第304話 追跡者
「部長!」
輝は、高坂の背中を追いかけていた。人一番体力がなく、体が弱いはずなのに…こういう時だけ、人一番早い。
高坂の姿は、もう西校舎の中に入り、見えなくなっていた。
「ったく!」
軽く毒づきながら、スピードアップをしょうとした輝の目の端に、微笑む少女の顔が映った。
「…うん?」
何か心に引っ掛かるものを感じて、思わず足を止めた。
「え…」
しかし、立ち止まった時には…少女の姿はなかった。
ほんの一瞬の出来事なのに、なぜか…微笑む顔が、脳裏に焼き付いた。
「生徒会長!」
その頃、一足早く保健室についた高坂が扉を開けていた。
「!」
しかし、そこに…誰もいなかった。
少し唖然としていると、後ろから声をかけられた。
「もう下校時間は、とっくに過ぎてるはずですよ」
「!?」
高坂は、その声をかけられる寸前、背筋に悪寒が走ったのがわかった。
(死!)
無意識が、高坂に伝えた。次に起こりうる出来事。
その瞬間、高坂は保健室内に飛び込むと、扉の方に振り向いた。
「あら〜恐い」
強張った顔を向ける高坂を見て、女教師の姿をしたリンネが驚くような顔を作った。
「あ、あなたは…」
教師であるリンネの姿を見て、ほっとするはずが…まだ意識の底は警戒を呼び掛けていた。
リンネは、そんな高坂に微笑むと、
「保健室の先生なら、帰られたわ」
優しい口調で告げた。
「そ、そうでしたか…」
高坂も何とか、平静を装うと、リンネに向かって頭を下げた。
「失礼します」
そのまま、息を止めながら、扉の前に立つリンネの横を一気に、通り過ぎた。
出入り口は、そこしかないからだ。奥に窓があるが、そこから出るのはおかしかった。
何とか廊下に出て、早足で立ち去ろうとした高坂の背中に、リンネは微笑みを崩さずに声を発した。
「勿論…生徒会長もね」
「!?」
高坂は、足を止めた。見透かれたような言葉に、
「あ、ありがとうございます」
何とか言葉を絞り出すと、高坂は歩き出した。
十字路に来ると、すぐに左に曲がり、しばらく歩いてから、激しく息をした。
「何者だ…あの教師は?」
遠ざかってから、激しく動く心臓を押さえながら、高坂はとにかく呼吸を落ち着けることにした。
「部長!」
追い付いた輝が、中庭から西校舎に入ろうとした。
「輝!」
高坂は少し、声を荒げた。
「はい!」
驚き、思わず足を止めた輝。
高坂は、大きく深呼吸をすると、一気に西校舎から出た。
「新聞部の部室に行くぞ」
それだけ告げると、中庭からグラウンドへと全力で走り出した。
「せ、先輩!」
訳がわからないが、仕方なく…輝はまたあとを追いかける。
夜の戸張が落ちて、真っ暗になった校舎内を、2人は全力疾走していた。
「一体…何が起こっている」
保健室から出た九鬼は、まっすぐに生徒会長室に向かった。
そこには、九鬼の安否を心配していた生徒会のメンバーが、まだ帰宅せずに集まっていた。
「会長!」
九鬼が生徒会室の扉を開けた瞬間、目を腫らした桂美和子が、泣きながら抱き付いてきた。
「美和子さん…。心配かけたようね」
副会長である美和子をぎゅっと、九鬼は抱き締めた。
そして、その後…美和子から、今朝から大月学園に起こった事件を説明して貰った。
自分が時計台の上に磔になっていたこと…。そして、高木という生徒が飛び降り自殺をしたことを。
「!?」
九鬼は絶句した。
自分のことは、仕方がない。油断した自分が悪いのだ。まだ生きているだけ、有り難かった。
問題は、生徒の自殺である。
「先程…警察の現場検証が終わりました。詳しいことは、私達には教えてくれませんでしたが…教師には、他殺の可能性は薄いと伝えていたそうです。もたれていて、金網が外れた訳でもないですし…やはり、自ら飛び降りたというのが、今のところ真実に近いと」
美和子の報告に、九鬼は顎に手を当てて考え込んだ。
(自殺…?)
確かに、それが確実な答えかもしれない。
しかし、九鬼の頭に…自分を襲った相手の微笑みがなぜか、よみがえった。
(心が…ざわめく)
九鬼は、ぎゅっと拳を握り締めると…美和子に背を向けた。
「美和子さん…。ごめんなさい。少し用を思い出したので、失礼するわ」
「か、会長!?」
突然、生徒会室から飛び出した九鬼の後ろ姿に、美和子は手を伸ばしたが、届くはずもなかった。
走ってはいけないとわかっている廊下を、九鬼は疾走する。
魔力削減の為に、明かりの消えた廊下に、月明かりだけが射し込んでいた。
(月よ…。あなたの光を借ります!)
疾走しながら、黒の眼鏡ケースを突き出す。
「装着!」
ケースが開くと、そこから黒い光が溢れ出し、九鬼の全身を包んだ。
「どこにいる!?」
乙女ブラックになった九鬼の眼鏡のレンズに、文字が羅列される。索敵システムが発動し、闇の波動を探す。
――ピピピ…。
細かい電子音のようなものが、九鬼の耳に聞こえてきた。
(!?)
次の瞬間、電子音はけたたましく警告を発すると、突然…レンズが真っ赤になり、
「ば、馬鹿な!」
九鬼は後ろに吹っ飛ぶと、廊下に片膝をつけていた。
眼鏡が外れ、変身が解けた。
「き、強制解除された!?」
そのような反応は、初めてのことだ。
廊下に転がる乙女ケースを拾うと、九鬼は…その表面を見つめた。
(つまり…今度の相手は、それだけヤバいということ!)
九鬼は、乙女ケースを握り締め、
(だったら、尚更!)
立ち上がった。
「野ばらしにはできない」
先程の反応から、その相手が校内にいることは間違いなかった。
「ふぅ〜」
九鬼は深呼吸すると、全身を落ち着かせた。
そして、神経を研ぎ澄まし…己の肌で、相手を探ることにした。
ゆっくりと、再び…歩き出した。
その頃…新聞部の部室についた輝は、唖然としていた。
「遅い!」
文句を言うさやかの前に、座る少女を見て…輝は動けなくなった。
「すまないな」
高坂は、さやかの隣に座った。
「…」
輝は、入り口から動けない。
なぜならば、そこにいるのは…先程見た少女にそっくりだったからだ。