第291話 それなのに
「何やってんだか…」
蜂に似た魔物達の死骸が転がる中で、ジャスティンはため息をついた。
回復魔法を使った後、魔力を回収したが…虚しさは、消えなかった。
「何やってるんだ?」
階段から、クラークが姿を見せた。
同じ言葉をかけられ、ジャスティンは肩をすくめた。
「さあ〜」
その返事に、クラークはため息をつくと、通路の奥に目をやった。
「さっきの男は?」
「奥に行ったよ」
「そうか…」
クラークは目を細め、
「俺達もいくぞ」
奥へと歩き出そうとした。
「行かせませんよ」
突然、後ろから声がした。
「!?」
驚き、振り返ったクラークの目に、信じられない姿が映った。
「な〜んだ。倒してなかったのか」
ジャスティンは指を鳴らすと、通路に現れた魔物の前に立った。
「馬鹿な!確かに倒したはずだ!」
クラークは驚きながらも、長剣を抜いた。
「よくも、弟を!」
現れた魔物は、ギナムそっくりだった。いや、同じ個体といってもいいかもしれなかった。
「弟!?」
ジャスティンとクラークが、思わず同じ言葉を口にした瞬間、ギナムは翼を広げた。
「くらえ!」
すると、紫の羽毛が2人に向かって飛んできた。
「くそ!」
ジャスティンは、通路の壁に向かって飛んだ。そして、壁を蹴ると、ギナムの死角から膝蹴りを叩き込んだ。
「きええ!」
ギナムは後ろに飛ぶと、ジャスティンの攻撃を避けた。
「当たるものか!」
ギナムは飛びながら、翼から羽毛を放ったが、ジャスティンは着地と同時に、移動していた。
「弟の敵!」
両手両足の爪が、猛禽類を思わす程に鋭さを増した。
「死ね!」
ジャスティンに飛びかかろうとした時、階段から誰かが飛び出してきた。
真後ろからの蹴りをくらって、ギナムは顔から床に激突した。
「先輩!」
通路に現れたのは、不動との戦いで、ボロボロになったティアナだった。
「大丈夫?」
ティアナの言葉に、逆にジャスティンが聞き返した。
「先輩こそ、大丈夫ですか?」
全身に火傷を負い、無造作に切られた髪、白い鎧も煤けて溶けてもいた。
こんな姿のティアナを、ジャスティンは見たことがなかった。
「あたしは、大丈夫よ。命には、別状がないから」
さらっと言うティアナだが、ダメージの凄さは目に見て明らかだった。
「先輩…」
「それより、クラーク君を!」
ティアナの言葉に、ジャスティンははっとしてクラークを見た。
余裕で避けていると思っていたクラークが、踞っていた。
「クラーク!」
ジャスティンが慌てて駆け寄ると、クラークの手のひらに羽毛が突き刺さっているのがわかった。
「心配するな…。痺れ薬だ」
クラークはそばに来たジャスティンに、笑いかけた。痺れながらも、カードを取りだし、治療をしょうとしていたが、思うように指が動いていなかった。
ジャスティンは、クラークのカードを取ると、解毒魔法を発動させた。
「お、おのれえ!不意討ちとは、卑怯な!」
顔から落ちたギナムは、爪を床に突き立てると、立ち上がった。
その様子を見て、ティアナはギナムに向かって構えた。
「先輩…」
普段よりも疲れて見えるティアナの背中に、ジャスティンはクラークに治癒魔法をかけながら、自分のカードを取り出した。
「先輩!」
少し声のトーンを上げると、ティアナの背中に向かって叫んだ。
「ここは、俺達に任せて下さい!何とかします!」
「え!でも…」
躊躇うティアナに、
「先輩は、女神をお願いします!」
「ジャスティン…」
ティアナは、ギナムから目を離せない。
「ごちゃごちゃとうるさい下等動物が!女神の誕生は、誰にも邪魔させるか!」
ギナムの翼から、再び羽毛が放たれた。
「!」
拳を握り締め、構えるティアナの前に、ジャスティンが飛び込んだ。
「は!」
目にも止まらない動きで、すべての羽毛を手刀で叩き落とした。
「何!?」
絶句したギナム。
「先輩!」
ジャスティンは振り返ると、ティアナに自らのカードを差し出した。
「ジャスティン…」
「魔力は補充してます。途中で、体力を回復させて下さい!」
ジャスティンはそう言うと、前を向いた。
「で、でも…あなたは、どうするの」
心配そうなティアナに、ジャスティンは笑い、カードを押し付けると、
「大丈夫ですよ。体力と体の頑丈さだけが、取り柄ですから!」
一歩前に出た。
「ば、馬鹿なああ!」
ギナムは翼を広げ、羽ばたかせた。
さっきよりも、倍の羽毛が速さを増して、飛んでくる。
「馬鹿は、お前だろ!同じ攻撃しかできないのか!」
ジャスティンは、ブーメランを取り出すと、それを投げつけた。
「ジャスティン!」
「早く行って下さい!」
ジャスティンは、ギナムに向かって走り出した。
「あ…ありがとう!」
ティアナは頭を下げると、ジャスティンに背を向けて走り出した。
