第290話 なくした絆
「折角、あなたを呼んだのに、ギラと戦った時は…ひやひやしましたよ。まあ〜ある意味、サラでなくてよかったのですがね。彼女は容赦ない」
不動の拳をライトニングソードで受け止めたが、その威力で後方に飛ばされたティアナは、その言葉に眉を寄せた。
「あたしを呼んだ?」
「そうです」
不動はにやりと笑い、
「騎士団長である私が、負けたままではいけませんからね。それに、目的の彼も…その方が、ここに来やすかったでしょうしね。理由もできて」
「クッ!」
ティアナは唇を噛み締めた。
「私はただ…この地で、誰にも邪魔されずに、あなたを殺したかっただけです」
「貴様!十字軍とつながっているのか!」
ティアナの叫びに、不動は笑い、
「我々と繋がりたいと思う人間は、多いですよ。自分だけは助かりたいという人が!」
「クッ!」
「この話からも、わかるでしょ?人間の卑しさが!」
「それは、一部の…」
「そんな人間もいずれ、殺しますよ。我々が生かすはずがない」
不動は、ティアナに襲いかかる。
全身が汗だくになるだけではなく、火傷も酷くなってきたティアナは、これ以上長引けば直接ダメージを受けなくても危ないと感じていた。
サウナのようになっていた洞窟内の温度は、さらに上がり、中に流れる川も沸騰しだし、水蒸気が視界を遮ってきた。
カードに残る魔力も少なくなってきた。冷却魔法を発動していたが、もう効かなくなってきた。
ティアナは、後方にジャンプすると、不動の拳を避けた。
接近戦は、もう限界だった。
(あと…一撃)
ティアナは、不動を倒せる程の斬撃を放てるのは一度だけと覚悟した。
(どこに核があるのか…)
ライトニングソードを握り直したティアナの自分を見る目の鋭きに、不動もその覚悟を感じた。
「来ますか」
不動の両手両足が、さらに燃え上がる。そして、ティアナに両拳を向けた。
「私も飽きて来ましたよ。このやり取りにね」
さらに上がった温度と、水蒸気の中、ティアナは動いた。
(核は!?)
ティアナは、ライトニングソードを上段に振り上げた。
近付くことは不可能である。ライトニングソードより発生する電気を、振り下ろす衝撃波にのせて、放つしかない。
握り手からも、汗が流れ落ちていた。
しかし、もうすぐ汗も流れなくなる。
その前に、やるしかない。
「無駄ですよ!」
再び不動から、襲いかかった。
接近されるだけで、ティアナには危ない。
だけど、ティアナは逃げなかった。
(核は、どこにある!)
「無駄ですよ!もしわかったとしても、この体を切り裂けるものか!」
不動の言葉に、ティアナははっとした。
そして、次の瞬間、 ティアナはライトニングソードを振り落とした。
いや、その前に…。
「モード・チェンジ!」
ティアナの姿が消えた。
「!?」
不動の真後ろに現れたティアナが、ライトニングソードを振り落とした。
「き、貴様!?」
不動の拳は、ティアナがいなくなった空間を空振りした。
「な、何故…」
不動の背中が割れた。
「核の場所を…」
マグマでできていた体が脈打ち、流れ落ちた。そして、もとの炎の体に戻った。
炎の体も揺らぎ、人型を保てなくなっていた。
「お前は言った!あたしが斬れないと!だから、思った。核は、斬れない場所にあると!」
不動はそう言いながらも、ティアナを警戒していた。だからこそ、ティアナの持つライトニングソードが斬れる場所にはないと確信した。
腕と足にはない。もしもを考えて…強度を増した体であっても、傷をつけられる前面にはないと。
「お、恐ろしい…人間ですね…。いや、私には…」
不動産は振り返り、フッと笑った。
「人間には、見えませんよ」
その後、大笑いをすると、不動の体は消えた。
「また会いましょう!」
最後に、言葉を残して。
「…やはり、完全には斬れなかったか」
一気に温度が、下がっていく洞窟内。
しかし、それでも…ティアナは限界だった。
地面に突き刺さったライトニングソードを、抜くこともできなかった。
不動が消え去る前に、一撃でも放たれていたら…ティアナは死んでいた。
「あたしは…まだまだ…弱い…」
不動がいなくなったことで、真っ暗になった洞窟内で…そのまま、ティアナはライトニングソドの横で崩れ落ちた。
「先輩…?」
剣司の後を追っていたジャスティンは、階段の途中で足を止め、後ろを向いた。
しかし、すぐに前を向くと、階段を駆け上がった。
「大丈夫だ!先輩に限って!それに」
ジャスティンは両手を握り締め、
「俺よりも、先輩はずっと強い!」
そう言ってから、
「うおおっ!」
心に浮かんだ不安を拭い去る為に、ジャスティンはスピードを上げた。
その頃、階段を上がりきった剣司は、腸の中のようなでこぼこの通路を走っていた。
通路はなだらかに、上に向かっていた。
