第296話 風吹く時
西校舎の屋上までテレポートした美亜は、着地と同時に舌打ちした。
「まだ早すぎる!」
それは、己に対する舌打ちだった。
「まだ…目覚めていけない」
美亜は、浩也と親しく話し過ぎたことに後悔していたのだ。
夕陽は、完全に消えていた。
夜の戸張の始まりの中、美亜は再び…テレポートしょうとした。
その時、そいつは現れた。
「!?」
美亜は真後ろに、強い魔力を感じて振り返った。
「チッ!」
そして、すぐに前を向いた。
「舐めてるか!」
目の前に立つ女を睨んだ。
茶色のワンピースを来た女が…微笑みながら立っていた。
背は低い。それに、日本地区に住んでいる民族の顔ではない。
(人のことは…言えないが)
美亜はフッと笑うと、スカートのポケットから白い乙女ケースを取り出した。
(こいつで、様子を見るか)
そのまま、前に突きだすと、
「装着!」
眼鏡ケースから光が溢れた。
そして、美亜は…乙女ホワイトへと変身した。
「フン!」
一瞬で間合いを詰めると、パンチを繰り出した。
「冗談は、やめて下さい」
女は片手で、受け止めた。
しかし、今度は乙女ホワイトの回し蹴りが、女の首筋を狙う。
「!」
乙女ホワイトは、驚いた。
突然、女が消えたからだ。
いや、消えたのではない。
上空に飛び上がったのだ。黒い蝙蝠の羽を広げて。
「お前は!?」
赤い瞳で、自分を見下ろす姿に、美亜は絶句した。 そして、頭をかくと、
「なるほどな」
美亜はすべてを悟った。
眼鏡を取ると、変身を解き…もう1つの変身も解いた。
黒髪がブロンドに変わり、背も少し伸びた。
「御姉様!」
その姿を見て、女は嬉しそうな声を上げた。
「御姉様?」
一瞬で、女の前まで移動すると、白い翼を広げた。
「生憎…あたしに、妹はいない!」
「それが…いたんですよ」
女は、悪戯っぽい目を向けると、その目を細め、
「アルテミア…御姉様」
笑顔を作った。
女の言葉に、アルテミアは眉を寄せ、
「だとしたら…ライが、用意していたのか?」
目の前に浮かぶ女を見つめた。
女から感じる魔力は、虚無の女神を遥かに凌駕していた。
ネーナやマリーと同クラスの力を感じる。それよりも、女の体から漂う魔力に、ライの力が混じっていた。
(こいつは…)
目の前にいるのは、ライの創った女神に間違いなかった。
(いつのまに…)
しかし、そんな女神を創っていることなど知らなかった。
アルテミアはまじまじと、女を観察し…女ではなく、ライの真意を考えていた。
(フッ…)
女は心の中で笑うと、屋上まで一気に落ちるように着地した。
「チッ」
アルテミアも下りた。目の前で音も立てずに、下り立った女の能力と見て、自分と同じ力を持っていると、アルテミアは直感した。
「本当はね」
女は、屋上に降り立ったアルテミアに笑顔を向け、
「あたしの方が、先に創られたの…。だけど、あたしは…目覚める前に、封印されちゃって、ずっと土の中にいたの」
そこまで言うと、シュンとして、肩を落として見せた。
その動きが嘘くさく見えたが、アルテミアは大人しく聞いていた。
「だから!目覚めたのは、最近!」
女は、ここでまた笑顔に戻ると、思いっきり微笑んだ。
「だから!あたしは、あなたの妹なの!わかりましたかあ?」
言葉の端々に、苛立ちを感じてしまうが、アルテミアはなぜか…言ってることは真実だと思った。
なぜならば、その背中にある羽と能力だ。
(こいつは…)
アルテミアは、女を凝視した。
その視線に気付き、女は手を振ると、改めて姿勢を正した。
「御姉様…。あたし、興奮しちゃって、大切なことを忘れてたわ!あたしの名前は、空の女神ソラ!」
女は、ぺこりと頭を下げた。
「空の女神…ソラ?」
名前を呟いたアルテミアに向かって、首を横に振った。
「御姉様!ごめんなさ〜い!それは、仮の名前でした!今の名前は、風の女神ソラです!」
