第299話 交わる瞳
「きな臭いわね…」
出来上がった原稿をチェックしながら、新聞部部長如月さやかは、ため息をついた。
どこから仕入れたのか…部室に奥に陣取る豪華な応接セット内で、革張りのソファーに深々ともたれながら。
先日の月影ソルジャーもどきによる学園内襲撃。さらに、理事長室の惨劇を受け、新聞部としては、記事にしなければいけないと思い、文字に起こしてみると、肝心なことがぼけていた。
3人の転校生に、新任の女教師…。
「彼女らは…只者ではないわ。それに…」
さやかは出来上がった原稿を前にあるガラスのテーブルに置くと、眉間をマッサージし、
「天空の女神…」
すぐに指を離すと、またため息をついた。
普通ならば、国家レベルの問題である。
「この学園の特殊性は、理解していたけど…ここまで来たら…異常だわ」
わかる範囲で、詳しく書いてもいいが…さやかの頭に不安が残る。
特に…女教師の顔が、ちらついた。
「あの顔…どこかで、見たような」
さすがのさやかも、騎士団長の1人である…リンネが、潜入しているとは思わなかった。
その事実に気付いたらならば、学校から逃げなければならなかった。
カードシステムの崩壊と、防衛軍の壊滅は…各種通信機能をまったく機能させなくなり、情報の流通を止めた。 便利なものに頼り過ぎた人間は、自らの足で探すことが億劫になっていた。
唯一、カードシステムの通話機能だけが生きていた。
「それでも、まあ〜生きていけるんだから…人間は、どれだけ贅沢だったのか」
そんなことを考えている時、ふと…目が行った窓。
それは、仕組まれていたのだろうか。
新聞部室からグランドを挟んで見える西校舎から、1人の生徒が飛び降りるのが見えた。
「え!」
驚いて立ち上がったさやかの耳に、どすんと重い音が聞こえてきた。
「部長!定例会の件ですが…」
その時、新聞部の部員が扉を開けた。
窓の向こうを見つめて、驚いているさやかに気付き、部員も振り返った。
すぐには、気づかなかったが…やがて、倒れている生徒に気付き、悲鳴を上げた。
「人が飛び降りただと!?」
特別校舎についた高坂に、突然…さやかから連絡が入った。
「…それは」
高坂の脳裏に、先程の少女の笑顔がよみがえる。唇を噛み締めた後、
「俺もそう思ったけど…そんな証拠はなかった…」
呟くように言った高坂に、カードの向こうのさやかがキレた。
「何言ってんのよ!今、飛び降りたの!遺体もまだ残っているわ!」
「馬鹿な!俺は、確かめたぞ!」
「早くしてよ!西校舎のグランド側よ。今、救急車を呼んだけど…一応、現場検証しておいてよ!警察が来る前に!」
「西校舎?」
高坂は眉を寄せた。
「これは、依頼よ!あたしからの!」
そう叫ぶと、さやかは通信を切った。
「西校舎だと!?」
高坂はカードをしまうと、考え込んだ。自分が、少女を見たのは、東校舎である。
「先輩?」
特別校舎の入口前で、足を止めていた輝が訊いてきた。
「すまない…輝。緑のところには、お前1人で行ってくれ。俺は、別の用ができた」
高坂は踵を返すと、来た道を引き返した。
「せ、先輩…」
輝は、遠ざかる高坂の背中に手を伸ばした。 これから、自分の身にふりかかる災難を予感しながら。
「ほぼ同時に、飛び降り自殺だと!あり得ん!」
高坂は一気に、中庭を突っ切った。現場に向けて、全力で走った。
「うん?」
保健室の前に着いた浩也は、扉を開ける前に、顔を上げた。
「血の匂い…。誰かが死んだ」
そして、振り返り…匂いがする西校舎の方を見ようとして、目の端が何かを捉えた。
「!?」
自分がいる東校舎の奥…グランド側に、1人の少女が立っていた。
(誰だ?)
浩也が立つ場所から一番離れている為に、はっきりとは表情がわからなかった。
能力を発動させれば見えるが、一般の生徒に見せる訳にはいかなかった。
そんなことを考えている内に、少女は消えた。
(笑っていた)
浩也は、少女が妖しく微笑んでいたことだけは確信していた。
月が昇った夜空の下。
距離を取って、現場を見つめる野次馬。
ざわめく人混みの後ろで、高坂は倒れている少女の顔を確認した。
(違う!)
高坂は目を細めた後、額が割れピンクの脳味噌が見える少女から顔を逸らし、
「チッ」
柄にもなく顔をしかめながら、高坂は音を出して舌打ちした。
それは、先程見た少女と違うことに安心した自分に対してだった。
(人が死んだんだぞ)
自分に苛立ちながらも、高坂は現場から離れることにした。
人が多すぎて、調べられない。
(屋上にいくか)
そう思った時、後ろから声をかけられた。
「あっ…。す、すいません…情報倶楽部の方ですよね」
「え、ええ」
高坂は声をかけられたことに驚きながらも、ゆっくりと振り返り…絶句した。
(な!)
なぜならば、そこに…先程、脳裏に焼き付いたばかりのあの少女そっくりの生徒がいたからだ。
しかし、大月学園の制服を着ていることと、栗色の髪が、先程の少女と違うことに気付き、高坂は何とか平静を保てた。
「な、何か?」
少女は少し俯いた後、意を決したように顔を上げ、
「わ、わたし…今、飛び降りた麻耶の親友なんです!」
胸をぎゅっと抱き締め、一歩前に出て、
「ま、麻耶は殺されたんです!」
涙を流しながら、高坂に向かって叫んだ。
その生徒の名は、綾瀬理沙。
今さっき、飛び降りた高木麻耶と同じ…演劇部の部員だった。
そう言った後、突然…理沙の顔色は悪くなり、嗚咽していた。
(仕方あるまい…)
理沙は、目の前で麻耶が飛び降りるのを間近で見たらしいのだ。
「お願いします!麻耶を殺した犯人を探して下さい!」
遠くから近付いてくるサイレンの音も、高坂には聞こえなかった。
ただ自分を見つめる理沙の涙で潤んだ瞳と、飛び降りながら微笑んだ少女の目を重ねて見ていた。
決して、交わることのない瞳。
それなのに、高坂の心は傷んだ。
その瞬間、長い…幻想と間違う物語が始まった。