第1話 ここはどこ?
というわけで、見知らぬ美女に口説かれて、素直にうんと頷いた僕はなぜか、異世界に来ていた。異世界といっても、知ってる町の風景とあまり変わらない。
ただ違うことは、周りに魔法を使う人や、剣士とかいるぐらいだ。
(なのに…服装が変わらないんだよな…)
「何を望んだ!ファイナルファンタジ○みたいなのか!」
僕の思考を読んだアルテミアが、毒づいた。
(全然…伏せ字になってないんだけど)
学生服で、町をさ迷う僕に、周りは大して騒がない。確かに、学生服そのままのデザインはないけど、黒一色の色彩は地味すぎた。誰もこちらを見ない。
(でも…本当に異世界なのかな)
着ている学生服を確認していると、夢の中で無理矢理つけられたピアスから、声がした。
「何か食べようぜ!」
僕はうっとおしくなって、何度かピアスを外そうとすしたけど、外れない。
「無駄な努力は、いい加減やめろって」
ピアスからの声が、ため息をつく。
「はぐれゴブリンだ!」
突然、誰かが叫び…町中が一瞬で、パニックになった。
みんなが慌てて建物に隠れる中、ぽつんと道の真ん中にいるのは…僕1人になった。訳が分からず、立ちすくんでいると、影が頭上から僕に落ちてきて、視界が急に暗くなった。
「え…」
目の前に、3メートルはあろうかという…化け物がいつのまにか立っていた。
現実離れしている為、顎を上げ、少しぽかんとしてしまう僕の鼻先スレスレに、酸性の臭い唾液が、滴り落ちた。
「え」
「グエエエ!」
奇声とともに、ゴブリンの拳が、僕の頭の上を通り過ぎ、横にあった焼き肉店の外看板を吹き飛ばした。
「死なれちゃ〜困るしな」
少しダルそうなピアスの声も、僕にはもう聞こえない。
看板の破片が、目にも止まらないスピードで飛んできて、視界の外から僕の頬を切っていった。
(痛い…痛い…痛い…?)
感覚が、意識を現実に戻していく。
「痛いいいい!」
僕は予想外の痛みに、パニックになった。
(夢じゃないの!?)
ゴブリンが咆哮した。
「ヒィィ!」
恐怖がマックスになり、震え上がる僕は、何もできなくなっていた。
「しゃーねぇなあ」
ピアスからの声がため息をつくと、僕に訊いた。
「さっき渡した…指輪してるか?」
僕は訳わからずゆっくりと後ずさりながら、首を横に振った。
「はめやがれ!」
ピアスの怒声に促されて、言われるままに僕はポケットに手を突っ込み、震えながらも左手の薬指に指輪をはめた。
「よし!じゃあ、叫べ!あなたのような綺麗な美しい女性に出会って、家畜のような僕には、もったいない!人生最高の幸せです。ああ、なんて…幸せなんだろ。あなたの美しさは罪だ。モード・チェンジ!って叫べ」
ゴブリンの臭い息が、逃げようとする僕にかかった。
「い、い、言えるか!」
僕は恐怖で、半泣きになった。
「ゆ、夢なら、覚めてよ!」
「馬鹿か!記憶力ないのかよ!仕方がない。短縮してやる!モード・チェンジと叫べ!」
「え」
「叫べ!」
苛立つ声に促されて、僕は目を瞑ると、思い切り叫んだ。
「も、もももモード・チェンジ!」
すると、指輪から光が溢れ、僕の体を包んだ。
その瞬間、夢で見た…あの美女が、姿を現す。
「ヴィーナス。光臨!」
ポーズをつけた後、白のワンピースというラフな格好で、美女は頭をかいた。
「ああ…うざい…」
欠伸をしながら美女は、そばに立つゴブリンの顔面に裏拳を叩き込んだ。
次の瞬間、ゴブリンは、頭が吹っ飛び……空中で破裂した。
(ポイント、ゲット!15ポイント)
どこからか声がした。
「しけてるなあ…」
美女は胸元から、カードを取り出すと、ため息をついた。
どうやら、声はカードからしたようだ。
「やっぱり…一度死んだら、ポイント・ゼロになるのか…」
美女はカードを団扇にしながら、顔をしかめた。
「あのお…」
僕は、未だに状況が理解できず、恐る恐る美女に声をかけた。
「あっ!忘れてた」
美女は、ピアスを触った。
そう…僕の声は、ピアスから発していた。
「あたしが、実体化しているときは、あんたはここ」
美女は、ピアスを人差し指で弾いた。
「な、な、どういうことですか…」
「説明いる?」
「い、一応…」
「うざいな」
美女は、頭をかいた。
「あたしさあ〜死んだのよね。魔王との戦いの最中に」
そして、大きく背伸びをした。
「だ・か・ら!体が必要な訳よ」
頭を失ったゴブリンの死骸が前のめりで倒れると、美女はそれを踏みつけながら、歩きだす。
「魔王…とか…意味が…理解できないんですけど…」
「あんた。頭、悪い系?」
美女は、カードを指に挟みながら、とある店の扉を開けた。
「つまり、あんたは!勇者である…あたしの依り代になった訳」
「勇者…」
僕は呟いた。
店は、小さな酒場だった。
「いらっしゃー…」
愛想笑いのウェイトレスの顔が、引きつり…トレイに乗せたビールを落とした。
周りお客からも笑みが消え、グラスやナイフを持ったまま、凍りつく。
一気に店の活気は…なくなった。
「キャーッ!」
ウェイトレスの悲鳴から、店はパニックになった。
「踏み倒しのアルテミアよ!」
「ブロンドの悪魔!」
「タダ酒飲みのアルテミア!」
「死んだんじゃないのー」
「折角…魔王が、1人いなくなったと思ったのにいい〜!」
