第287話 思いを抱いて
「カードシステムを、完成させるおつもりですか?」
半壊した十字軍本部内。移転先は決まっていたが、白髭の男は、まだ建物内から動かずにいた。
アメリカにより回収され、空っぽになった格納庫を前にして、後ろにいる部下の女の言葉に、白髭の男はフッ笑った。
「この力を得れば…人間は再び、勢いを増します」
「いや…」
白髭の男は、首を横に振り、
「その逆だよ」
天井を見上げ、吹き抜けになっている空を見つめた。
「え」
驚く女に、白髭の男は言葉を続けた。
「このカードシステムができあがれば…最初は、平等と感じるだろう。しかし、消耗品となった魔力を奪い合うことになる。それにだ…」
白髭の男は振り返り、
「魔力の補充が、魔物からである限り…人は、必ず戦わなければならなくなる。その意味は…人間だけでなく、魔物も目の前に獲物を得ることになるのだよ」
「殺し合いが始まると?」
「重要なのは…魔物と人間ではない。核ミサイルを回収したあの国も、魔物と戦う為ではなく…人間同士の牽制の為に、力を集めている」
白髭の男は前を向き、
「人間は、カードシステムによって…一つにまとまる機会を失ったのだよ」
にやりと笑った。
「だったら…カードシステムは、いらなかったと!」
衝撃を受けた女は、声を荒げた。
しかし、白髭の男は首を横に振り、
「人間が、一つにまとまる為には…滅ぶしかない。国も社会も住む家も、家族も友達も恋人も…失った時、人間は一つにまとまるだろう」
白髭の男は笑いながら、振り向き、
「後悔とともにな」
ゆっくりと歩き出した。
はっとして、頭を下げた女の横を通り過ぎていく。
「故に…あの女が、如何に凄かろうと、報われることはない!人間から、真の意味での救世主が現れることはあり得ない」
白髭の男は、前を見つめ、
「人間にとって、真の救いは、滅びの中にしかないのだ」
胸で十字を切った。
「御姉様」
魔界にあるライの居城の一角にあるテラスから、外を眺めていたフレアは、目を輝かせ、後ろに立つリンネに声をかけた。
「世界は、美しい…」
感嘆のため息をつくフレアに、リンネは呆れていた。
何気ない風景が、美しいとは…リンネは思えなかった。だから、肩をすくめ、
「こんなのが、美しいなら〜世界中に溢れていることになるわね」
ゆっくりとフレアの隣まで、移動した。
城の向こうには、ただ一面の緑が広がっているだけだ。
実世界では、自然の淘汰ではなく…人間によって絶滅させられた動物も生きていた。
そんな動物よりも、数多くの魔物が緑の中で、自由に暮らしていた。
「あたしには…この世界のすべてが、死に向かっているように見えるわ。緑もいずれ枯れ、動物も老いていく。生よりも、死が溢れている世界に」
「違うわよ。御姉様」
フレアはゆっくりと、首を横に振った後、リンネに向かって微笑んだ。
「だからこそ、生きているすべてが美しいのよ」
「フッ…」
フレアの言葉に笑うと、
「そうかもしれないけど…あたし達は、炎の魔物。あたしが触れれば…命など、すぐに燃え尽きてしまう」
リンネは、自分の手のひらを見つめた。
「御姉様…」
そんなリンネの手に、フレアは手を伸ばすと上に重ね、ぎゅっと握り締めた。
「炎は、燃やすだけではないわ。消えそうな命に、火を灯すことだってできる」
「無理だ」
リンネは手を引くと、フレアから離れた。そして、自分を握っていたフレアの手を見つめ、
「あたしの炎は、強すぎる!」
吐き捨てるように言った。
同じ炎の魔物なのに、フレアの手が爛れていた。
フレアは、思わず目をそらしたリンネに向けて微笑みながら、
「御姉様の手は…温かい。誰よりも」
爛れた手を、自らの頬に当てた。
「フレア…」
リンネは、そんなフレアの優しさに…嬉しさを感じながらも、一抹の不安を覚えていた。
「ありがとう…」
一応礼を述べると、ジャスティンはクラークから離れた。
「別に…いいよ」
クラークも治癒に使ったカードを、慌てて胸ポケットにいれると、ジャスティンから顔を逸らした。
変な空気が流れる中、2人は仲直りをする暇もなく、気持ちを切り替えなければならなくなった。
「!」
耳障りな羽音が、砦の方から聞こえた。顔を上げたクラークの目に、蜂に似た魔物が再び大群で、向かってくる様子が映った。
「来たか」
空を見ているクラークと違い、草木を踏み潰す足音に、ジャスティンは前方の茂みを睨んだ。
「もおお!」
