第305話 仕組まれた必然
「どうしたの?さっさと座りなさいよ」
突っ立っている輝に、さやかが自分の膝に、頬杖を突きながら声をかけた。
「あ…はい」
輝は返事をすると、さやかの隣に座る高坂の横に、腰かけようとした。
「狭い!」
二人掛けのソファに、三人はきつい。
さやかは毒づくと、
「あんたは、前に座りなさい!」
ぎろっと輝を横目で睨んだ。
「え」
普段なら、慌てて移動するのだが…。
輝は、前を見た。
「…」
俯いている理沙を見ていると、動けなくなった。
「さっさと行け!」
言うことをきかない輝に、さやかは段々とキレ始めた。
「…」
それでも動かない輝に、さやかが手を出す前に、
「やれやれ…」
2人の間にいた高坂が立ち上がった。
「俺が…行こう」
そのまま、理沙の隣に座った。
それを見て、さやかがため息をつくと、
「まあ〜とにかく!他殺の線で探ってみるわ。それでいいかしら?」
気を取り直し、前に座る理沙に訊いた。
「よ、よろしくお願いします」
理沙は俯いたまま、頷いた。
「今日は、もう捜査もできない。警察がいない…明日、屋上から当たってみるよ」
高坂はそう言うと、隣に座る理沙に目を向け、
「それに…今日はもう遅い」
じっと横顔を見つめた後、輝に顔を向けた。
「輝。彼女を駅まで送ってあげてくれ。何があるか…わからんからな」
「え!あっ」
高坂の言葉に、輝は驚き、しどろもどろになる。
「頼んだぞ」
「は、はい!」
何とか頷き、ソファから立ち上がった輝。
しばらくして、理沙と輝は新聞部の部室から出た。
2人が出ていってから数秒後、さやかが前に座る高坂に訊いた。
「どういうこと?どうして、輝を…」
理由をきこうとしたさやかを、高坂は右手を突きだして止めた。
そして、カードを取り出すと、
「舞。聞こえるか?今、輝といっしょに歩いている生徒を尾行してくれ!」
情報倶楽部の部室に指示を伝えた。
「了解しました!」
情報倶楽部の部室内で、パソコンの前で丸くなっていた舞は、口元を緩めた。
「ついに!校長とこからくすねた追尾型の式神を使う時がき――たあ!」
ディスプレイが、グラウンドの横を通り、自殺現場に近付く輝と理沙の映像に変わった。
「もう逃がさないぜえ!」
楽しげに、マウスを操作する舞はクククと含み笑いをした。
「どういうこと?説明してよ。高坂」
さやかは、通信を切った高坂に訊いた。
「まだ…勘のレベルだから、違うかもしれない」
高坂はソファから立ち上がり、
「確信がもてないことを、新聞部には言えないな」
さやかを見下ろした。
「あら?」
高坂の言葉に、さやかも立ち上がると、目線を合わせ、
「知らなかったの?」
挑発的に口元を緩めると、
「報道の殆どが、妄想。真実は、一言ぐらいしかないわ」
じっと見つめた。
「残念ながら、その一言の確証もない…。ただ…俺の心が告げるんだ」
高坂は視線を、理沙が座っていた隣に移した。
「なるほどね」
さやかは肩をすくめ、高坂と同じ空間を見つめた。
「理解できたわ。でも…」
そして、再び高坂を見た。
「確かに…それを、口にはできないわね」
「フッ…」
高坂は笑うと、そのままドアの方に向かった。
「ねえ〜。高坂」
さやかは、高坂の背中に声をかけた。
高坂はドアノブを掴んだまま、動きを止めた。
「あたしは、新聞部部長だけど…あんたの友達なんだからね」
「わかってるよ」
高坂は、ドアを開けた。
「ありがとう」
それだけ告げると、高坂は外に出た。
「…やれやれだわ」
さやかもカードを取り出すと、
「各部員に告ぐ!厳戒体制を取れ!何が起こるかわからないぞ!」
学校内外にて、活動している新聞部部員に注意を促した。
さやかはそれだけ言うと、カードをしまい、
「まあ…この学校に通ってることで、ある程度は覚悟してるけどね」
窓の外に目をやり、歩いていく高坂の姿に目を細めた。
「あ、あのお〜」
しばらく無言で歩いていた輝と理沙。 だけど、そのプレッシャーに堪えられずに、輝は口を開いた。
「家は…何処なんですか?」
その言葉に、俯き加減で歩いていた理沙は突然…空を見上げた。
「うん?」
その動きに誘われて、輝も空を見上げた。
そこには、綺麗な満月があった。
「月が…家って…そんな訳はないよな。アハハハ」
笑って何とか和まそうとした輝が、隣に視線を戻した時には、そばに理沙はいなかった。
「!?」
慌てて探す輝の耳に、前から理沙の声が飛び込んで来た。
「ここまでで結構です」
正門の前に、理沙はいた。
「ありがとうございます」
頭を下げると、正門を潜り、左へと曲がった。
「え!」
輝は、唖然とした。今いる場所から、正門までは一直線だが、五十メートルはある。一瞬で行ける距離ではない。
「あ、あのお〜」
軽くパニックになる輝の横を、後ろから高坂が走り過ぎた。
「舞!」
カードを耳に当て、部室にいる舞に叫んだ。 彼女が操作していた式神の方が速いはずだ。
「ぶ、部長!そ、それが!」
「どうした?」
「し、信じられないんですが…」
舞の目の前にある画面に、ロストの文字が浮かぶ。
「み、見失いました!」
「何!?」
ちょうどその時、正門を潜り抜け、外へと出た高坂は、理沙が消えた方を見た。
駅までの一本道に、曲がるところはない。
それなのに、誰も歩いていない。
「どこに消えた!?」
高坂は一応、駅までダッシュした。
「え…な、何?」
状況が理解できない輝は、頭を抱え、目が泳ぎ…その場でただ狼狽えた。
その時、輝が月を再び見上げたならば…気付いたであろう。
満月を一瞬…覆い隠すだけの巨大な翼を広げた影が、通り過ぎたことを…。
「な!」
その頃、校内を探索していた九鬼は…上空から感じるプレッシャーによって、廊下に崩れ落ちていた。
しかし、両手をつけても堪えられない程の力は…ほんの一瞬で消えた。
「馬鹿な…」
九鬼はしばらく、動けなかった。