その様子を見ていたクラークは、フッと笑った。
「馬鹿が…」
そして、ゆっくりとカードをギナムに向けた。
「ファイヤ…」
「ぎゃあああ!」
ジャスティンの動きとブーメランに気を取られていたギナムは、右側の翼が燃え上がったことに、パニックになった。
「くらえ!」
接近したジャスティンの蹴りが、ギナムの腹を蹴った。
背中から倒れるギナム。
ブーメランは羽毛を切り落とした後、旋回して、後ろからジャスティンに戻ってきた。
「痛っ!」
ジャスティンは顔をしかめた。
戻ってきたブーメランを掴もうとして、失敗したのだ。
「本当に馬鹿だな…」
クラークは、ジャスティンの隣に来ると、手を掴んだ。
「わ、わかってたのか?」
驚くジャスティンに、クラークはため息をつくと、カードを発動させた。
「先輩の前だからって、強がりやがって…」
ギナムの攻撃を、すべて防いだ訳ではなかった。一部は、腕に突き刺さっていたのだ。それも素早く、抜いただけだった。
本来ならば、痺れ動けないはずなのに…ここまで、動いたジャスティンの精神力に素直に凄いと、感心した。
しかし、呆れてしまう。
クラークは、ジャスティンな治療を終えると、肩を叩き前に出た。
「お前は、先輩の後を追え」
クラークの言葉に、
「またかよ!今度は、俺が残る!」
ジャスティンはさらに前に出ようとしたが、クラークは腕を横に出して、遮った。
「お前の為じゃない。ティアナ先輩が心配だ。今、あの人を失う訳にはいかない。お前が、フォローしてやれ」
「な、何でだよ」
ジャスティンは渋っていたが、ギナムは立ち上がったの見て、クラークは怒鳴った。
「早くしろ!」
こういう時のクラークに、何を言っても無駄であることを、ジャスティンはよく知っていた。
「一回、お前とは!きちんと話をするからな!」
ジャスティンは、クラークに背を向けた。
「どんな話か、楽しみにしておくよ」
「く、くそ!」
ジャスティンは走り出した。
クラークは振り向くことなく、足音が遠ざかっていくのを、耳で確認していた。
そんなクラークに、ギナムは再び翼を広げた。右側が燃えたとはいえ、まだ一部の羽毛は残っていた。
「友情ごっこですか?しかしね!私に、ここまでしたからには…貴方を始末した後、彼も殺しますよ」
ギナムは、クラークを睨み付けた。
「誰を殺すって…?」
クラークの雰囲気が、変わった。低く絞り出すように言った言葉に、ギナムに思わずたじろいでしまった。
「貴方と逃げたガキに、き、決まっているだろうが?」
「逃げた?」
クラークは眉を寄せた。
「な、何なんだ!」
ギナムは無意識に、後ろに下がっていた。
いつのまにか…クラークから漂う雰囲気が明らかに変わっていた。
「あいつは…逃げたのではない!俺の友達を愚弄するな!」
クラークの眼光に、ギナムは明らかに怯えていた。
しかし、魔神としての意地が、ギナムに攻撃を選択させた。
「お、お前の能力は!もう知っているぞ!」
ギナムはクラークから、距離を取ると、翼から羽毛を放たれた。
「貴様と戦う時は、影ができないところ!もしくは、影が届かないところまで、離れて攻撃することだ!」
ギナムは笑った。
「今度の羽は、痺れ薬などではない!即効性が強い毒だ!」
「…」
クラークは声をださずに、にやりと笑った後、呟くように言った。
「…モード・チェンジ」
次の瞬間、ギナムから放たれた羽毛は、すべて…クラークに命中した。
しかし、クラークの体に突き刺さることはなかった。
「え…」
ギナムは目を疑った。
「この姿を、あいつに見せる訳にはいかないからな」
クラークの全身を覆う鱗が、羽毛を弾き飛ばしたのだ。
ゆっくりと、ギナムに向かって歩き出すクラーク。 ギナムに近付く度に、体が変わっていく。
「ヒィイ!」
ギナムは小さく悲鳴を上げた。
そして、目の前に来た時…クラークの体は完全に人間ではなくっていた。
「ば、化け物…」
魔神であるギナムの言葉に、軽く笑った後…クラークはギナムに襲いかかった。
「それは…お前達のことだろうが!」
数分後…元に戻ったクラークの前に、全身を引き裂かれたギナムの死体が転がっていた。
「あいつを、馬鹿にするやつは…許さない」
モード・チェンジにより、体の大きさが変わった為に、ボロボロに裂けた衣服を、カードを使って修繕すると、何事もなかっように、クラークは歩き出した。
勿論、ジャスティンの方に向かって…。
「俺は…化け物ではない。まだ…人間だ!」
まるで、自分に言い聞かすように何度も何度も…人間だを繰り返した。
もし…人間でなければ、クラークは完全に自分を見失うことになる。
「ジャスティン…」
友達とともに戦うことが、一番の安定に繋がった。
死と隣合わせであるが、それ以上に、そばに認めた友がいることが最高だったのだ。