第297話 友からのメッセージ
「…」
無言で、魔界のジャングル地帯を歩くジャスティン。
昼間でも、夜でもお構い無くただ…黙々と歩く。
真っ暗な暗闇も、ジャスティンを止める理由にはならなかった。
魔物や動物の息吹きも、気にならない。不安から来る幻聴も、聞こえるはずがなかった。
やたらと、心が落ち着いていた。
暗闇の谷間を降り、底に流れる川の中にある岩場を飛んで渡りながらも、滑ることもない。
ほぼ心を無にしていたジャスティンの足を止めさせたのは、昇る太陽の光だった。
日の出の強烈な光に照らされて、足下の川面がきらきらと輝きだすと、ジャスティンは振り向き、目を細めながらも、太陽に頭を下げた。
闇から救ってくる唯一の存在。
ジャスティンは、朝日に感謝しながら、心の中で考えていた。
(毎朝…日の出を見ることができたら…人間は、考え方を一変するだろう)
ブルーワールドと実世界の神の概念は違う。しかし、昇る太陽は同じである。
闇を消してくれる太陽の無償の行為に、感謝することだろう。
(太陽こそ…究極の愛だ)
地球にいる人間以外のすべての動物、植物に降り注ぐ暖かい日差し。
それに、直接見れないというのもいい。
そこにあるのがわかりながらも、易々と見つめられない。
無償の光と尊さ。
(神とは、こうあるべきだ)
ジャスティンがフッと笑った時、微かな魔力を川岸から感じた。
(うん?)
殺気もない。しかし、明らかに、自分に向けられている視線に気付いた。
ジャスティンは五メートルくらいの川幅のちょうど真ん中にある岩に立っていた。そこから、助走もつけずに、ジャスティンはジャンプした。
川岸に着地すると、視線を向けている相手を探した。
(人間?)
ちらっと見た瞬間、人間だと思った。
しかし、特徴的な長い耳と…漂う魔力から、人間ではないとすぐに判断した。
(女…の)
ジャスティンは、目を細め、
(まさか!?エルフか!)
数秒後…驚愕した。
谷間の間を流れる川の岸辺から、そり立つ崖までは、そんなに幅がない。
水かさが増した時に、削られたのか…丸みを帯びた岩が所々に転がっていた。
そんな岩の間に、女のエルフはいた。
(エルフ…。亡びた種族)
人間に似た姿と発達した知能と、自然に準じた高度な文明を持っていた…一族。
一説によれば…魔界との結界を造ったのは、人間の子孫ではなく…エルフの祖先だと言われていた。
人間と違い、魔力を持つエルフ。比較的…生物学的に、人間に近いことが、滅びた後の研究でわかっていた。
大量に残っていたエルフの遺骨のDNAを、調べた結界である。
愚かな人間は、DNA鑑定が確定される前から、エルフの魔力を得るために、実験を続けていた。
つまり…エルフの女と結ばれることで、人間との間に魔力を持った新しい人間が生まれるかの実験だった。
自然の守り神であるエルフは、比較的大人しく友好的だった。
そこを利用したのだ。
その実験の結果…すべてではないが、人間とエルフの子供は生まれた。
しかし、その容姿を見た時…人間は、生まれた赤ん坊を、純粋な人間とは認めなかった。
その後も、人間に近付ける実験を行ったが…そうすれば、魔力が弱まることがわかった。
そうした人間の幾度のない実験の対象にされたエルフは…一部で人間に対する反乱を起こしたが…魔物のとの戦いを常に経験している人間の武力により、制圧された。
女の殆どが、人間にとられたエルフは…自然と数を減らしていった。
そして、数年後には…滅んだのである。
しかし、人間との間にできた子供達は…エルフの容姿に程遠いものから、心ある者達に保護され、その血を完全に絶すことにはならなかった。
人間の血が濃くない者は…ロストアイラインドに逃げ込んだ。
そのロストアイラインドにいた子孫達も、炎の騎士団により滅ぼされた。
それ故に、世界に残っているのは…純粋なエルフではなく、サーシャのように髪の毛など、一部で先祖の名残を残す者しかいないはずだった。
(エルフの血を引く者か)
ジャスティンは、岩場の間に立つ女を見つめた。
エメラルドグリーンの髪を後ろに束ねた女は、ジャスティンに頭を下げると、微笑みながら背を向けて歩き出した。
(うん?)
