わかってる!でも…話と違う。まだ誰も殺してない」


魔物はもう、病院内に侵入してるはずだが…誰もやられていない。


「どういうこと?」


アルテミアは苛立ちながら、真っ直ぐ走るのを止め、廊下沿いの開いていた窓から、外に飛び出した。


そのまま、病院の敷地から、隣にそびえ立つ十階建てのマンションの屋上まで、ジャンプした。


屋上から、街並みを見下ろすと、もう辺りの火が消えていることに気付いた。


「もう消したんだ」


少し関心している僕に、アルテミアは、


「さっきの火は、街を燃やす為じゃなくって…」


病院を睨みながら、言った。


「あたしを…あぶり出す為だ」


そう言うと、自分の後ろに向けて、回し蹴りを放つ。


蹴りは空を切ったが、アルテミアは蹴った足を軸にして、槍にしたチェンジ・ザ・ハートを、さらに後方に突き出す。


「当たらない!?」


常人では、捕らえられない動きを、見えない相手はすべて見切っていた。


「アルテミア…」


低く唸るような声は、かすれており、声帯が傷ついていることがわかった。


「やはり…あんたか…」


アルテミアは、槍からトンファータイプに戻す。そして、体勢を反転させた。


「ジュリアン」


アルテミアは、目の前に立つ人物を凝視した。


姉のティアナの透き通るような肌と違い、褐色で焼けた肌。髪は、ブロンドではなく、真っ黒だ。


赤い瞳が、アルテミアを睨み、ティアナと同じタイプの鎧は…真っ赤に染まっていた。


(返り血か…)


ティアナから聞いていたジュリアンのイメージとは、ほど遠かった。


自分とは違うが、スポーツで鍛えられた体は、引き締まっており、無駄な筋肉のない体は、ある意味芸術的だと。


そして…何よりも、声が素晴らしかったと…。


その歌声は、大陸一といわれ、多くの人々を魅了した。


パーフェクト・ボイスにパーフェクト・ボディ。


(それが、今じゃ……ジェノサイドのジュリアン)


目に見えるもの、すべてを破壊する悪魔。


皆殺しのジュリアン。


「モード・チェンジ」


アルテミアの体が、変わる。


短髪に、黒のボンテージ姿のストロング・モード。


「あんたは、お母様の知ってるジュリアンではないわ」


アルテミアから仕掛ける。


「だから、殺してあげる」


一瞬にして、間合いを詰めたアルテミアの右ストレートが、レバーを狙う。


まったく動かないジュリアン。


(決まった)


アルテミアが確信した時、見えていた景色が変わった。


見えるジュリアンが一回転し、マンションの屋上のコンリートが、頭上にあった。


「な…」


唖然としてる間はない。


「アルテミア!」


頭から落ちる前に、体勢を戻さないとならない。


アルテミアは両手をコンリートにつけ、腕の力でそのまま床を弾き、後転すると、足から着地した。


「何があった!…まさか、投げられたのか?」


アルテミアは、額から流れた汗を拭った。


「あたしが…恐れてる?」


(馬鹿な…)


ゆっくりと、両手をだらんとさせながら、近づいてくるジュリアンに、アルテミアは畏怖のようなものを感じ初めていた。


アルテミアは、右手を差し出した。五本の指がスパークし、雷撃が…ジュリアンに向けて放たれた。


しかし、ジュリアンの体に当たった瞬間、電気は弾かれる。


「耐魔法強化ボディ…この噂は本当か」


あくまでも、格闘をメインとしているジュリアンは…鍛えた肉体を、打撃や斬撃などの直接的な攻撃を防ぐだけでなく、魔法などの攻撃も効かない体に、昇華していた。


「生半可な…魔法では、傷一つつかないか…」


アルテミアは自分でも気づかない内に、後退っていた。屋上の金網に、背中が触れた。


そのことに驚き、後ろを見たアルテミアは、後がないことに気付いた。


(多分…通用するのは、女神の一撃か…雷空牙)


アルテミアは、ファイティングポーズをとり、


(しかし…あの速さでは、かわされるか…発動する前に、やられる)


アルテミアは頭の中で、シミュレーシュンするが、いい結果が浮かばない。


激しく息をし、ジュリアンを睨むが…アルテミアと一定の距離をおいて、ジュリアンは止まった。


(この感覚…どこかで…)


アルテミアは汗を拭うのをあきらめ、ジュリアンの姿を見つめた。


目は血走り、殺す殺すと呟いているが、首から下は、まるで別人のように落ち着いていた。


隙がない。


その姿は、かつて一度だけ、組み手をした…母に似ていた。




「いつでも、いいわよ」


城の周りは、各種いろいろな草花に囲まれていた。


魔界。


赤星の世界では、闇が支配し、草木も生えないと思われがちだが…。


人間も魔物も、この星で生まれた生命なのだ。


空気が汚れたり、自然がなくなっていく土地に住める訳がなかった。


(魔物より…人が、世界を汚している)


魔界の最深部に来たティアナは、自らの考えが正しかったことを確信した。


魔物と違い、人は一人一人の力は小さい。


だから、武器を開発し、進歩してきた。


(その為…いろんなものを犠牲にしてきた)



