第286話 焼き付く稲妻
「とにかく…今のうちに進みましょう」
ティアナは、ライトニングソードを握り締めると、川沿いを歩き始めた。
見つかる危険がある為、ライトニングソードの発光をやめた。辺りは暗闇な包まれたが、水の流れる音と慣れてきた目が、行く先を示してくれた。
「…」
グレイも歩き出した。
案内人としての役目は、砦が見えた時で終わっているが、真の目的は…砦の中にあった。
魔物の気配がない為、肩にかけた鞘に剣を納めようとした時、闇の中で光が走った。
それは、一瞬の出来事だった。
「!」
瞬きよりも速い斬撃が、グレイの首を斬り裂いた…はずだった。
その斬撃よりも速く差し出されたライトニングソードが、日本刀を受け止めた。
「!?」
サングラスをかけ、暗闇と同化した黒のスーツを着た男の姿を、ティアナの瞳がとらえた。
スーツの男は、間合いを取る為に、後方に下がった。
日本刀を腰につけた鞘に戻すと、少し前屈みで構えた。
(居合い!?)
ティアナは、相手の構えで次の攻撃を悟った。
ライトニングソードには、鞘はない。
(しかし!)
ティアナは、上段に構えた。
こうを描く居合いの軌跡に、振り下ろす斬撃で迎え撃つ。
そのつもりだった。
「剣司か…」
ティアナとスーツの男の間に流れる緊張の糸が、グレイの声で緩んだ。
「知り合い?」
糸が緩んだのは、ティアナだけだった。
その一瞬の緩みを、スーツの男は見逃さなかった。
人の目ではとらえることのできない速さで、鞘から抜かれた刀が、ティアナの上半身を切り裂いた。
「ティアナ!」
絶叫するグレイ。
「フン」
と笑ったスーツの男は、抜いた日本刀を鞘に納めようとしたまま…その場で崩れ落ちた。
「残像か」
グレイは、切断されたティアナの体から血が流れていないことに気付いていた。
スーツの男が倒れた向こうに、ティアナが立っていた。
(目に見えないというレベルではない)
グレイは、戦慄を覚えた。
明らかに、スーツの男の抜刀の方が早かった。
それなのに、ティアナは男の後ろにいたのだ。
(化け物だな…)
グレイは納得した。
なぜ…元老院のトップが、彼女を気にしているのかを。
(これほどまでの強さと、天才的な頭脳…)
ティアナは振り返り、気を失った男を見下ろした。
(そして…この美貌だ)
彫りの深く顔は、横顔の方が際立つ。
ティアナは、そんなグレイの思考を知ってか知らずか…にこっと微笑みかけた。
「あなたの知り合い?」
「!」
グレイは我に返り、ティアナから目を逸らすように、倒れている男を見下ろし、
「ああ…」
頷いた。
「知り合いに、命を狙われる理由などあるの?」
「さあね〜」
グレイは軽く肩をすくめ、
「知り合いといっても、こいつとは同じギルドの仲間であっただけで…親しくはないよ」
グレイは鞘から剣を抜くと、男に突き刺そうとした。
「どうして、殺す?」
グレイの剣を、ライトニングソードが止めた。
「先に仕掛けたのは、こいつだ。殺されても、文句はあるまいて」
「理由を訊かないの?あなたを狙う理由を」
「別に…いいさ!」
グレイは力を込めて、ライトニングソードを押し返すと、剣を回して下に向けた。
「!」
その瞬間、男が目を覚ました。殺気を感じて、横に転がった。
「剣司!」
その動きを目にしたグレイは、地面に突き刺さった剣をそのまま横に払った。
半円を描く軌道が、男の脇腹を斬り裂いた。
「どういうこと?」
ティアナは、争い出した2人に呆れた。
男は斬られながらも、日本刀を拾うと鞘に納めた。
再び抜刀の構えに入る。
「やれるか!」
グレイは突きの体勢で、突っ込んできた。
「やめなさい!」
2人の間に、ティアナが飛び込んできた。
右手で日本刀の柄を掴み、ライトニングソードの刀身で、突きを受け止めた。
「あなた達の争う理由を教えて!」
ティアナに押さえられて、びくともしなくなった2人は全身の力を込めた後、諦めて…剣を持つ手を緩めた。
「あなたは一体…」
