第283話 ただ共にいる
「おい」
ジャスティンは、目の前を睨みながら、クラークに毒づいた。
「空中戦は、不利じゃなかったのか?」
崩れ落ちていく地面を眼下に見下ろしながら、ジャスティンは空中にいた。
「仕方がないだろ。不可抗力だ。下が崩れたんだから…上だろ?」
「…死にそうなんだが…」
熱帯雨林のジャングルから、カードの魔力で、雲の上まで一気に上昇したジャスティンとクラーク。
噴き出ていた汗が冷たくなり、身を震えさせた。
「もう少し…我慢しろ」
雲の切れ間から、ギラの姿が見えた。
悟られぬように、雲を隠れ蓑に使っていた。
ティアナとの戦いで、完全に冷静さを失っているギラの意識は上に向くことはなかった。
落ちたティアナをしばらく探した後、ゆっくりと砦の方に戻っていくギラに、クラークは舌打ちした。
「遅い…」
2人とも結構な薄着だから、雲の上はきつい。
数分後、やっとギラがいなくなったのを確認すると、ジャスティンとクラークは崩れ落ちた地面を見下ろしながら、ゆっくりと降下していった。
「先輩達は、落ちたな。クラーク。俺達も、中に入ろう」
ジャスティンは心配そうに、結構深い穴の底を見下ろしていた。
「あの人なら、大丈夫だろう。騎士団長と互角の戦いが、できるんだから…。それよりも」
クラークはジャスティンを抱えながら、指先につまんでいるカードを見た。
「魔力が、残っていない」
プロトタイプであるクラーク達のカードは、のちのカードと違い、一回の使用で消費する魔力が大きかった。燃費が悪いのだ。
「クラーク!」
ジャングルの向こうに見える砦の方から、妙な音を耳にして、ジャスティンは前方を見、叫んだ。
「チッ」
クラークも前を向いて、舌打ちした。
蜂に似た魔物の大群が、こちらに向かって来るのが、見えた。
「空中戦は、不利だろ?」
ジャスティンは、クラークの指先からカードを抜き取ると、自分のカードを代わりに挟んだ。
「魔力は満タンだ」
と言うと、クラークの体から離れた。
「俺は、カードを使わないからな」
穴の周りの地面までの距離を計って、ジャスティンは飛び降りた。
「ジャスティン!」
「満タンにして、返すよ」
ジャスティンは、地面にジャングルの枝や木に巻き付いたツルを利用して、落下速度と衝撃を緩和して、無事に地面に着地した。
膝の様子を確認したが、ダメージは受けていない。
「フゥ〜」
ジャスティンは軽くストレッチをした後、前方の茂みの向こうを睨んだ。
「行くか!」
地面を踏みしめると、力をためた。
「ブヒイイ!」
茂みの中から、4つ目の猪に似た魔物が飛び出してきた。
ジャスティンはにやりと笑うと、避けることをしなかった。
猪が角を向けて突っ込んでくるのをギリギリまで引き付けて、ぶつかる寸前に反転した。
「は!」
猪の真横に立つ位置になったジャスティンは、そのまま手刀を、猪の首筋に叩き込んだ。
次の瞬間、猪の首が飛んだ。
返り血を浴びながら、ジャスティンは立ち上がり、前を向いた。
「お前が…本当の猪だったら、鍋にして食うんだがな」
猪の魔物は、首を跳ねられても、そのまま走り去っていった。
そして、足場を失い…穴の底へ落ちていった。
ジャスティンは血を拭うことなく、走り出した。
「あっ!」
そして、しばらくは走ってから、ジャスティンは気付いた。
「し、しまった!魔力を回収するのを忘れた」
この頃のカードに、魔力の自動回収装置はついていない。
「次…頑張るか」
ジャングル内を疾走するジャスティンは、蜂に似た魔物の大群の一部が自分の方に降りてくるのを確認した。
ジャスティンは、走るスピードを上げた。
そして、降下した瞬間を狙い、蜂に似た魔物に膝蹴りを浴びせた。
「!?」
いきなりの攻撃に、驚く蜂に似た魔物達。体勢を整える間を与えずに、着地の瞬間ばかりを狙い、蹴りを放つ。
しかし、その攻撃も長くは続かなかった。
蜂に似た魔物達は、地面に降りるのをやめて、空中から直接襲いかかることにした。