「てぇあ!」


気合いとともに、ティアナの死角から、蹴りが飛んできた。


ティアナははっとし、左手を動かすと、蹴りを払い避けた。


「きゃっ」


小さく悲鳴を上げて、アルテミアは一回転して、地面に着地した。


攻撃した自分が、また同じ所に戻っていることに驚き、唐突だった為、バランスを崩し尻餅をついた。


(だからと言って…あの人の考えのように、人は滅びなければならない…は、間違っている)


「見えてなかったはずなのに…」


お尻をさすりながら、立ち上がったアルテミアに、ティアナは微笑んだ。


「見えないから、見える時もあるのよ」


「見えないから…見えるもの?」


アルテミアは、首を傾げた。


「あなたは…誰よりも強い力を持ってるけど…力=強さではないの」


ティアナの言葉も、まだ幼いアルテミアには、理解できない。


(それでもいいわ。いつか、あなたにもわかる時が来る。でも、その時…あなたが…)


ティアナの心配をよそに、立ち上がったアルテミアの両手に神が降りてくる。


(この技は…)


目を見張るティアナに、アルテミアの両手から放たれた恐ろしいまでの気が、ティアナを直撃する。


「しかし!」


ティアナは腕をクロスさせ、ライトニング・ソードを手に取った。




アルテミアの遠い記憶が、蘇ってきた。


(そうだ…あたしは…あの頃、雷空牙を使えたんだ…)


アルテミアは、自分では気付かなかったが、消された記憶があったようだ。


ネーナとマリーの戦いの後、少しだけ思い出していた。


(ごめんね)


目を閉じると…光の爆発の中、ライトニング・ソードを振るうティアナの姿が映った。


記憶は、そこで終わっていた。



「アルテミア!」


僕の声で、目を開けたアルテミアの前に、ジュリアンが現れた。


「は、速い!」


チェンジ・ザ・ハートを盾にして、ジュリアンの蹴りを受ける。


しかし、ジュリアンは…チェンジ・ザ・ハートを支点として、体を回転させ、左足を天に向けて上げると、そのまま鞭のように振り落とした。


「かかと落とし!」


思わず、その技の体勢に、僕は感動した。だけど、そんな場合ではない。


「アルテミア!後ろに、避けろ!」


「チッ」


舌打ちしたアルテミアが、後方にジャンプするのと、ジュリアンの足が振り落とされるのは、同時だった。


直撃はしなかったが、アルテミアの肩口から、血が吹き出した。


止血をしている暇もない。


前転をしながら、ジュリアンは近づいてくる。


後方に飛びながら、アルテミアは叫んだ。


「アルティメット・モード!」


ストロング・モードから、アルティメット・モードへ。


純白の鎧が、アルテミアを包み、黄金に輝き出す。


赤き瞳と鋭い牙。


溢れ出す魔力が、すべてを圧倒する。


「これなら、どうだ!」


フラッシュ・モードより速く、ストロング・モードよりパワーは数段増している。


前転から、起き上がったばかりのジュリアンを掴むと、渾身のパンチをジュリアンのレバーに叩き込んだ。


しかし、拳から放たれた電流と衝撃は、ジュリアンの体にヒットしたが…。


にやりと笑ったジュリアンは、自分を掴んでいるアルテミアの左手を掴んだ。


その瞬間、電撃と衝撃は、ジュリアンの右手を伝い、アルテミアに戻っていく。


「はっ」


気合いをいれたジュリアンの気もプラスされ…さらに、増大して。


「な」


アルテミアの体は、後方に吹き飛ばされた。


思いも寄らない衝撃の為、アルティメット・モードは解除された。


勢いは止まらず、アルテミアは金網を突き破ると、屋上から地面に落下した。


「チェンジ・ザ・ハート!」


落下しながら、アルテミアは飛んでくるチェンジ・ザ・ハートに手を伸ばした。


激突する直前、槍タイプのチェンジ・ザ・ハートを地面に突き刺した。



「きゃっ!」


いきなり落ちてきたアルテミアに、車椅子の少年を看護婦が、悲鳴を上げた。


「どうしたの?」


車椅子に座る少年は、アルテミアに気づいていない。どうやら、目が見えないらしい。


病院の側面に沿って、花壇があり…少年は散歩途中のようだ。


まだ病院の混乱は、広がっていないのか。


「早く、逃げて!」


僕は、ピアスの中から叫んだが、少年には聞こえない。


アルテミアは、地面に両膝をつけると、激しく肩で息をし、虚空を睨んでいた。


肉体的ダメージもそうだが、精神的にも疲れていた。


「勝てない…」


ネーナとマリーを倒したアルティメット・モードさえ、通じなかった。


「アルテミア…」


かける言葉のない僕。


「チッ」


打つ手のないアルテミアの前…少年の後ろに、音もたてず、ジュリアンが着地する。


アルテミアは立ち上がり、槍を構える。


アルテミアの目線の先を追った看護婦は、後ろを振り返り、


「ヒィィ」


血まみれのジュリアンを見て、腰を抜かした。




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