ソラは、アルテミアに向かって敬礼した。
「風の女神に変わっただと!?」
少し舐められていると感じたアルテミアの眉が、跳ね上がった。
「キハハハハ!」
無意味に、ソラは笑い、
「だって、空の女神よりも上の天空の女神が、いらっしゃるんですもの」
アルテミアに、ねっと相槌を求めた。
(なるほどな…)
アルテミアは確証した。
(こいつは…ライの女神だ)
常々…アルテミアは、疑問に思っていることがあった。
天空の騎士団の話である。
水と炎の騎士団と違い、天空の騎士団ができたのは、アルテミアが生まれてからである。
しかし、その前から…騎士団は編成されていたのだ。
自分が生まれたことは、想定外であることを…アルテミアは知っていた。
幼い頃から、姉達がそう言っていた。
しかし、だとしたら…天空の騎士団は…なぜ、女神が創られなかったのか…。
幼き頃より、心の隅で感じていた違和感の正体を、アルテミアは知った。
「だから!あたしは、風の女神ソラなの!」
ソラは、両手を広げた。すると、強い風が…アルテミアの後ろから、吹き抜けた。
ブロンドの髪が、乱れたが…アルテミアは動じない。
「御姉様!1つ質問があります!」
ソラがくるりと一回転すると、風は竜巻になり、上空へと上がっていく。
そんな現象を気にも止めず、アルテミアはじっとソラを見つめていた。
ソラは、真っ直ぐ背筋を伸ばして空中で立つと、
「どうして…あの女を助けたのですか?折角、磔にしたのに」
「お前の仕業か…」
アルテミアは目を細め、一歩前に出た。
「…でも、残念ですね」
ソラは、肩を落とし、
「愛する男に、邪魔されて!」
その後…満面の笑顔を作った。
「貴様!」
アルテミアの姿が消え、一瞬にしてソラの前に来た。
渾身の正拳突きが、ソラのボディに叩き込まれた。
「!?」
インパクトの瞬間、拳に当たった感触がまったくないことに気付いた。
避けたのではない。
アルテミアの拳圧で生じた風によって、ソラが舞い上がったのだ。
「ごめんなさい…。御姉様」
ソラは、屋上の周りを囲む金網の上に、ひらりと着地し、
「あたしは〜御姉様とまともにやり合う気はないの。だって、今や〜!お父様の次に強いんですもの!御姉様とやり合って、マリー御姉様やネーナ御姉様みたいに、殺されたくないですから!」
ぺろっと舌を出した。
「き、貴様!」
近づこうとしたアルテミアは、動きを止めた。一瞬…背筋に寒気が走ったからだ。
純粋な殺意。 魔力の大きさとは関係なく、殺意の強さは…人をぞっとさせるものがある。
「御姉様は…強いわ。とても、敵わない…」
ソラは、顔を伏せた。 そして、ワンピースの胸元に指をかけると、
「だって…疼くんですもの!」
一気に、胸元からワンピースを切り裂いた。
露になったバストの…ちょうど真ん中に走る傷痕。
「生まれる前につけられた!この傷が!」
目を見開き、雰囲気が変わったソラを見て、アルテミアは自然と構えた。
その姿に、ソラは目を細め、
「目覚める前…瞼の向こうに残るのは…御姉様と同じブロンド………」
そう呟くように言ってから、ソラは再び笑顔を作った。
「御姉様…。今日は、これで失礼しますわ」
ソラは手を振りながら、背中から金網の向こうに落ちて行った。
「ご機嫌よう」
笑顔のまま…屋上から落ちていくソラ。
「クソ!」
アルテミアもジャンプし、金網を飛び越えた。
「いない!」
しかし、五階下の地面に着地した時には…ソラの姿はなかった。
「あいつの目的は、何だ?」
アルテミアの目のレンズに、先程の傷痕の映像が残っていた。
「…復讐か?」
アルテミアには、ソラに傷を負わしたのが…ティアナであると一瞬で理解した。
「それとも…」
アルテミアは、地面を踏み締めたまま…天を見上げた。
今日は…月が、雲に隠れていた。