第275話 血肉
「祖父を…」
ゲイルは、うっすらと笑みを浮かべながら、
「殺すのか?」
ティアナに向かって、言葉を投げ掛けた。
「!?」
その一瞬の仕草と言葉で、ティアナは悟った。
「お前は…」
ゲイルを眉を寄せると、
「誰だ?」
睨み付けた。
ティアナの信じられない言葉にも、肉親であるはずのゲイルは驚くこともなく、ただ目を細めただけだった。
「お前は…お祖父様ではない」
ティアナは確信した。それは、ほんの少しの違和感だった。
ほんの少しの他人行儀。
ゲイルはまるで、自分自身を他人のように語っている。
「誰だ?」
ティアナは、右足だけ一歩前に出た。
「ククク…」
ゲイルは笑い、
「今の質問に対して、答えよう。半分は、正解で…半分は間違いだ」
「どういう意味だ!」
ティアナが声を荒げた瞬間、回転する2つの物体が、どこかか飛んできた。クロスさせると同時に、前に出した右足に力を込めると、そのまま…ライニングソードを横凪ぎに振るった。
「こういう意味だ」
グレンは、避けることをしなかった。
「!?」
ギリギリで届いたはずの剣先を、ティアナは止めた。
なぜならば、目の前にいるゲイルは…紛れもなく、本人だったからだ。
「ティアナ…」
目に涙を浮かべたゲイルは、愛おしいそうにティアナを見つめながら、こう言った。
「私を殺せ」
「え?」
ティアナの持つライニングソードが、小刻みに震えた。
「私はもう…私ではない。闇に侵食されてしまった!もう戻れない…。だから、わ、私を!」
涙を流しながら、懇願するゲイルの表情が一転する。再び、ティアナを睨み、
「できるか?人間の小娘が」
不敵に笑う。
「な!」
一瞬の変化に驚くティアナの隙をついて、ゲイルは右手を突きだした。
気のようなものが放たれ、ティアナは吹っ飛んだ。
しかし、それと同時に、ミサイルに向けても放たれた。
「モード・チェンジ!」
吹っ飛びながらも、ティアナは足に力を入れて踏ん張った。止まると同時に床を蹴ると、音速を超えたティアナの体は、次々に放たれた気をライニングソードで切り裂いた。
「うわあああっ!」
絶叫したティアナの体が、再びゲイルの前に現れた。今度は、突きの体勢で突っ込んできた。
しかし、剣先を…ゲイルの喉には突き刺させない。
「やはり…人間は愚かなだ」
ゲイルは、指先をティアナの顎先に向けた。そして、指を上に向けるだけで、ティアナの顎が突き上がった。そのまま…空中でこうを描くように、ティアナは吹っ飛び、背中から床に激突した。
ゲイルはにやりと笑うと、再び気を核ミサイルに向けて放った。
「モード・チェンジ!」
ティアナは跳ね起きると、何とか…すべての気を切り裂いた。
しかし、明らかに…最初よりもスピードが落ちていた。
肩で激しく息をするティアナを見て、ゲイルは再び腕を突きだした。今度は、両手だ。
「いつまで、もつかな」
ゲイルは左右に、腕を広げた。
「先輩!」
ティアナの様子に気付き、ジャスティンが駆けよろうとしたが、二匹の魔物が遮った。
「どけ!」
ジャスティンは、飛び蹴りを喰らわしたが、マシュマロのような体をした魔物は、衝撃を吸収した。
「いくぞ」
ゲイルは遊んでいた。わざわざティアナに、放つタイミングを知らせた。
ティアナは、ライニングソードを握り締めた。
その時、突然…ゲイルの表情が歪んだ。
「馬鹿ものが!」
少し顔を動かした後、ゲイルは叫んだ。 ティアナを睨み付け、
「お前が、学校を辞め!家を出たのは、何の為だ!」
「お、お祖父様!?」
ティアナは目を見開いた。
「人間を…守る為じゃろが!」
怒りながらも、ゲイルの目から涙を流れた。
「お前の正義は、どこにあるのか!」
そう叫んだ瞬間、再びゲイルの顔が歪んだ。
「見せてみろ!私に…お、お前の…せ、せ、正義を!!ティアナ・アートウッド!わ、私の孫よ!!」
そう叫んだ瞬間、ゲイルの顔に笑みが戻った。
「いくぞ」
両手から、気が放たれる…はずだった。
「何!?」
ゲイルは絶句した。
体がくの字に曲がり、胸から背中まで…ライニングソードが貫いていた。
「き、貴様…」
ゲイルは両手を開いたまま、気を放たずに固まった。ティアナを睨もうとした時には、もうそばまで移動していた。
投げつけたライニングソードは、ゲイルの心臓を貫いていた。
「うわあああっ!お祖父様!」
ティアナの泣き声に呼応して、ライニングソードは貫いたまま分離すると、再びティアナの手に戻った。
と同時に、直ぐ様…ゲイルの両腕を切り裂いた。
「ぎゃああ!」
痛みで悲鳴を上げるゲイルの表情が再び歪み、
「そ、そうだ…。それでいい」
微笑んだ。 すぐに、苦悶の表情に戻り、
「ば、馬鹿な!?肉親を斬るだと!?」
ゲイルは血走った眼で、ティアナを見つめた。
すると、ゲイルの体から…黒い霧のような物体が染みだしてきた。
煙のように、上空に逃げようとする黒い霧を、ティアナはライニングソードで横凪ぎに切り裂いた。
「うぎゃあああ!」
断末魔のような声を上げて、霧はかき消された。
同じタイミングで、本部内の通路でも、断末魔は響いていた。
「よ、よくやった」
ゲイルは両腕と胸から、鮮血を噴き出しながら、絶命した。
「お祖父様!」
ティアナが駆け寄り、抱き上げた時には…ゲイルはもう息をしていなかった。
ティアナの腕の中で、涙を流しながらも、安心したように微笑んでいるのが…少しは救いになった。
「お祖父様…」
ティアナは涙を堪えた。
なぜならば、まだ泣いてる場合ではないからだ。
ゲイルの遺体を、床に置くと、ティアナはライニングソードを握り締めた。
「うおおおっ!」
狼のような咆哮を上げると、鬼神と化したティアナが、残りの魔物に襲いかかった。
数分後…格納庫に、静寂が戻った。
戦った戦士達の…激しい息づかいだけが、格納庫に響いていた。
「先輩…」
ジャスティンは、ゲイルの前で立ち尽くすティアナのそばに行けずにいた。
数十体の魔物を切り裂いたのに、刃こぼれ一つないライニングソードの刀身が、上空にある…傾きかけた太陽の光を反射していた。
その輝きが、より悲しく照らしているように…ジャスティンには見えた。