第282話 苛立つ心
地盤沈下により、地下へと落ちたティアナを探したが…見つけることができなかったギラは、来た時とは真逆で…これ以上はない程の遅さで、砦へと戻った。
飛び出す時破壊した壁から、砦内に入ると、腕を組んだサラが待っていた。
「フン」
サラはギラに冷たい視線を浴びせると、一度鼻を鳴らし、ギラの前から立ち去った。
「クッ」
ギラは、サラの後を追うことはしなかった。
ただ…降り立った通路の上で、己自身の不甲斐なさを恥じた。
騎士団長である自分が、人間の女と互角の戦いをした。
その意味は、負けるよりも重かった。
ギラは無言で、怒りで震える拳を目の前に持ってきた。そして、ゆっくりと拳を開くと、手のひらをスパークさせた。
「ギラ…ブレイク!」
己の顔面に、手のひらを押し付けた。
雷撃が直接、顔を焼いた。
肉の焼ける匂いと、眼球が沸騰した。
ギラは、手のひらを顔面から離した。
表面の肉が消滅し、頭蓋骨が露になっても、ギラは己を許さなかった。
「まだ足りぬわ!」
ギラの咆哮と、雷鳴の輝きが砦の空いた壁より、外に向かって轟いた。
その音を聞いて、砦の周りにいた魔物達は…身を震わせていた。
「ここは」
ティアナは、地面が崩れたことにより、地下の空洞に降り立っていた。
足場が落ちていく感覚がいた瞬間、ティアナは咄嗟にライトニングソードを地面に突き刺し、下に向けて雷撃を放った。
雷が地面を抉ることによって、ティアナの足下は何もない雷鳴の道ができた。
一度、視界の角に映ったグレイを抱き抱える為にその場から離れたが、すぐにライトニングソートでつくった…どこまで空けたかわからない筒状の穴に飛び込んだ。
「す、すまない」
グレイはティアナに抱きつきながら、地面と一緒に落ちていく先を見下ろした。
突然、穴が大きくなったと思ったら、高さ20メートルはある空間に飛び出した。
「チェンジ・ザ・ハート!」
ティアナは、ライトニングソードから手を離した。分離して合体すると、今度は槍になったチェンジ・ザ・ハートは回転すると、落ちて行く土砂を切り裂きながら、ティアナの足下に来た。回転する槍の中心に爪先で着地すると、土砂がすべて落ちるのを待ってから、空洞の地面に距離を取って着地した。
「地下の洞窟か…」
グレイはそう呟いてから、体に当たる柔らかな膨らみに気付き、はっとした。慌てて、ティアナから離れた。
ティアナは気にせずに、上を見上げていた。地面が崩れた範囲は、結構広かった。遥か上空に、青空が見えた。
周囲の土砂に目をやると、森の一部がそのまま落ちたことがわかった。大木が何本も根っこを見せて、倒れていた。
(結構あったな)
違うことを考えていたグレイは、首を横に振った。
(な、何を考えているんだ!)
こんな時にと、自分自身で呆れた。
(しかし…)
グレイはフッと笑った。今まで張りつめていた糸が、緩んだ。
(もうすぐだ…。落ち着かなければ、死ぬぞ)
力を抜くと、周囲を観察しているティアナに近寄った。
「彼らは、大丈夫なのか?多分、一緒に落ちただろ?一人は、気を失っていたし」
グレイの言葉に、ティアナは顔を向けることなく、
「彼らなら大丈夫よ。ああ見えて、その辺の戦士より強いわ」
「確かに…」
グレイは頷いた。
騎士団長に、飛びかかるなど…並の根性ではなかった。
「それに…。クラークくんも、気が付いていたわ。ただ…動いては危険と判断し、隙ができるのを倒れながら、待っていたのよ」
ギラの電撃を直接浴びたジャスティンの方が心配だったが、近くにいたクラークがカードを使い、何とかしたであろうと確信していた。
(彼は、あたし達に隠し事をしている。だけど、親友を見捨てることはしない)
ティアナは、クラークと行動を共にすることで、彼自身のことは信用できると思っていた。
「だから…あたし達は、前に進みましょう。上手く行けば、途中で合流できるはずよ」
ティアナは歩き出した。
「だけど…地下にこんな洞窟があるなんて、聞いてないぞ」
グレイは周囲を見回した。
高さだけではなく、奥行きもあり…左の方からは、水の流れる音がした。
天井が抜けた為に、2人の周囲は明るいが、後ろと前はまったく見えなかった。
ティアナは、人々に配る為に予備で持っていたカードをグレイに渡した。
ほんのりと、カードから灯りが灯ると、2人は闇の中に飛び込んだ。
ティアナは前方を凝視し、
「案内人であるあなたが、知らないとなると…ここは、本当に知られていないのか…。それとも」
歩いていたが、突然足を止めた。
「危険だと…判断して、敢えて教えなかったのか?」
地下洞窟は…水の流れる音と、空いた天井から確認した雲の流れで判断して、砦の方向に続いていることは間違いない。
突然、ティアナはカードの灯りを切った。
「どうした?」
グレイは、ティアナの肩越しに、暗闇の先を見つめた。
「どうやら…危険の方ね」
ティアナは笑った。
「え?」
グレイは、ティアナの横に来て、前の闇に目を細めた。
水の流れる音に慣れた耳に、細かく振動するような音が飛び込んで来た。
「仕方ないわね」
ティアナは肩をすくめると、
「でも、カードに魔力を補充しなくちゃいけないし」
右手を前に突き出した。
チェンジ・ザ・ハートが飛んで来ると、すぐにライトニングソードに変えた。
「やるしかないわ」
一振りし、柄を握り締めると、ライトニングソードが放電した。
「ハハハハ…」
グレイは照らされた洞窟の奥を見つめながら、顔を引きつらせ、
「大勢のご歓迎で」
肩から腰にかけていた鞘から、剣を抜いた。
洞窟を覆い尽くす程の蜂に似た魔物の群れ。
聞こえてきた音は、羽音だったのだ。
「専門外だが…」
グレイも構えた。
「害虫駆除といきますか」
「そうね!」
ライトニングソードが輝き、洞窟内に雷鳴がこだました。