「キキキキ…」
奇声を発しながら、通路の向こうから蜂に似た魔物の大群が向かってきた。
「は!」
剣司は走るスピードを上げ、一気に抜刀した。
一瞬で、三匹の魔物が切り裂かれた。
しかし、数が多い。
突破できないと、舌打ちした時、
「うおおっ!」
雄叫びを上げながら、ジャスティンが剣司に追い付いてきた。
「誰か知らないが!避けろ!」
ジャスティンは、ブーメランを手にすると、蜂に似た魔物の群れに向けて投げつけた。
唸りを上げて、通路を旋回するブーメランは、次々に魔物を切り裂いていく。
「助かったよ」
剣司は振り返り、礼を言うと、ブーメランを避けながら、前へ進んでいく。
「あっ!」
ジャスティンは、戻ってきたブーメランを掴んだ。
ある程度の魔物を倒したが、まだ蜂に似た魔物は大勢残っていた。
仲間をやられたことで、完全にターゲットを、ジャスティンだけに絞ったようだ。
剣司がそばを駆け抜けても、蜂に似た魔物は襲いかかることはなく…ジャスティンの方だけを見ていた。
「しゃらくさい!」
ジャスティンはブーメランを畳んで、後ろにしまうと、 拳を突きだした。
「グレイ!」
魔物の群れの間を抜けた剣司は日本刀を鞘に納めると、ただ…走った。
女神が創られている部屋は知らないが、走れば辿り着く気がしていた。
そんな剣司の目が、ついに…グレイの背中をとらえ。
「グレイ!」
しかし、それは…追い付いたのではなかった。
グレイが待っていたのだ。
足を止めて、静かに…駆け寄って来る剣司を待っていたのだ。
「グレイ!女神は、どこだ!生まれる前なら、始末できる!お前だって、わかっているはずだ!何をやるべきなのか」
グレイのそばに来た時、剣司は足を止めた。背中を向けるグレイの表情は、わからない。
「だから…一緒に」
と言いかけた時、振り向き様の斬撃が、剣司に襲いかかってきた。
「やっぱ…無理か」
同時に、剣司は抜刀していた。
二本の刃が、火花を散らした。
「魔神になど、操られやがって」
剣司は日本刀から力を抜き、相手のバランスを崩すと、一歩横に移動した。刀を斬り返し、斜め上から下に斬りおろした。
その動きをよんでいたグレイは、バランスを崩されたが、そのまま剣を突き上げた。
刃が、片側しかない日本刀との違いだった。
「何!?」
剣司は、グレイの動きに驚愕した。
その動きは、自分の攻撃が見切られていることを意味したからだ。
それに、踏ん張ってもいないグレイの剣が、バランスを崩しながらも、自分の攻撃を防いだのだ。
(力、速さ…それに、反射能力が上がっている)
剣司は、振り下ろす体勢にいる己の方が有利と力を込めたが、ビクともしなかった。
(チッ!)
心の中で舌打ちすると、今度は後方に逃げた。
日本刀と、グレイが待つ…刀身が太い剣とは強度が違うからだ。
一瞬の斬りつけならば、日本刀がいいが…力任せで、押し合うには適していない。
剣司は刀こぼれを気にしながらも、構え直した。
そんな剣司を睨み付け、グレイは叫んだ。
「俺は、操られてなどいない!今はな!」
「どういう意味だ?」
剣司は眉を寄せた。
「特区にいた人達はみんな!周りの人間に気を使って、生きてきた!なのに何故、最後は…爆弾で殺されなければならないのだ!それも、実験の為に!俺達に、お前達のモルモットではない!」
ジャスティンは前に出た。怒りからの横凪の剣を、剣司に叩き込んだ。
剣司は受け止めるのをやめ、後ろに下がった。
日本刀が折れると判断したからだ。
「お、お前は…そうだったのか…」
グレイの素性を知らなかった剣司は、初めて特区の出身であることを知った。
「だが!それとこれは、話が違う!」
剣司は右手を引くと、刃を地面と水平にした。そして、刃の真ん中に左手を添えた。
突きの体勢に入った剣司は、グレイを見つめ、
「女神が誕生すれば、多くの人が死ぬ!」
「それ以上の同胞を殺しておいて、何を言うか!」
突きの体勢を見ても動じることなく、グレイから向かってきた。
「クソ!」
言葉での説得を諦めた剣司は、攻撃方法を即座に変えた。
突きのカウンターを狙う。
グレイの剣が振り落とされる寸前に踏み込み、腕を突きだす力も加えて、確実に当てるつもりだった。
しかし、グレイは剣を上段から、同じ突きへと変えたのだ。
合わせるタイミングも違った。
それだけではなかった。
グレイの突進力が、予想以上だったのだ。
不動によって、脳に植え付けられた火種が、強制的に限界以上の運動神経を引き出していた。
「チッ!」
舌打ちとともに、剣司は両足で床を蹴った。しかし、腸のように、でこぼこである足場は勢いを刀にのせるには適していなかった。
タイミングが取りづらいと頭の端で判断したが、剣司はやめなかった。
2人の刃が交差した。




