第301話 目覚める瞳
(ここは…どこだ)
瞼を開けた瞬間、初めて見たかのような光の眩しさに、目を細めた。
(あたしは…死んだのか?)
一瞬、そう思ったが…。
「よかった。気が付いたんだね」
光を遮るように、覗き込んで来た顔を見て…理解した。
(まだ…あたしは、生きているだ)
そう思うと、嬉しさで涙が…流れ…
「!」
る訳がなかった。
寝ていたベットから、飛び起きた九鬼の脳裏に、自分を襲った少女の笑みがよみがえる。
(危険だ!何とかしないと!)
目覚めたばかりだというのに、少女を探す為にベットから出ようとした九鬼は、そのまま…バランスを崩した。
まだ頭と体の伝達が上手くいかなかった。
ベットの真下の床が見えた。
「大丈夫?」
だけど、落ちる訳がなかった。
そばに、浩也がいたからだ。
九鬼を受け止めると、浩也は再び九鬼をベットに寝かせた。
「無理してはいけないよ。外傷は大したことないけど…心臓が一度、止まったんだから。しばらくは、休んだ方がいい」
優しく話かけながらも、九鬼の体をしっかりと押さえつける浩也の力に、抵抗できない。
「そんな場合じゃない!学園内に恐ろしい相手が、侵入している!みんなが危ない!」
こんな状況になりながらも、他人を心配する九鬼に、浩也は自然と温かい気持ちになった。
だけど…それとこれとは、別である。
浩也は、九鬼を押さえつけながら、優しく諭すように言った。
「心配しなくていい。その恐ろしい相手よりも、さらに恐ろしい相手が…きっと、何とかしてくれるよ」
「え」
浩也の笑顔に、九鬼は思わず息を飲んだ。
「大丈夫…。あの人が、何とかしてくれるよ」
「あ、あ、あの人って?」
動きを止めた九鬼の当然の質問に、何故か…浩也は首を傾げた。
自分でも、誰のことかわからなかった。
だけど…ぼんやりと浮かんだイメージを口にした。
「天使…だよ」
夜の学校。
ほとんどの生徒が、帰宅している為、本当ならば誰もいないはずだが…大月学園に生徒がいないことはない。
それでも、数は圧倒的に少ない。静まり返った校舎の屋上に、再び…美亜はいた。
先程のソラとの遭遇を思いだし、舌打ちした。
「舐めやがって」
もう戻って来ないことはわかっていたが、出会った場所に立っていた。
大月学園という…月の女神のご加護に守られた空間がある為か…この周辺は、珍しく魔物が近寄ることはない。
と言っても…それは、下級魔物の話だ。
神にも近い上級魔物には、関係ない。
それでも、この地に寄り付かないのは、彼らが本能的に恐れる程の存在がいたからだ。
それも、1人ではない。
「あらあ〜。まだ帰ってなかったのね。下校時間は、とっくに過ぎているのに。早く帰って下さいね」
屋上の出入口の方から、声がした。
美亜のその声の主に対して、舌打ちした。
「まあ〜帰る家があるかは、知らないけど」
その嫌味な言い方に、美亜は振り向いた。
「リンネ!」
扉の前で腕を組み、美亜を見つめる女教師の格好をしたリンネがいた。グレーのスーツが妙に似合っていた。
「この学校は、面白いわね。次々にいろんなことが起こる」
リンネはそう言うと、 ゆっくりと歩きだし、絶妙な距離を開けて、美亜の近くで止まった。
「それに…女神が生徒で、騎士団長が教師なんて…ちょっとした喜劇ね」
そう言うと、軽く肩をすくめて見せた。
美亜は、リンネを睨み付け、
「お前か!あのソラとかいう女神をけしかけたのは!」
一気に間合いを詰めようとした。
「知らないわ」
リンネは、距離を保つ為に一歩下がった。
「嘘つけ!あいつは、ライの波動を宿していた!ライの魔神だろが!貴様が知らない訳があるまいて!」
詰めようと前に出るが、リンネは一定の距離を譲らない。
「貴様!」
苛立つ美亜は、最後の手段に出ようとした。
「モード・チェ」
「待ちなさい。本当にやる気なの?」
リンネは、美亜の言葉を遮ると、
「あなたとあたしが、本気でやり合えば…この学校周辺は消滅…いえ、それだけではすまないわ。この日本っていう島国自体が、壊滅する」
リンネはじっと美亜を見つめ、
「それでもいいの?」
口元に笑みをたたえながら、聞いた。
「クッ!」
美亜は、言葉を止めた。
数秒間、2人は見つめ合う。
「残念だわ…。あたしは、戦う方がよかったのに…」
リンネはまた肩をすくめると、美亜に背を向けた。
「でも、まあ〜いいわ。人間の教師ってのも、面白いし」
歩き出すリンネに向かって、美亜は叫んだ。
「ソラという女神は!何だ!」
「さあ〜ねえ」
リンネは、にやりと笑い、
「本人に直接訊いてみたら」
「!」
「だって…あなたと同じように、生徒として潜り込んでいるから」
「な、何だと!?」
声を荒げた美亜に、リンネは大袈裟にため息をつき、
「本当に…面白い学校だこと」
そのまま階段を使い、消えていった。
「生徒としてだと!?」
美亜は顔をしかめた。
「本当に…面白い」
リンネが笑いながら、階段を下りると、五階フロアの床に跪くユウリとアイリがいた。
「リンネ様…」
「我々は如何様に…」
「そうね…」
リンネは階段の途中で足を止め、軽く考える振りをした後、 五階のフロアまで下りた。
「別に…ないわ」
そして、ユウリとアイリの間をすり抜けた。
「リンネ様…」
ユウリとアイリは、体の向きを変えた。
「アルテミアとソラに関しては、あなた達ではどうしょうもないわ。だから…赤星浩也を監視して頂戴。彼は…目覚め初めている」
リンネは足を止めた。
「…と言っても、所詮…中途半端。彼自身は、大したことない。だけど…魂が共鳴すれば…」
そして、虚空を見つめ、
「王が復活する。その時こそが、真の始まりよ」
口元を緩めながら、再び歩き出した。