ジャスティンには、それが…ついて来いの合図に思えた。
(行くか…)
なぜだろうか。ジャスティンは疑うことなく、女の後を追った。女の後ろ姿にどこか…懐かしいものを感じたからだ。
女は崖の前までいくと、足を止めた。そして、人の腰辺りで崖の側面に埋まっている石に、人差し指で触れた。
次の瞬間、女の姿が消えた。
(な!)
ジャスティンは、声には出さずに絶句した。慌てて近付くと、女が触れた石を見た。
拇印ほどの大きさの魔法陣が書かれていた。
(こんなもの…気付かないぞ)
ジャスティンは躊躇うことなく、指を魔法陣に押し付けた。
次の瞬間、ジャスティンは崖の中にした。 正確には、崖の地下の空間にいた。
「ようこそ。ジャスティン・ゲイ殿。あなたが来ることを待っておりました」
「な!」
ジャスティンは、村の広場にいた。
数多くの木造の家が並ぶ村の中央にある広場。
「正確には…あなたが来られるという奇跡を」
ジャスティンの前に、先程の女と…年老いたエルフの男が1人。
「これも…運命ですな。私の寿命が尽きる寸前に、あなたが来られるとは」
男は、ジャスティンを見上げた。
エルフの特徴である長い耳は、垂れ下がり…皺が目を隠していた。
「ここは…」
ジャスティンは、洞穴でありながら、澄んだ空気に驚いていた。
「エルフ…最後の村です」
男は、ジャスティンに告げた。
「最後の村?」
ジャスティンは、周囲を見回した。家屋は沢山あるが…気配がしない。目の前にいる2人以外は…。
ジャスティンの動きを見て、男はこたえた。
「村の者達は…皆、寿命を迎えて死にましたよ」
「!?」
ジャスティンは、男に視線を戻した。
「あなたもご存知のように…エルフの女は、すべて人間により捕獲されました。残ったのは、男だけ。この村は…男だけとなったエルフが、寿命を迎えるまで住む為に作られました」
155センチくらいの男は、ジャスティンを見上げ、
「あなたのご友人…クラーク・マインド・パーカーによって」
「クラーク!?」
ジャスティンは思いもよらない名を告げられて、思わず声を荒げた。
「そうです」
男は頷き、
「彼は、年老いた我々の仲間を集め…この地に、匿ってくれたのです」
「そんな…話…初耳だ」
「そうでしょうな…。彼は…あなたには知られたくなかったでしょうから」
男は突然、目を伏せた。
「…どういう意味です」
ジャスティンは一度深呼吸をした後、男に向き直した。
男も息を吐くと、
「彼と私達は…ある意味同じ境遇でした。実験対象という」
「!?」
ジャスティンは、今の男の言葉である程度…理解した。
「だからこそ…彼は、私達を助けた」
「そうですか…」
ジャスティンは頷き、目を伏せた。
そんなジャスティンを見て、男は眉を寄せた。
「そうだと思いますか?」
「うん?」
意外な質問に、ジャスティンは顔を上げた。
男はじっと、ジャスティンを見つめ、
「それだけで…あの男が、我々の為に、ここを用意したと思いますか?それも…魔界の中に」
「!」
ジャスティンは息を飲んだ。
じっと自分を見つめる視線が、2人の関係とは…その程度かときいていた。
「じゃあ…何かあると?ここに、あなた達を匿ったのはついでで…真に隠すべきものがあったと仰りたいのか?」
ジャスティンは、そこまで言って、はっとした。
男の笑顔が物語っていた。
「俺にも…言えない物が、ここにあると?」
ジャスティンの言葉に、男は頷いた。
「そうです。その物こそが、あなたに託したいものなのです。我々はもう…お預かりできません」
男はそう言うと、どこからか…木箱を取りだし、ジャスティンに差し出した。
「これを…あなたに」
