第311話 引き合う感覚
(九鬼真弓に…輪廻…さらに)
ショッピングモール内の人混みを、かき分けながら歩く後藤。
その目は、人混みではなく…虚空を見つめる。
(天空の女神)
普通ならば、国家レベルの問題である。
(ケッ)
後藤は吐き捨てるように、笑った。それは、己に対してである。
単なる文屋に何ができるというのか…。
(だが…一度亡くしかけた命だ)
後藤は、くたびれたグレーのスーツのポケットに両手を突っ込むと、人混みを抜けた。
「うん?」
ショッピングモールの入り口の横で、壁にもたれる少女に目がいった。
なぜ目がいったのかは、わからない。
次の瞬間、後藤は目をそらし、早足でその場から離れた。
その行動は、すべて…無意識である。
(な、何だ?)
自分自身がわからずに、もう一度少女の方を振り返ろうとした。
「駄目だ」
いつのまにか、背中に張り付いていたアイが、強い口調で言った。
「アイ?」
それでも振り返ろうとする後藤に、
「早く行け!殺される!」
アイは叫んだ。
「!?」
訳がわからなかったが、アイの尋常ではない怯え方に、後藤は逆らうことをやめ、前を向いたまま、歩き出した。
しばらく歩いてから、後藤は足を止めた。
「一体…どういうことだ?」
一瞬だけ見た少女の姿は、梨々香と同じ制服に…分厚い眼鏡という…あまり目立たない生徒のように思えた。
「あ、あいつは」
アイは後藤の背中から離れると、深呼吸をした後、言葉を続けようとした。
――言うなよ。
その時、アイの頭に鋭い声が突き刺さった。
それは、思念であった。
妖精であるアイだけが、気付いた女の正体。
「どうしたんだ?」
首を傾げた後藤が振り向くと、もう…そこに誰もいなかった。
「やっぱり…今回は、ヤバいかもしれない」
震えながらそう言うと、アイは上空に浮かび上がり、そのまま飛び去った。
「やれやれ…」
後藤は、頭をかいた。
それから、口元に無理矢理笑みをつくると、ショッピングモールの入り口に背を向けた。
「ヤバい程…真実に近い」
自分に言い聞かすように、そういうと…後藤はショッピングモールを後にした。
「ごめん!待たせて」
謝りながら、輝は3つのカップをテーブルに置いた。
「構わんよ。まだ時間はある。気にするな」
と言いながら、隣の席から手が伸びて来て、ジュースの入ったカップを取った。
「え?」
あまりのことに驚いてしまい、一瞬だけ言葉を失ったが、すぐに気を取り直して、輝は隣に座る男を睨んだ。
「部長!どうして、ここにいるんですか!」
「うん?」
カップの蓋を開けながら、高坂は横目で、立ち尽くす輝を見上げた。
その様子に、もう一人…驚いている者がいた。
緑である。
「何考えてんだ!あの人は!」
頭を抱えるよりも、殺意に似た感情が沸き上がって来た。1人だけ、気配を消している自分が、馬鹿に思えて来た。
「あとで…とっちめてやる!」
遠くから高坂を見つめる目に、殺気が宿る。
「う!」
ジュースを飲んでいた高坂は、突然の寒気に、輝の方を見て、
「できれば…ホットの方がいいんだが」
カップを突きだした。
「自分で買って下さい!」
輝は、そのカップを受け取らなかった。
「大体…それ!俺の分だし!どうして、部長がここにいるんですか!」
輝の怒りが混じった声にも、高坂は動じない。
「フッ…。ここは、ショッピングモールだ。誰がいてもおかしくあるまいて」
高坂はそう言うと、仕方なく冷たいジュースを飲む。
「あのですね!」
輝がさらに詰め寄ろうとした時、それまで黙っていた真由が口を開いた。
「そうですよね…。誰がいても構わない…」
真由は顔をふせ…ジュースを見つめていたが、突然顔を上げると、目だけで周囲を見回した。
そんな真由を、正面からじっと見つめる理沙。
「それなのに…」
真由は、ため息をつき、
「人間しかいないなんて…不自然だと思いませんか?」
