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第279話 死ぬべきか...それとも、死なすべきか

人は、娯楽を求める。


それは、なぜか…。


人生は、退屈だから。


いや、違う。


魔物が、支配するこの世界で、退屈はない。


気を許したら死ぬ。


だけど、人は娯楽にすがる。


それは、退廃的なデカダンス。


人は…どこか狂わないと生きれない。




「…かしら?」


煙草に火をつけた。


魔力を失った人間は、煙草を吸うのにも、火薬を擦るという労力を使う。


「…でも、多分…」


女のつけた煙草の光だけが、輝いていた。


薄暗い空間に流れる…気だるいミュージック。


言葉なき音が、人の思いを揺さぶる。


感性なきものには、感じられない世界。


それは、孤独さえも…遊んで見せる戯言。


真実なき…戯言。



――カラン。


扉が開いた。


外の世界は、夜なのに明るい。


「いらっしゃいませ」


そして、店内にだけ…夜がある。


煙草の火さえも眩しい闇が…。



「ああ…」


店内に入ってきた男は、女が中にいるカウンターに近付くと、いつもの言葉を口にした。


「ターキーをロックで」


その注文に、煙草を灰皿にねじ込んだ女は、分厚い唇を歪めて、微笑んだ。



静かに…静かに、グラスの中で、氷が回る。


「世界が…変わる」


男は、女から受け取ったグラスを揺らすと、


「もう…音を奏でる暇もなくなった」


グラスの中身を一気に飲み干し、空になったグラスを差し出す。


「そうかしら?」


女は再びグラスに、ターキーを注いだ。


男の前に置いたコースターの上に、グラスを置き、


「おかわりする暇は、あるじゃない」


男に笑いかけた。


「フッ」


男は苦笑すると、着ているくたびれたスーツの内ポケットからくしゃくしゃになった煙草ケースを取りだした。指でケースを叩くと、飛び出てきた一本を口にくわえた。


その瞬間、女から火がついたマッチが差し出された。


男は、火がついた煙草の煙を吸い込むと、


「気がきいてるな」


カウンターに肘をつき、女を見上げた。


「仕事だからね」


女は、肩を軽くすくめた。


「だな…」


男は火のついた煙草をくわえながら、カウンターの上にあるものを置いた。


それは、革の楽器ケース。


「こいつを預かってくれ…。行かなくちゃならないところができた」


煙草を灰皿に置くと、グラスに手を伸ばした。


女は新しい煙草を吸おうか悩んだが、やめた。


自分を見つめる男の目から、少し顔を逸らすと、


「そこは…帰って来れる場所なの?」


呟くように訊いた。


「ああ…多分な」


男は曖昧な返事をすると、グラスの中身を一気に飲み干した。


そして、立ち上がると、女に微笑んだ。


「それまで…待っててくれ。景子」


「…」


女はこたえない。ただ…カウンターにある楽器ケースに目を落とした。


そんな女を優しく見つめると、男はカウンターから、左横にあるステージに目を向けた。


魔力が使えなくなってから、ステージに明かりがつくことはない。


「必ず戻ってくる」


男は頷くと、カウンターに背を向けた。


歩き出す男の手には、鞘におさまった日本刀があった。


9人の勇者からなるギルド…ブレイクショットの1人。黒の疾風こと――阿部剣司。


彼が向かう場所は、新たな女神が生まれる場所。


しかし、彼の目的は、女神ではない。


ブレイクショットの同士である…青の楔ことグレン・アンダーソンの真意を確かめること。


「待ってるわ。剣司。あたしはずっと…ここで」


景子の言葉に、剣司は一度だけ足を止めたが、振り返ることなく…店の扉を開けると、夜の光の中に消えていった。


その様子を見つめながら、景子は平然と…カウンターの中で立ち続けた。


流れた涙にも気付かずに、ただ…いつものように気丈でいようと、彼が帰って来るまではそうしょうと…それだけを言い聞かせながら、立っていた。






「…で、そこはどこにあるんですか?」


一晩明けた早朝のジャングルを歩く…4人。