店内は悲鳴に包まれ、騒然となる。
そんなことなんてお構い無しに、アルテミアが店内を歩くと、人々やテーブルが自動的に、道を開けてくれる。
その様子を見て、僕は訊いた。
「ゆ、勇者って…言いませんでしたっけ?」
「黙れ!」
僕の声を一喝すると、アルテミアはカウンターにもたれた。
「勇者とは、尊敬されるだけでなく…恐れられるものなのよ」
カウンター内にいる男に、アルテミアはウィンクをした。
「マスター、いつもの」
マスターは怯えながらも、言葉を絞り出した。
「いつもの…とは…な、何でございましょうか?」
アルテミアはにこっと笑顔で、
「いつもの」
もう一度繰り返した。
マスターの指先が、震えていた。
「い、いつも…いろんなものをたか…奢られ…飲まれていらっしゃるもので…」
「わかんないの?」
アルテミアは、マスターの胸倉を掴むと、カウンター内から引きずり出した。そして、マスターの耳元で囁いた。
「酒だ。それとも何か?お前の血で、ブラッディマリーでもつくるか?」
「す、す、すいません!すぐにご用意致します」
「待たせるなよ」
アルテミアは片手で、マスターをカウンター内に戻した。
「は、はい!」
マスターから出されたウィスキーのロックを、アルテミアは一気に飲み干した。
「く〜う〜。うまい!」
空のグラスを、カウンターに叩きつけるように置いた。
「お代わり!」
「あのお…」
「あのお…」
僕とマスターの声が、被った。
「何だ?」
アルテミアは、マスターを睨んだ。
マスターは怯えながらも、口にした。
「お代の方は…」
「金か」
アルテミアは、カードを見せた。
「払うよ」
「で、でしたら…今までの分も…」
マスターは上目遣いで、アルテミアを見た。
「はあ?」
その一言で、終わりだった。
それから、結構飲んだ後…アルテミアは、
「ご馳走様」
そのまま店の外へ向かう。
「あのお…お代は…」
マスターの虚しい声。
結局、今日もタダ酒だった。
「アルテミア!」
店をでると、20人ぐらいの町の人間が、アルテミアを囲んだ。みんな…思い思いの武器を、手にしていた。
「死んだと、きいていたが…」
「生きているなら、ツケを払え!」
「す、少しで、いいから…」
武器を持っているが、みんな…びびっていた。
「はあ?」
アルテミアが軽く人々を睨むだけで、みんなは後ずさる。
「こ、こわくなんてないぞお」
武器を握り締めて、各々で頷き合う人々。
「あのお…」
僕が何か言おうとしたが、アルテミアは無視して突然、上空を見上げて目を細めた。
顔が少し動いただけで、人々はびびる。
「どうかしたんですか?」
やはり僕の言葉は、無視だ。
「来る」
アルテミアは呟くと、いきなり人々の方に近づいていった。思わず後ずさる人々の中から、剣を奪った。
「貸せ!」
「キェーー!」
謎の甲高い鳴き声とともに、雲が裂け、突風が吹き荒れた。風は、通りにいた人々を、空中に巻き上げた。
「な、なんだ!」
通りを転がりながら、人々は慌てふためき、何とか風が止んだので立ち上がると、空を見て腰を抜かした。
「よ、翼竜だあ!」
「ドラゴンが、なぜ街中に」
逃げ惑う人々の中で、アルテミアは頭をかき、欠伸しながら、カードを見た。
「ポイント15じゃあ…変化もできないな」
翼竜が空中で、翼を羽ばたかせると、さらなる突風が吹く。
「おい!」
アルテミアは、腰を抜かしている人々の胸倉を掴んだ。
「お前らのポイント…貸せ」
「は、はい!」
人々は怯えながら、素直にカードを差し出した。
アルテミアは、自分の持っているカードの先と、人々のカードの先を1枚1枚…合わせていく。
「よし!百ポイント」
「きえええー!」
翼竜の巨大な影が、通りの人々を覆う。
アルテミア達に気付いた翼竜の口から、火の玉が放たれた。
「ヒッ」
頭を覆った人々を、蹴りで退かすアルテミア。
「邪魔だ」
それから、剣を一振りして感触を確かめた後、気合いとともに、火の玉を真っ二つに斬り裂いた。
二つになった火の玉は、周囲のビルにぶつかると燃え上がり…一瞬にして、ビルの表面がロウソクのように融けだした。
「モード・チェンジ!」
そう叫ぶと、アルテミアの服装が白のワンピースから、黒いスーツに変わった。
地上にいたアルテミアが一瞬にして、30階くらいあるビルの屋上に移動していた。
「フン!」
鼻を鳴らすと、黒いサングラスを、指先で上げた。
後に、僕が知ることだけど…これは、フラッシュ・モード。黒い閃光といわれる…スピードとしなやかさをメインにした…アルテミアの変化の1つだ。
それと、もう一つ。
アルテミアの上空に、雨雲が発生した。
翼竜は、ビルの上にいるアルテミアに気づき、ビルの側面に沿って上昇しながら、再び口を開けた。
しかし、翼竜の口から、火の玉が放たれることはなかった。
雨雲から雷鳴が轟き、地上に向けて、雷が落ちた。
雷は、翼竜の首筋に直撃した。
いや、雷ではなかった。
それは、剣を持ったアルテミアだった。
翼竜の首筋を貫くと、そのまま地上へと下り立った。
衝撃で、地面がクレーターのようにくぼみ、その穴の中央に、アルテミアが立っていた。
(ポイント、残高0)
「チッ」
アルテミアの体が、光に包まれ…僕の姿に戻った。
そのまま…倒れるように、僕はその場で気を失った。