第307話 気分転換
「やはり…わからないか…」
部室の中でパソコンの前に座り、何度もディスプレイに理沙が消える寸前を再生していた高坂は、深いため息をついた。
いつのまにか、朝を迎えていた。
「お、おはようございます」
奥にある簡易ベッドで寝ていた輝が、目を覚ました。
そのそばでは、連日の徹夜続きで疲れたのか、高いびきをかいている舞が寝ていた。
「おはよう」
高坂は、ディスプレイを見つめながら返事をした。
「ま、まさか…部長。徹夜で見ていたんですか?」
まだ眠い目を擦りながら、輝が訊いた。
「ああ…」
高坂は、理沙が消える瞬間を見つめながら、パソコンをスリープ状態にした。
「そう…簡単には、わからないな」
高坂はフッと笑い、椅子から立ち上がった。
すると突然、部室の扉が開き、緑が顔を出した。
「おはようございます。部長!やっぱり、ここだったんですね」
昨日と違い…平静を取り戻した緑は中に入ると、高坂に駆け寄った。
「前田先生からの伝言があります」
「伝言?」
高坂は、眉を寄せた。
前田絵里香は、情報倶楽部の顧問であるが…部室の場所は知らされていなかった。
哲也達のところに潜り込んだ時に、洗脳でもされた場合を考慮して、場所を知らしていなかったのだ。
その提案をしたのは、勿論…前田自身である。
「はい!」
緑は頷くと、高坂の目を見つめ、
「昨日自殺した高木麻耶には、双子の妹がいます。その妹の名は…高木真由。当学園の一年です」
「双子の妹?」
「はい。そうらしいです」
「…」
高坂は、顎に手を当てて、考え込んだ。
「あっ!それとですね。もう1つ伝言があります。3日後、合宿を行うそうです」
「合宿?」
その言葉に、輝が反応した。
「何でも、大月学園の本来の目的である勇者の育成に立ち返るとのことで…選ばれた者だけで、一週間島にこもるとのことです」
「あの島か…」
それだけの説明で、高坂はピンと来ていた。
「あの島?」
輝は、首を捻った。
「獄門島ですね」
いつのまにか…起きていた舞が嫌らしい笑みを浮かべながら、答えた。
「ご、獄門島!?」
そのネーミングに、輝は唾を飲み込んだ。
「いやいや〜」
舞はにっと笑うと、
「勿論、本当の島の名前じゃないよ。正式名は、極楽島。初代の理事長が、名付けたらしいが…その島は、戦士を育てる為の無人島。無人島っていうからには、人間はいないが…魔物はいる。それも、強力なね!」
「い!」
輝は、話だけでたじろいだ。
「島は、ロストアイランドを模倣して結界に覆われている為に、外部に被害が及ぶことはない。そこは、勇者の資格を得る為の最終試練の場所」
「そ、そんな場所があったんですか!」
輝の声が、上ずる。
「…」
高坂は、考え込んでいる。
「だけど…カードシステムが開発されてから、レベルアップの定義が変わり…もつ何十年も使われていないはず。よっぽどの馬鹿でないと、ポイントも貯まらなかったし、魔法も使えない島にいく気がしないわ」
話を聞いていた緑が、肩をすくめた。
「近年…その島に行ったことのあるのは…」
舞はさらに口許を歪め、高坂の方を見、
「部長と新聞部の女傑…如月先輩だけですよね?」
いたずらっ子ぽく訊いた。
「……実際は、違う。俺らの前に、島を訪れていた人はいた。先先代の生徒会長だ」
「先先代の?」
輝は眉を寄せた。
「そういえば…突然、転校されたと…」
その出来事は、緑が入学する前の出来事だった。
「表向きはな」
舞は、にやにやと笑った。
高坂は、ため息をつくと、緑と輝を交互に見て、
「情報倶楽部の部員として、お前達には伝えておこう。先先代の生徒会長は、島で魔物に襲われたんだ」
「え!」
高坂の言葉に驚きの声を上げた。
「俺とさやかは…帰って来ない生徒会長を探す為に、島に向かったのさ。勿論、正式に捜索に当たった校長の部隊とは別にな」
「当然!魔法を使えない土地で、パニックを起こした校長の部隊は、全滅!」
舞はお手上げと、両手を上げた。
「生態系が変わっていたんだ」
高坂は、当時を思い出し、
「島の入り口にある宿泊施設の周りは、別の結界が張られているから安全だった。奥にいくほど…見たことのない魔物がいた。俺とさやかが戦いに来た訳でなかったから、気配を消しながら島中を隈無く探した」
高坂の目がスゥと細くなり、遠い過去を思い出す。
「施設のから一番離れた島の奥で、魔物の巣を見つけた。その中で、生徒会長の引きちぎられた制服と、生徒会のバッチを発見した」
高坂は再び、パソコンの前の椅子に座り、
「俺達が、捜索している間…あまり、魔物を見なかった。ジャングルのようになっていた島を迂回して、施設近くまで戻ったら…校長の部隊の死体が転がっていた。その時…知ったのさ。そいつらが派手に、銃とかを撃ったから、ほとんどの魔物が、やつらのところに集まっていたのだとな」