おもむろに口許を緩めた。
「フッ」
そんな真由の冷笑に、高坂も笑みで返し、
「そんなことはないぞ」
親指を立てると、後ろを指差し、
「あそこに妖精がいる」
梨々香のテーブルの上にいるステラを指差した。
「ゲッ!梨々香!」
輝は、梨々香に気付き…顔をしかめた。
「…そうですよね」
そんな輝の驚きを無視するように、真由はカップに手を伸ばした。
「?」
理沙は眉を寄せた。
「人間以外もいますよね」
真由がカップを掴んだ瞬間、カフェの真上…吹き抜けの天井のガラスが割れた。
「危ない!」
その様子に気付いた緑が、叫んだ。
「チッ!みんな!テーブルの下に隠れろ!」
高坂も気付いており、カフェテラスにいた人々に向かって、叫んだ。
「ひぇ〜」
輝は慌てて、テーブルの下に潜り込んだ。
「くそ!」
緑は、身に隠していた木刀を取り出し、回転させて投げつけた。落ちてくるガラスの破片で、大きなやつを狙う。
「ステラ!」
梨々香も逃げることなく、後ろに飛びながら、上空に向けて、銃をぶっ放った。
「危ない!」
テーブルの下に隠れようとした高坂は、突っ立ている子供を発見した為に、潜り込むのをやめて、子供の方に走った。 そして、子供を抱き締めると、身を丸めて、ガラスの破片から守る。
砕けて細かくなったガラスの粒が、高坂の背中に降り注ぐ。
「大丈夫か!」
高坂が顔を上げ、状況を確かめる。
「大丈夫です」
輝は、テーブルの下から這い出した。そして、その次の瞬間…絶句した。
真由と理沙は、何事もなかったかのように…普通に席に座っていた。
「!?」
そして、輝がいるテーブルの周りだけ、ガラスの破片がまったく落ちていないのだ。
「どうなっているんだ?」
床を見回し、考え込もうとする輝のそばに駆け寄ってきた緑が、叫んだ。
「何をしている!気を抜くな!」
「え?」
輝が顔を上げると、騒然としたショッピングモール内の風景が目に飛び込んできた。 逃げ惑う人々の悲鳴が、建物内に響き渡っていた。
「ククク…」
人々の悲鳴の中で、まったく違う声が耳に飛び込んできた。
まるで、楽しくてしょうがないとでも言うような含み笑い。
「気を抜くな!」
緑は、木刀を握り締めた。
「え」
すぐには、状況が理解できなかった輝も、両手が鋭い鎌でできた三匹の魔物を見た瞬間、自然に体が身構えた。
「魔物?」
だけど、まだ頭は現実を理解できなかった。
「襲撃だと!?」
高坂は、抱き締めていた男の子を解放した。
「聖也ちゃん!」
母親が駆け寄ってきて、男の子を抱き上げると、ありがとうございますと高坂に頭を下げ、走り去っていった。
「三匹…いや、まだいるか!」
高坂はショッピングモールの奥に、顔を向けた。
そちらの方から、お客が全力で逃げてくる。
「ぎえええ!」
河馬に似た…体調20メートルはある魔物が、二匹突進してくる。
通路に並ぶ左右のテナント内を蹴散らし、壁を破壊しながら、こちらに向かってくる。
逃げる途中で、足が絡まり転んだ人間は、容赦なく踏み潰されたり、口で噛みきられた。
「くそ!」
逃げる人々とは逆に、魔物に向かいながら、梨々香は叫んだ。
「ステラ!」
「はい!」
ステラは、梨々香が持つ銃に手をかざした。
「魔力装填!」
梨々香は、銃口を河馬に似た魔物の額に向ける。
「喰らえ!」
そして、引き金を引いた。
「ククク!」
3匹の鎌の腕をした魔物は、じりじりと緑達に向かってくる。
「おのれ!」
高坂が、緑の前に飛び込み、
「高坂パンチ!」
「邪魔です」
緑は、襲いかかろうとする高坂の襟の後ろを掴むと、無理矢理後方に向かって引いた。
「部長は、綾瀬さん達を避難させて下さい!足手まといです」
きっぱりと言われて、ションとなる高坂に、テーブルに座っていた理沙が告げた。
「心配ありません。もうすぐ…彼女が来ます」
「え?」
「月の戦士が」
理沙は、にこっと笑顔をつくり、高坂達に微笑んだ。