魔物の気配は感じられたが、恐怖は感じなかった。


ジャスティンは左右に気を配りながらも、余裕を装って、一番前を歩くグレンに訊いた。


「ああ…」


前を進みながら、考え事をしていたグレンは…すぐには、こたえられなかった。


数秒間をあけてから、


「ジャングルを抜けたら、北上する」


「北上?」


ジャスティンは眉を寄せた。 なぜならば、その方向は、魔界へ近付くからだ。


でもその前に、世界を寸断する結界がある。


結界近くは、魔界と隣接している為に、あまり人が寄り付くことはなかった。


なぜならば、強力な魔物と出会うかもしれないからだ。


確かに、結界は…ほとんどの魔物をこちら側に来させないようにしているが、魔神など神レベルの魔物はすり抜けることができた。


結界の意味がないと思われるだろうが、通すことにも意味があると、今は理解されていた。


魔神が通れないほど、強固にした場合…必ず、やつらは力ずくでも突破しょうとする。そうなれば、いずれ…結界は破壊される。その結果、すべての魔物がこちら側に雪崩れ込むことになる。


それを防いでいるだと。


突破できる魔神の数は、少ない。あとは、人間達で何とかしろ。そのような意味があると、今は言われていたが…真実は誰も知らない。


「結界近くか…」


ユーラシア大陸の半分近くを寸断する結界である。魔神が突破する時に出くわす確率は、低い。


ジャスティンは身震いした。


強い魔物に会うことは、願ったり叶ったりだった。強くなる為には、ぎりぎりの戦いをしなくてはいけなかった。


ジャスティンは拳を握り締めると、グレンの後ろを歩くティアナに訊いた。


「先輩…。どうして、ジュリアンさんに会わなかったんですか?」


「?」


ティアナは振り返った。


目が合いそうになって、慌てて顔を反らし、


「ひ、久しぶりに、ジュリアンさんと組手をしたかったのに…なあ…」


ジュリアン・アートウッド。ティアナの妹であり、ジャスティンの二つ上だった。


大陸一の歌手として有名であるが、実は…素手で竜を倒すことを目的とした闘竜拳の使い手でもあった。


姉と同じで、非凡な才能を持つジュリアンは、十五歳にして、闘竜拳の免許皆伝の実力を持っていた。


ジャスティンは小さい頃から、よくジュリアンと組手をしていた。


ほとんど勝てなかったが…師匠をもたず、独学で強くなってきたジャスティンにとって、ジュリアンとの組み手で体に染み付いたテクニックは多かった。


特に、拳で相手の肉体の細胞を破壊することを目的にした…ジュリアンの正拳突きは、ジャスティンの必殺技の一つになっていた。


もちろん、ジュリアンは組み手で、真剣に叩き込むことはしなかったが、真似するにはちょうどよかった。


しかし、ジュリアンが歌手で有名になると、組み手をする機会は激減した。



「あの子も、あたしも忙しいのよ」


ティアナは苦笑し、


「それに…止められているみたいよ。歌手の手が、ゴツゴツしているのは、おかしいって」


「何言ってるですか!ジュリアンさんの肉体は、芸術ですよ!鍛え上げられた芸術!」


ジャスティンは、拳を握りしめ、


「でも…今なら、いい勝負をできると思うんです」


自らの力を確かめた。


そんなジャスティンの様子を、後ろから見つめるクラーク。


「さあ〜。どうかしら?」


ティアナは振り返り、ジャスティンをじぃ〜と見つめた。


「か、勝てますよ!た、多分、百回に…一度くらいわ」


突然のことで避けることができなかったジャスティンは、顔を真っ赤にした。


「どうかしら?」


悪戯っぽく言うティアナに、前を歩くグレンが訊いた。


「あんた…妹がいるのか?」


前を向いて、決して振り向かないグレンの背中に、ティアナは目を向けた。


「ええ」


頷いたティアナに、グレンは前を向いたまま…笑い、


「俺もいたんだ…昔ね」


「昔?」


「ああ…」


会話は、そこで終わった。


なぜならば、それ以上…きける雰囲気ではなかったからだ。


ティアナは、グレンの背中から…底知れね悲しみを感じていた。

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