表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
317/563

第309話 触れあう空気

「まったく…人使いが、荒い!」


毒づきながら、西校舎の階段を下りる輝。


「ごちゃごちゃ言いやがって!人を負け犬だと!それは、犬上一族への一番の冒涜だぞ!くそ!」


頭をかきむしり、苛立ちを露にする。


「それに!人に死ねだと!てめえが死ね!絶対死ね!ああ〜!殺してやりたい!」


誰でもいない空間だと、強気になる輝。



――クスクス…。


下から笑い声が聞こえてきた。


「!」


思わず、階段の途中で足を止めた。


視線を下に向けると、1人の少女が笑っていた。


輝は、目で周りを確認した。自分と少女以外誰もいない。


明らかに…少女の笑いは、自分に対してだ。


さっきの愚痴が聞かれたことに気づくと、恥ずかしさから顔が真っ赤になった。


少女は、笑みを止めた。階段の途中で、動かなくなった輝に気付いたからだ。


「あっ!ごめんなさい」


少女は、謝った。


「あっ!い、いや…」


謝られた意味がわからなかったが、輝はゆっくりと階段を下りていった。


「あまりにも、あなたが怒っているから」


「ああ…まあ…」


階段を下りきった輝の横で、少女は微笑んだ。


「その人が、よっぽど嫌い何ですね。殺してやりたいだなんて」


「え、まあ…酷いですから」


視線をそらし、呟くように言う輝を見て、少女はまたクスッと笑った。


その笑いが気になって、輝はちらっと少女を見た。


日本地区にはいない彫りの深い顔立ちなのに、どこかあどけなさが残っていた。


「そうですよね」


少女は笑みを止め、輝を見つめた。


慌てて、目を動かす輝に微笑みながら、


「あたしも人間が嫌いなんです。だって…酷い生き物だもの」


「え」


輝は、今の少女の言葉が引っかかり眉を寄せた。あどけない少女には、違和感のある言葉。 だから、恥ずかしがることなく少女の方を見た。


そんな輝の心を読んだかのように、少女と目が合った。


少女は口許に、微笑を浮かべながら、


「先日…姉が自殺したんです」


衝撃的な事実を口にした。


「え」


少女の言葉で、輝は彼女が誰か…理解した。


「高木真由…さん」


無意識に、言葉が…口から出た。


「はい」


真由は少し驚きの顔を作った後、満面の笑顔を輝に向けた。


「やっぱり…君が…」


輝は、息を飲み込んだ。


(どうして、ここにいる?)


今度は、口に出すことをしなかった。


輝は考え込んだ。


その瞬間、まるで心を読んだかのように、真由は言葉を発した。


「あなたの声が、聞こえたんです。人を憎む心が」


「!」


輝は、目を見開いた。


そんな輝に、真由は微笑みながら、背を向けた。


「姉のことは、気にしないで下さい。あの人は、幸せです」


「え?」


「こんな醜い世界から、逃げることができたんですから」


真由は振り返り、輝に頭を下げた。 それから、ゆっくりと歩きだした。


「ま、待って!」


思わず輝は、真由の背中に手を伸ばした。


「…」


足を止める真由。


「お、お姉さんは…じ、自殺じゃないかもしれないんだ!」


言っていいのか…判断できないまま、輝は今回の捜査の根本を告げてしまった。


「じゃあ…」


真由はゆっくりと、振り向いた。


「殺されたというんですか?」


真っ直ぐに、輝の目を見つめた。


「そ、それは…」


まだ確証も何もないことを、遺族に言う訳にはいかなかった。


輝は心の中で、自分に毒づいた。不用意に、余計なことを言ってしまった。


しかし、後悔しても遅い。


唇を噛み締めて、次の言葉を言えない輝を見て、真由は顔を伏せた。


ほんの数秒なのに、輝は息が詰まりそうになった。


「あ、あのお…」


悩んでいると、校内にチャイムが鳴り響いた。


休み時間の終了である。


輝は、そのチャイムの音に、ほっとしたよう表情を浮かべてしまった。


幸いなことに、真由は頭を下げていた。


輝の表情は見られていないはずだった。


「つ、次の授業が始まるね。行かないと…」


強引に話を終わらせようとする輝が、頭をかけた。


「あたしは…」


突然、顔を上げると、真由は輝に近付いた。


「それでも、あの人は逃げれたからいいと思います」


「うう…」


近すぎる真由の顔に、輝は後ろに身を反らした。


「あなたから…人間ではない匂いがします。だから…あなたには、話せるのかもしれませんね」


真由は鼻をクンクンさせると、笑顔を作った。


「人ではない匂い…」


それは、身体に宿した犬神の匂いだろうか。


「いい匂いです」


真由は、輝から離れ…ペコッと頭を下げた。そして、再び背を向けた。


「姉のことは気にしないで下さい。あの人も…所詮、人間ですから」


と言うと、歩きだした。


「所詮…人間…」


最後の言葉を呟くように言うと、輝は唇を噛み締め、遠ざかっていく真由を追いかけようとした。


そんな輝の鼻先を何かが、左から右に通り過ぎた。


「え」


鼻先が、血で滲んだ。


動きが止まった輝の左横から、駆け寄ってくる生徒がいた。


勿論、銃を突きだしたまま走ってくる梨々香である。


「てめえ!いつの間に!ターゲットと接触してやがる!」


引き金に指をかけて、怒りの形相で向かってくる梨々香を見ることなく、輝は掴むことができなかった自分の手を見つめ、わなわなと震えだした。


「あの女は、あたしが!」


「うるさい!」


輝の姿が消えた。目視できない神速を超えた輝は、梨々香の銃を蹴り落とした。


「え!」


梨々香には、輝の蹴りがまったく見えなかった。


ただ…いつの間にか銃が手から消え、廊下に転がっていた。


「くそ!」


苛立ちが、輝の様子を変えていた。


野生の狼のように、危険な雰囲気が漂っていた。


「く、くそ!」


そう言うと、輝は自らの教室に向かってく歩きだした。 その間、まったく梨々香の方を見ていない。


「な、何なのよ…」


梨々香は、銃を拾うことなく、離れていく輝の背中を見送った。


「クソ!」


苛立つ輝。だけど、心の底では…自分の苛立ちの意味がわかっていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