牛のような奇声を発しながら、斧を持った魔物が茂みを掻き分けて、姿を見せた。牛の頭を持ったミノタウルスだ。
「うるさい!」
登場と同時に、ジャスティンの飛び蹴りがミノタウルスのこめかみにヒットした。
「ウモオオ!」
横にふっ飛んだミノタウルスとは別の個体が、茂みの向こうから飛び出してきた。
「チッ!」
ジャスティンは舌打ちした。空中にいる為に、避けない。自分に二本の角を向けて突進してくるミノタウルス。
「ジャスティン!」
クラークが影切りをやろうと、長剣を抜いた時、茂みの向こうから次々とミノタウルスが飛び出してきた。
「舐めるな!」
ジャスティンは、向かってた二本の角を両手で掴むと、空中で膝を曲げ、ミノタウルスの眉間に突き刺した。
「ウモオオ!」
悲鳴を上げるミノタウルスが倒れで、地面につく前に、ジャスティンはミノタウルスの顔を蹴ると、角を利用してバク転した。
そして、倒れたミノタウルスの背中に着地すると、勢いを止めることなく、突進してくる別のミノタウルスの鳩尾に肘を突き立てた。
「きりがない!」
影切りは効率がよいとは言え、ミノタウルスの巨体をすり抜けながら、切っていく行為は…確実に、クラークの体力を消耗させた。
そんな時、頭上の太陽が雲で隠された。
その為、影が薄くなった。
「仕方ない」
クラークは、カードを取り出した。
対魔神用に、魔力は残しておきたかったが、クラークは使うことにした。
雷鳴が轟き、周りにいたミノタウルスは黒焦げになる。
「やば!」
雷鳴の動きを見て、ジャスティンは地に伏せた。何とか、雷鳴の攻撃をよけることはできた。
「危ないだろ!」
顔を上げて、クラークに抗議をしょうとしたら…今度は、頭上から針を突きだした蜂に似た魔物が、襲いかかってきた。
「ったく!」
ジャスティンは地面の上で回転すると、針をかわした。
と同時に、背中につけていたブーメランを放った。
襲いかかってきた魔物を真っ二つにすると、そのまま空に向かって飛び上がり、空中にいる魔物達を切り裂いていく。
「数が多すぎる!」
ミノタウルスも、まだまだ続々と茂みの向こうから現れてくる。
「仕方がない」
クラークは剣を鞘に納めると、ジャスティンに声をかけた。
「ジャスティン!お前のカードを貸せ!」
「!?」
クラークの言葉に驚きながらも、ジャスティンは自分が持っているカードを投げた。
クラークはそれを掴むと、自分の分と合わせて、二枚のカードを突きだした。
「対魔神用だったが…」
クラークは、前方を睨み、
「ジャスティン!俺の後ろに!」
まだ戦っているジャスティンに声をかけた。
「何かヤバいな!」
クラークの手にある二枚のカードの輝きを見て、ジャスティンは戻ってきたブーメランを掴むと、そのままジャンプして、クラークの頭上を飛び越えた。
「グラビトンローグ!」
クラークが叫んだ瞬間、前方の地面が数センチ窪み、そこにいたミノタウルス達は、頭から圧力をかけられたようにぺちゃんこになった。
空にいた蜂に似た魔物は、地上に落ちると、そのまま潰れた。
魔物だけではない。
ジャングルの草木も、ぺちゃんこになった。
同時に地震が発生し、後ろにいたジャスティンの足下も揺れた。
「ここまでか…」
数秒後、カードの残量が零になると、すべての現象は止まった。
「重力波か…」
立ち上がったジャスティンは、クラークの向こうに広がる真っ平らになった空間を見つめた。
その空間は、砦まで続いていた。
「クッ!対魔神用の秘密兵器を使ってしまった」
クラークは、潰れた魔物達から魔力を回収する為に、歩き出した。
ジャスティンは、真っ平らになったジャングルの様子に目を細め、
「しかし…」
唇を噛み締めると、呟くように言った。
「通用しないな」
一歩前に出ると、地面に段ができていた。だけど、この技でも…ギラに通用しないと、ジャスティンは感じた。
そんなことを考えていたジャスティンに向かって、クラークはカードを投げた。
「お前も回収しろ」
冷たく言ったクラークの様子に、ジャスティンは自分と同じ感想を持っていることに気付いた。
「邪魔くさいな〜」
頭をかきながら、ジャスティンも魔力の回収に歩き出した。
目の前に、蜂の巣に似た砦が見えた。遮るものはない。
(…でも、道は開いたな)
ジャスティンは、砦に向かって真っ直ぐに立ち、 砦ではなく地面を見つめた。
(先輩は、どの辺りだろう)
そして、心の中で、ティアナのことを考えていた。