第300話 怪しい影
「殺された…?」
理沙のすがるような眼差しに、高坂は言葉通りに信じてしまいそうになった。。
「高坂!」
クラブハウスの方から、さやかが小走りで近づいてきた。
高坂はその声に気づかないのか、理沙の瞳から目を逸らせない。
息を切らしながら、さやかが高坂の横に立った。
「うん?」
高坂の前にいる理沙に気付いたが、気にせずに話しかけた。
「高坂、どうだ?何か気付いたか?」
さやかの言葉に、高坂は理沙を見つめながら、
「どうやら、自殺ではないらしい」
簡単に断定した自分に、フッと笑うと、
「彼女は、誰かに…殺された」
「え!?」
さやかが絶句し、
「一体、誰に!な、何か…根拠はあるの?」
高坂に訊いた。
高坂はただ…理沙を見つめるだけで、答えない。
(根拠は…彼女の瞳)
なんて言ったら、さやかにしばかれることはわかっていた。
高坂は無理矢理、目を閉じると、
「詳しくは、彼女から聞くことにする」
さやかに顔を向け、目を開いた。
「え!」
驚き、高坂と理沙を交互に見るさやか。
「部室を借りるぞ」
校内に入って来た救急車を尻目に、高坂は歩き出した。
その後ろを、理沙が続いた。
「…わ、わかったわ」
首を捻った後、さやかも歩きだした。
三人はクラブハウスに向けて歩き出した。
「つまり…。彼女…高木麻耶が、西校舎から飛び降りた後…屋上から、飛び立った影があると」
新聞部部室の応接セット内で、ガラスのテーブルを挟んで座る高坂と理沙。そんな2人の前に、運んできたお茶を置きながら、さやかは理沙に訊いた。
「はい…」
理沙はソファーに座ってからずっと、顔を伏せていた。さやかが置いた湯呑みがちょうど、いい具合に視線の先と重なった。
「飛び立った影か…」
さやかは、高坂の隣に座ると、自らの膝に頬杖をついた。
「…それは、飛び降りた影ではないのだね?」
理沙の言葉を聞いていた高坂は、おもむろに口を開いた。
「は?」
高坂の言葉に、理沙ではなく、さやかが反応し、
「飛び降りたのは、彼女の親友で…」
「俺は…君の友達が飛び降りる数分前に、別の飛び降りを見ている」
さやかの言葉を無視して、高坂はテーブルの向こうの理沙の瞳を凝視した。
(やはり…どこか似ている)
と、高坂が思った時、今まで俯いていた理沙が顔を上げた。
(!?)
逆にじっと見つめられて、高坂は息を飲んだ。
「違います」
理沙は真っ直ぐに高坂を見つめ、そう一言言った後、しばらく言葉を止め、
「絶対に違います。麻耶が飛び降りた後、天使のような白い翼を広げて…」
「天使のよう?」
理沙の言葉を聞いて、さやかが眉を寄せ、
「…ということは、天空の」
「軽々しく決めないことだ」
高坂は、さやかの言葉を遮ると、軽く奥歯を噛み締め、
「綾瀬さん。一応、確認したい。君は、高木さんが飛び降りるところを見た。それは、屋上で見たのか…それとも、下から見たのかい?」
「そ、それは…」
少し口ごもった理沙は、
「下からです。わたしは、麻耶と待ち合わせしていたのに…来なかったから」
再び顔を伏せた。
「ということは…高木さんは、待ち合わせの場所に来ないで、なぜか…屋上に向かった。そして、そこから…何者かに落とされたと」
そこで、一旦…言葉を切り、
「だとすれば…君は、彼女が落とされる瞬間を見たのかい?」
高坂は、最終確認をした。
「…わたしは、何か…鈍い音がしたから…見に行ったら、麻耶が倒れていて…。その時、空に飛び立つ影が…」
少し震え出した理沙を見て、さやかが間に割って入った。
「高坂!彼女は、親友が目の前で死んで、ショックを受けているんだから…そう矢継ぎ早に訊いても」
「もういい…。大体わかったから」
高坂は、ソファーから立ち上がった。
「一応…依頼は受けよう。調べてみるよ。単なる自殺ではなさそうだから」
高坂はそう言うと、理沙を見下ろした。
「…」
理沙は返事をしない。
「…」
高坂も無言になった。
その時、高坂のカードが鳴った。
「失礼」
カードを取り出すと、応答した。
