第292話 その為に
通路の途中、体力回復の為にカードを使用しながら走るティアナ。火傷は治らないが、痛みは治まった。
度を越えた疲労から、思考能力も低下していた。
ティアナの脳波を感じ、飛来するチェンジ・ザ・ハートが先程の戦いで来なかったことからも、疲労の酷さがわかった。
本当ならば、時間をかけて体力を回復したいが、ティアナはそれができなかった。
「!?」
なぜならば、ティアナの目の前に、肩から剣が突き刺さったまま倒れている剣司がいたからだ。
慌てて、ティアナは剣司に駆け寄った。
「グ、グレイが…先に行った。や、やつを止められなかった…。早く…やつを追ってくれ」
剣は、肩口から背中までを貫いていた。
「その前に…剣を抜いて、止血しないと」
ティアナは、剣司の前にしゃがむと、ジャスティンのくれたカードを剣が刺さっている部分に当てた。
「俺のことより!あいつを!」
「痛むわよ」
ティアナは剣の柄を握り締めると、一気に抜いた。その動作と同時に、魔法を発動させ、血が噴き出すのを防いだ。
「く!」
顔をしかめただけで、悲鳴を上げない剣司を見て、ティアナは流石だと思った。
常に常備している包帯を取り出すと、肩口に巻いた。
応急措置を何とか終了すると、ティアナは額から流れた汗を拭った。
「す、すまない…」
剣司は礼を述べた後、ティアナを見て、フッと笑った。
「やっぱり…あんたは、凄いな…。噂通りだ」
「え」
「ここにいるということは、騎士団長を倒したということだろ?」
「倒してはいないわ」
ティアナは、首を横に振った。
「それでも…凄い。生きてるってことがな」
剣司はまじまじと、ティアナを見た。
ブロンドの美しく、華奢な女性が、ここまで強いとは…信じられなかった。
しかし、ティアナとジャスティン達がいなければ、ここまで来れなかったのも事実だった。
剣司は、痛む肩を押さながら、
「…グレイとは、相討ちに持ち込んだ。だけど、あいつは…俺の刀を奪うと、そのまま走って行った…。いずれ、出血多量で死ぬぞ」
そう言ってから、剣司は肩から手を離すと、ティアナの腕を掴んだ。
「できれば、あいつを助けてやってくれ!こんな形で、終わることは…不本意だ!今…止めれば、あいつは助かる!」
「わかってるわ」
ティアナは頷くと、剣司の腕に手をおき、そっと離した。
「必ず助けるわ。でも、その前に…あなたを」
カードを使い、さらに治療しょうとするティアナに、剣司は首を横に振り、
「あとは…あいつにしてやってくれ。俺は大丈夫だから」
「で、でも…」
「あんたさ」
突然、剣司は真剣な顔になって、じっとティアナを見つめた。
「好きな男はいるのか?」
「は?」
ティアナは、場違いの質問に驚いた。
「お、おかしな質問じゃないだろ?」
少し照れる剣司に、
「男って、そういうこと気にするのね」
ティアナはため息をついた。一気に、緊張が解けた。
「だから、そうじゃなくてさ」
剣司は頭をかき、
「俺は…故郷に好きな女を残している。だから、絶対に死ねないし…絶対に生きて帰る」
「…」
真剣な表情になった剣司の言葉に、ティアナは静かに聞くことにした。
「だから、こんな傷ぐらいで、どうこうならないよ」
剣司は、笑った。
「…そういうものかしら?あたしはただ…ここで死んだら、カードシステムも完成できないから…少なくとも、システムが完成するまでは、死ねないわ」
その言葉に、剣司はティアナの手にあるカードに目を移し、
「大層な理由で…」
痛む方を庇いながら、肩をすくめた。
「そうかな…」
首を傾げるティアナに、剣司は笑った。
「先輩!」
その時、通路の向こうからジャスティンが駆け寄ってきた。
ティアナを見つめながら、笑顔で近付いてくるジャスティンを見て、
「報われないな…」
剣司は呟くように、言った。
「うん?」
さらに首を傾げるティアナは立ち上がると、追い付いたジャスティンに顔を向けてきいた。
「魔物は、どうしたの?」
「ク、クラークが相手してます。一緒に戦うと言ったんですけど、先に行けと…」
全力で走ってきた為、少し息を切らしているジャスティンの報告に、ティアナは目を細め、
「そお…」
とだけこたえた。
ジャスティンを先に行かせた真意を、ティアナは汲み取っていた。
「ほんと!あいつは、偉そうで!さっきだって、魔物の攻撃を受けるし」
自分のことを棚に上げて話すジャスティンの言葉を、ティアナはもう聞いていなかった。
「心配いらないわ。彼は、強いから…」
「え、ええ!」
ティアナの言葉に、ジャスティンは驚き…声を上げた。
ティアナが誰かを強いと認めるなど、初めてだったからだ。
「せ、せ、先輩…」
ジャスティンの声が震える。そして、同じく震える手で、自分を指差し、
「お、お、俺だって、捨てたもの…じゃ…」
「ジャスティン!この人の治療を頼むわ」
ティアナは、震えるジャスティンにカードを押し付けるように返すと、奥に向かって走り出した。
「…え」
受け取ったカードを力なく掴みながら、遠ざかっていくティアナの背中を見つめた。
「報われないな」
剣司は、自分に突き刺さっていたグレイの剣を杖代わりにして、立ち上がった。
「え…」
ジャスティンは、自分よりも少し背の高い剣司の方を見た。
「君は、強いよ。まあ〜俺に言われても、しょうがないかな」
剣司はそう言うと、ジャスティンに背を向けて、来た道を歩き出した。
「俺はもう…先には進めないが、大丈夫。帰るくらいはできるよ」
そして、ジャスティンに向かって、手をあげると、
「あとは任せたぜ。少年」
「で、でも!」
カードを握り締めたジャスティンは、
「じゃあな!頑張れよ」
そう言って去っていく剣司の背中を見て、止めることはできなくなった。