頭上に集まる蜂に似た魔物達の行動を見て、ジャスティンは嬉しそうに笑った。
「予定通り」
尻から、蜂同様に針を出して、突っ込んできた。
ジャスティンは腰に手を回した。
そこに下げていたものを手に取ると、上空に向けて投げた。
それは、蜂に似た魔物達の間をすり抜けていった。
まったく誰にも当たらなかった為、蜂に似た魔物達はケラケラと笑った。
勢いが衰えることなく、ジャスティンに向かってくる魔物達。
「フン」
ジャスティンは、上を見ることはなかった。
「終わりだよ」
歩きだそうと、右足を少し浮かした時、先程投げたものが上空で旋回した。
そして、ジャスティンの頭上にいた魔物の大群を次々に切り裂いた。
ジャスティンの右足が、前の土を踏むのと…投げたものが戻ってくるのは、同時だった。
ジャスティンはそれを、片手で掴んだ。
ジャスティンが投げたのは、ブーメランだった。
「俺の新兵器さ」
そう呟くように言うと、ジャングルの奥…砦に向かって歩き出した。
「フッ…」
ブーメランの攻撃が決まったことで、自己陶酔していたジャスティンは、しばらく歩いてはっとした。
「魔力の回収!」
振り返り、蜂に似た魔物の死骸のもとへ戻ろうとしたら、上空から新たな魔物が落下してきた。
「チッ!」
思わず身を捩り、背中を向けてしまったジャスティンは、慌てて横へと転がった。
「まあ〜いいっか」
ブーメランを構えながら、地面に降り立った魔物達を見て、ジャスティンは笑い、
「数は多いし」
地面を蹴り、魔物に向かって走り出した。
上空に向けては、ブーメランを投げつけた。
「クッ!」
空中で逃げながら、戦っていたクラークの目に、地上から放たれたブーメランの軌跡が映った。
「早速、使ってるな」
ジャスティンのブーメランは、クラークがあげたものだった。
「こっちも、反撃と行くかな」
クラークは逃げながら、ある場所を探していた。
それは、ジャングルの隙間だ。
木々に邪魔されずに、太陽の光が大量に射し込む場所。
つまり、大量の影ができる場所だ。
クラークはやっと、半径5メートル程の草地を見つけた。
「よし!」
その草地に向かって、降下した。
蜂に似た魔物達も追ってくる。
クラークは着地と同時に、腰に下げていた長剣を抜いた。
そして、周りの地面を斬った。
勿論、土を斬るのが目的ではない。
そこに落ちる影が、目的なのだ。
次々に、細切れになった蜂に似た魔物の体が、雨のように降ってきた。
「お前達は、俺の…糧になってもらいぞ!魔神と戦う為のな」
クラークは斬りながら、砦の方を睨んでいた。
先程のギラとの戦いで、完膚なきまでに叩きのめたされたが、収穫がなかった訳ではなかった。
(魔神に…俺の影切りは通用する!)
クラークは、ギラの腕を斬ったのだ。すぐに、くっ付いたとはいえ…それが、首より上だったらどうだろうか。
(懐にさえ入りさえすれば、勝てる!)
クラークはフッと、口許を緩めた。
(その為には…)
向かってくる魔物がいなくなると、クラークは死骸から魔力をカードに回収した。
(俺1人では、無理だ)
懐に飛び込むには、先に隙をつくってくれる相手が必要だった。
(ジャスティン!)
クラークは、ジャスティンのもとへ走り出した。
(俺達2人なら…魔神に勝てる!)
クラークは圧倒的な魔神との力の差を感じながら、一つの光明を見つけていた。
「ジャスティン!」
クラークは共に戦う為に、全力で走った。
人間の為に、戦うという共通の思いと目的を持つ2人。
しかし、2人には決定的な違いがあった。
それは、クラークにはないもの。
ジャスティンには、あるもの。
ジャスティンの中にある切ない思いは、決して報われることはないが…彼の行動を導いていた。
それは、ティアナを愛する気持ち。
その気持ち故に、ジャスティンはクラークとぶつかることになる。
それは、まだ数年後のことである。
今はまだ…淡い恋心。
それが叶わぬことも、ジャスティンは知らない。