男から、受け取ったジャスティンは木箱を開け、目を見開いた。
「これは!?」
数時間後、ジャスティンは洞穴を後にしていた。
「行きましょうか」
ジャスティンの後ろには、エルフの女がいた。
エルフの男は、ジャスティンに木箱を渡すと、数分後に死んだ。寿命だった。
死ぬ間際…男は、女をジャスティンに預けた。
「私の孫を…お願いします。この子は、純粋なエルフではございません。私の娘と…クラークの間に生まれた子供です」
「え!」
ジャスティンは、そのことが一番驚いた。
「と言っても…2人が愛し合った訳ではございません。特殊な人間であった彼とエルフが交われば…どんな子供ができるのか…。クラークの精子を使って、実験されたのです。彼も…この子に会うまでは、知りませんでした」
男の話で、ジャスティンは納得した。
(だからか…)
男は、ジャスティンの手を両手で握り締め、
「彼の特殊な遺伝子が、この子のエルフの血を際立たせました。強力な魔力を持ちますが…人間でもあるのです」
すがるように、言葉を続けた。
「私は…もうすぐ死にます。どうかこの子を!私が死んだら、この子だけで、あれを守る羽目になっておりました!こんな穴蔵で!あ、あなたが…来てくれてよかった!ありがとうございます!」
涙を流し、何度も懇願した。
「わかりました」
そして、ジャスティンが頷いたのを見て…安心したのか、男は死んだ。
ずっと無表情で、男のそばにいた女は、彼が亡くなった瞬間、泣き崩れた。
死ぬ寸前だった祖父に、弱いところを見せたくない気持ちが、無表情にさせていたのだろう。
ジャスティンは、彼を村の裏手にある墓地に埋葬した。そして、十字架の並ぶ墓地の真ん中で、女にきいた。
「君の名前は?」
ジャスティンの質問に、女は涙を拭った後、こたえた。
「エルです」
「エル?」
「はい」
女は頷き、
「最初…父は、ティアナとつけたかったそうですが…親友に怒られると…」
そこで言葉を切り、
「だから、エルフの誇りを持つように…エルと名付けたと」
それを聞いて、ジャスティンは大笑いをした。
「はははは!」
しばらく笑った後、ジャスティンは笑い過ぎて出た涙を拭うと、右手をエルに差し出した。
「君のお父さんの親友だ。ジャスティン・ゲイ。よろしく…エル・パーカー…でいいのかな?」
「はい!」
エルは笑顔で頷くと、クラークの手を握り締めた。
「さあ〜!行こうか!魔界を出るよ」
握手を解くと、ジャスティンは前を向いた。
その脇に、木箱を抱えて。
「どこにいくのですか?」
エルの質問に、ジャスティンはこたえた。
「日本だ」
「日本?」
エルは、眉を寄せた。
エルの姿は、人間と変わらなくなっていた。エルフの特徴が消えていた。それと同時に、魔力も感じなくなった。
どうやら…父親と同じで、変身能力があるようだ。
「日本…小さな島国だが…。今そこで…すべての運命を司るパーツが集まっている」
ジャスティンは、空を見上げた。
「私も、参加しなければならない」
そう呟くように言い、戦う決意を決めた。
「だけど…日本の殆どは比較的安全な地域だから、君をどこかで匿って貰う。心配しなくていいよ」
ジャスティンは、エルに顔を向け、
「四国辺りが一番かな…」
「はい…」
歩き出したジャスティンの背中を見つめた後、エルは後ろを振り返った。
少しだけ不安な顔を向けたが、すぐに前を向き、歩き出した。
「…」
そんなエルに、背中を向けながらも気付いたジャスティンは、しばらく話すのをやめた。
旅は長くなる。
1人ならば、すぐに日本に行けたが…。
(まあ…いい)
ジャスティンは、彼女に合わせることにした。
(これも…運命だ)