ティアナから離れ、間合いを取った男から、殺気は消えていなかった。
かけているサングラスは、暗見機能を備えているようで、身につけているものも、黒で統一されていた。
(暗闇で、戦うことを前提としている)
ティアナは、男が殺すつもりで来たことを実感した。
「こいつの名は、阿倍剣司。同じギルドの仲間だが…暗殺と密偵を生業にしている為、めったに姿を見せることはなかった」
グレイは、ティアナの向こうの剣司を睨んだ。
「それに…日本に帰っていると聞いたが…どうして、ここにいる」
グレイの言葉に、剣司はサングラスを外した。
「それは、こっちの台詞だ。お前こそ、どうしてここにいる?」
鋭い眼光が、グレイを射ぬいた。
「俺は、元老院から依頼を受けて…」
「違うな!」
即答したグレイの言葉を、剣司はすぐに否定した。
「俺が…元老院に、依頼されたのだ」
剣司はまた、日本刀に手を添えた。
グレイを睨み、
「裏切り者を殺せとは!」
「裏切り者だと!」
グレイは、剣司に向かって叫んだ。
「俺が、何をしたというのだ!」
「しらばっくれるな!今、創れている女神が、誰なのか知らぬはずがあるまいて!」
その言葉に、ティアナは剣司ではなく、グレイを見た。
「!」
絶句して、何も言えなくなったグレイに向けて、剣司は一歩前に踏み出した。
「問答無用だ!人類の裏切り者が!」
高速で鞘から抜かれた日本刀が、グレイの首の頸動脈を狙う。
「話す余地はあるわ」
その抜刀を、分離したライトニングソードをトンファーに変えて、ティアナは受け止めた。
「な!」
必殺の間合いから繰り出す居合いを、何度も防がれたことで、剣司はティアナの実力を認めた。
ティアナは、右トンファーで日本刀を受け止めながら、左のトンファーでもグレイの剣を動けないように押さえていた。
「あなた方は、どちらも…元老院に依頼を受けたと言ったわね。その証拠は?」
「俺は見せただろ?」
グレイは剣を引くと、はいているズボンのポケットから、依頼状を取り出した。
元老院の紋章である林檎に絡み付いた蛇の刻印が、押されていた。
「俺は…」
剣司は日本刀を鞘に納めてから、
「そんな紙切れより…こいつが分かりやすいだろ」
スーツの内ポケットから、二枚のカードを取り出した。
「こいつが、送られてきた」
一枚は、魔力が空になっていた。
「こいつを使い、数回テレポートしてここまで来た」
剣司は、空になったカードを見つめ、
「最初は驚いたぜ。なぜなら…魔法が使えるからな。このカードと一緒に同封してあった紙に、テレポートの仕方が書いてあった。一度使うだけで、日本から東シナ海の孤島に、テレポートした。それから、数回テレポートしたら、ここに来た」
剣司は、洞窟を指差した。
(テレポートする場所が、プログラムされている?)
ティアナは、剣司が持っているカードを見た。自分が持っているのと、タイプが違う。
(次世代タイプか)
作っているとしたら、ランがいるメキドのアレキサンダーのところだろう。
その近くで、カードシステムの要となる地下の巨大倉庫が建築されていた。
ティアナには報告されなかったが、その建築に関わった人々は完成後に、全員始末されることになっていた。
剣司は空になったカードを、ティアナに投げた。
「こいつは、もう使えないからな」
カードを受け取ったティアナは、剣司を見た。
(魔力をチャージできることを知らない?)
その事実から言って、剣司に渡した相手は、ここに来させることだけを目的にしていたことがわかった。
(もう一枚は、暗殺用か。それに…中継地のような場所も作られている)
自分の知らないところで、着々とカードシステムが出来上がっていることを知った。
ティアナはカードを握り締めた。
(だけど…今は、そんなことよりも…)
ティアナは、剣司を横目で見た。
(この人に、依頼された意味は何?)
そして、ゆっくりとグレイに視線を移した。
(この人は…一体)
ティアナは、グレイが時折見せる…悲しい背中を思い出していた。