施設前まで来た高坂とさやかは、絶句した。
少年兵の死体に群がる魔物の数に、少なくても百は越えていた。
生存者を確認しょうとしたが、無駄だった。
全員死んでいた。
それに、施設の周りに張られた結界の向こうに行くだけでも命懸けだった。
全力で走り、施設の裏口にある結界の出入り口から中に入ると…そのまま、高坂とさやかは島から脱出した。
「そ、そんな島に行くんですか!」
怯えだす輝。
「あの時は…ほぼ丸腰だったからな。武器があれば…何とかなったかもしれない。それに、施設の周りは安全なはずだ」
対策を考え出す高坂に、
「はずって!」
全然安心できない輝。
「まあ〜勇者様を鍛える修練の場所だからね」
舞は、再びベッドの上に背中から倒れた。
「部長…。これが、参加メンバーです」
緑は、前田から預かった島に行く参加メンバーを見て、フッと笑いをもらした。
「成程な…」
そのメンバーだけで、高坂は納得した。
「すべて…カタをつけろということか」
「うん?」
朝の少しひんやりした廊下を歩いていた美亜の前に、1人の女が立ちはだかった。
「おはよう」
満面の笑顔を向けているのは、綾瀬理沙だった。
美亜は、心の中で顔をしかめたが、表情に出すことはない。なぜならば、ここは学校である。
「隣のクラスの綾瀬理沙です」
(フン)
美亜は、心の中で鼻を鳴らした。
そんな美亜の心を知ってか知らずか…。理沙は、美亜に近づいてきた。
そして、真横に立つと…囁くように言った。
「知ってますか?今度…選ばれた者だけで、とある島に行くらしいですよ。勿論、わたしも…」
理沙は、無表情を装う美亜の横顔を見つめ、
「赤星浩也も」
「!?」
「修練の島らしいですよ。そこで…」
理沙は、さらに小声で美亜にしか聞こえないように囁いた。
美亜の見開いた瞳を確認しながら、理沙は頭を下げ、そのまま通り過ぎた。
(チッ)
美亜は舌打ちすると、振り返ることなく…普通に前へ歩き出した。
美亜とは逆に、理沙はにやりと笑っていた。
(これでいい。天空の女神がいなくては…話が進まない)
軽やかな足取りになる理沙の前から、今度は九鬼が歩いて来た。
「真弓!」
九鬼の姿を認め、理沙が声をかけた。
「うん?」
九鬼は突然、下の名前を呼ばれた為、近づいてくる女生徒を見て、立ち止まった。
生徒会長である九鬼に、声をかけてくる生徒もいる。しかし、下の名前を呼ぶものはいない。まして、こんなにも気安く…。
しかし、そんなことぐらいで、気分を害する九鬼ではなかった。
「はい」
笑顔で、返事をした。
「もう…傷は、大丈夫なようね。よかったわ」
親しげに話しかけてくる理沙に、
「ありがとう」
と答える九鬼。
そんなやり取りをしながら、九鬼は胸に痛みを感じていた。
(誰だ?)
まったく思い出さない。
なのに、体は覚えていた。
この女を知っていると、九鬼に告げていた。
(どこで会った?)
思いだそうとしても、思い出せなかった。
「…」
そんな九鬼を見て、理沙は話すのを止めた。
笑顔を浮かべ…相槌をうっていても、目の色が違った。
「ごめんなさい。呼び止めちゃって」
理沙は突然、頭を下げると、その場から走り去った。
「え、あっ」
突然の行動に、九鬼は反応が遅れてしまった。
(相槌ばかりで、少し…失礼だったか?)
慌てて振り返り、謝ろうとした九鬼の背筋が凍り付いた。
「な!」
思わず、声が出た。
それでも次の瞬間、九鬼は全身に気を巡らすと、構えながら再び前を向いた。
「!?」
そこは、誰もいなかった。
九鬼の構えた右手が、震えていた。
(い、今の感覚は!?)
九鬼は思い出した。
昨日の朝、西校舎の屋上で…自分を襲撃した女神の気配であると。
(女神…ソラ!)
その名を思い出すだけで、九鬼の心に恐怖がよみがえった。
全身が震えた。
しかし、だからこそ…九鬼は笑った。
(恐怖を感じるからこそ!)
九鬼は、逃げそうになる足を逆に向けた。
(前に出る!)
廊下は真っ直ぐだけではない。右の壁、2メートル先に曲がり角があった。
恐らく…女神は曲がったところにいる。
(行くぞ!)
九鬼は、前に飛んだ。
そして、着地と同時に、回し蹴りを右の角に叩き込んだ。
しかし…九鬼が蹴ったのは、何もない空間だった。
(いない!どこにも)
周囲を探したが、もう気配を感じない。
それによって、落ち着いたのか…すぐに緊張が解れていく自分の体に、舌打ちした。
(チッ!こんな心では、戦えない)
九鬼は唇を噛み締めると、苛立ちを隠すように、ゆっくりと歩き出した。
(もっと強く!せめて…心だけでも)
そう思いながら、その場から去っていく九鬼の背中を見送る影があった。
九鬼が蹴りを放った空間に立つ…人影。
いつのまに現れたのか…それとも、さっきからずっといたのか。
それは、わからなかった。
しかし、今は…確実にいるのだ。九鬼を見つめながら…。