「どうだった?そっちは」
高坂の声に、
「ぶ、部長〜!助けて下さい」
半泣きの輝の声が、返って来た。
「どうして!あたしは、勝てないんだあ!」
後ろで、緑の声がした。
「八つ当たりは、やめて下さい!」
輝の泣き声が続いた。
「生徒会長は、どうだった?」
と訊いても、返事がなかった。
「痛い!痛い!」
と叫ぶ輝の声しか聞こえて来ない。
高坂は、こめかみを人差し指で押さえると、さやかを見た後…理沙を見つめ、
「ちょっと失礼するよ。綾瀬さん…。他に何かあったら、さやかに言っておいてくれ」
頭を下げると、ソファーから出た。
「ち、ちょっと!高坂!」
ソファーから出るまでの高坂の動きを目で追いながら、さやかは止めようとした。
しかし、無言のまま俯いて動かない理沙が気になり、ソファーから立ち上がれない。
「ま、まったく!もお!」
仕方なく…ソファーに座り直すと、理沙の相手をすることにした。
「…お茶、入れ直そうか?」
新聞部の部室から出た高坂は、カードを取り出した。
「舞!聞こえるか?」
微かなプチっという音の後、
「はあい!部長!聴こえますよ!誰にも盗聴されてません!大丈夫です!」
カードから、情報倶楽部の部室にいる舞の声が聞こえて来た。
「それにしても、部長。まだ、学校にいたんですね。大丈夫でしたか?」
部室に住んでいるに近い状況の舞は、防衛軍から拝借したパソコンの前にいた。動力の魔力を内蔵したエネルギーパックも大量に持って来た為、ここ数年ケチケチと使ってきた反動で、パソコンから離れられなくなっていたのだ。
「舞!ここ1時間の西校舎屋上の状況を知りたい!防衛軍の監視式神の映像を入手できないか?」
特別校舎に向いながら訊く高坂に、
「残念なお知らせです。防衛軍が解体してからも、内蔵魔力パックで動いていた式神の…最後の一体の魔力がついに!3日前に切れました」
「何!?」
「いや〜あ!ほったらかしになってたから、使い放題で!アハハハ!」
どうやら…舞が使ったらしい。
「でも…全盛期でも、全地域を監視することはできませんでしたよ。あらかじめ…上空に待機させておかないと」
「そ、そうか…」
肩を落とした高坂に、
「あ!」
何か思い出したような舞の声が聞こえ、
「校長が至るところにつけていた監視モニターが、屋上にもあるかも!?」
「監視モニター?」
「ちょっと待って下さいよ」
舞はパソコンを起動させ、キーボードを叩いた。
ディスプレイに、理事長室のある廊下や、生徒会前、クラブハウスや正門と裏門…女子更衣室などが映った。
「屋上はないですね」
画面に目を走らす舞の声に、
「わかった」
高坂は頷くと、通信を切ろうとした。
「先輩!そう言えばさっき…凄まじい魔力の反応がありましたけど…。それも、二つ!」
「な!」
高坂は手を止めて、絶句した。
「何か、地上で変化はありませんでしたか?」
「……生徒が一人、飛び降りたよ」
「そ、それだけですか!」
「それだけとは、不謹慎だろ!」
声を荒げた高坂に、舞は言葉を続けた。
「だって!ここの大したことない測定器の針が、振り切れてましたもん。これは、地上壊滅…よくて、学園崩壊したなと思ってましたのに…。部室のトイレットペーパーの数を心配しましたよ」
ちなみに、部室はトイレ完備である。
「ということは、神レベルか?」
高坂は足を止めた。
「恐らくは、それ以上」
「了解した。また何かあったら、連絡をしてくれ」
高坂は通信を切った。
「神レベル…」
恐らく一つは、天空の女神であろう。
もう一つは…。
高坂の頭に、飛び降りて来た女の微笑みが浮かんだ。
「あの女か…」
無意識にカードを握り締めてしまった高坂。
「先輩!」
そんな高坂に向って、特別校舎の方から…顔を腫らした輝が走ってきた。
「むかつく!」
その後ろに、ヒステリックを起こしている緑が見えた。
高坂はため息をつくと、歩き出した。
すると、握り締めていた手の力も自然と治まり、緊張も解けていた。
「何があった?」
高坂は、2人から事情をきくことにした。