第273話 足音
「あれは?」
ポセイドンの斬撃によって、半壊した十字軍本部内の混乱は治まってはいなかったが、水の騎士団の進攻を食い止めたティアナ達の行動により、落ち着きを取り戻した者達もいた。
それは、逃げ惑う者達ではなく…この騒ぎをどうにかしょうとしていた人達。
日本地区より、特待生として士官学校に留学に来ていた轟雷蔵もその1人だった。
パニック状態で騎士団に向かった数百人の特攻には参加せずに、最初から本部での籠城戦を想定していた轟は、割れた窓ガラスから、魔物の動向を探っていた。
そんな轟の目に、ティアナ達の戦いが飛び込んできた。
たった4人で、魔物の大軍を追い返した戦いに、轟は衝撃を受けていた。
「人は…鍛えれば、あそこまで戦えるのか!」
特に、神レベルと言われる魔神をも退けたティアナの凄さに、感嘆し、ため息すらついていた。
「俺の…行く先は決まった」
轟は歯を食い縛り、力強く頷いた。
この世界で武人を目指す者は、どこかで自らを人柱のように思っていた。
人々を守る為に盾になる。
そう覚悟していた。
しかし…今日のティアナを見て、轟は考え方を変えた。
盾だけではなく、刃にもなりうると。
そう思うと、この絶望的な状況でも、希望を持てた。
「俺も…強くならなれば」
そう…ティアナ達だけに、未来を押し付けてはいけない。
轟は窓の向こうのティアナ達に頭を下げると、廊下を歩き出した。
「そのためには…ここにいては、いけない」
いつになるかはわからないが…十字軍本部が少し落ち着いたら、武者修行に出ることを決めた。
士官学校で習った…魔法のことは、まったく意味のないことになってしまった。
「いや…まだわからない」
すべての習い事や経験を無意味にするのは、自分自身である。
轟はできるだけ、堂々を廊下を歩いた。
パニックになっている人々の間を、まだ若い自分の落ち着きを見せる為に。
それは、強がりでもよかった。なぜならば…今の人々に、一番必要なものだからだ。
「さて〜いこうかしら」
ティアナは、ジャスティンとクラークと無事を喜んだ後、後ろに聳える十字軍本部を見た。
半壊したとはいえ、まだ形を残していた。
恐らくは…反撃する力として、あれが残っているはずだった。
核兵器が。
歩き出すティアナを、ジャスティンが声をかけた。
「先輩?」
「止めないといけないわ」
半壊した本部を軽く睨んだティアナ。口では説明できないが、何か異様な気が漂っているように思えた。
「魔法が使えなくなったんですから…。その…核兵器でしたっけ?それも、使うことはできないのではないですか?」
「だと…いいがな」
ジャスティンの隣にいたクラークが、ぽつりと…呟くように言った。
「残念なことを、お知らせしましょう」
3人から、少し離れたところに立つランが、口を開いた。
「核兵器に、魔力は使われていません。純粋なる科学のみで、作られています。故に、今も発射できますよ。それに〜」
ランは肩をすくめ、
「今なら…言い訳もできる。撃つ理由ができた。本部を破壊されたのです。その報復としてね」
「!」
ジャスティンは、目を見開いた。
「だから…いつ発射されてもおかしくない」
「馬鹿な!さっき撃ったのは、まったく魔物がいないところに落ちたんだろ!そんな狂っているシステムで、次もどこに落ちるかわからない!」
ジャスティンの言葉に、ランは頭をかき、
「だから…今、プログラムの調整をやっていると思いますよ」
後ろの本部に振り返った。
「ランマク」
ティアナが、ランの横に止まった。
「何です?」
少しいらっときたが、ランは堪えて、聞き返した。
「本部は、撃つと思うか?」
ティアナの言葉に、
「多分…。なぜならば、魔法を使えなくなっても、人間には攻撃する力があると、人々にアピールできる。それに、先程の失敗を帳消しにできますよ」
「――それは、ちゃんと魔界に飛んだらな」
ティアナはフッと笑った。
「!?」
ティアナの笑みに、ランは眉を潜めた。
「どう言う意味です?」
今度は逆に、ランがティアナに訊いた。
「簡単なことよ。あたしには、さっきの攻撃が間違いとは思えない」
「狙って撃ったと?」
「ああ…」
ティアナは頷いた。
「どうして?同じ人間を殺しただけだぞ?」
ランはティアナの方に、体を向けた。
「データを取る為…いや、それがメインじゃない。もしかしたら…」
そこで、ティアナは言葉を切った。そして、唇を噛み締めると、再び歩き出した。
「アートウッド!」
ランは、言葉の続きをきき出そうとした。
「真実を確かめてくる」
ティアナは後ろ手で、プロトタイプであるブラックカードをランに示し、
「カードをありがとう」
改めて礼を述べた。
「先輩!」
慌てて、ジャスティンが後ろを追った。ランの横を通り過ぎる時、頭を下げて。
「やれやれ〜」
ランはため息をついた。
「あんな性格でなければ…今頃…」
と言いかけて、前にいるクラークに気付いた。
「君は…行かないのかい?」
ランの言葉に、クラークは少し驚いてから、歩き出した。
「行きますよ。あそこを守らないといけないですし…」
少し…仕方がないというような感じで歩き出したクラークに、ランは目を細めた。
クラークからは、ティアナとはまったく違う感覚を感じ取っていた。
「君は…」
何か言おうとしたランを、クラークは言葉で止めた。
「人類の為です」
その揺るぎない口調に、ランは何も言えなくなった。
彼は…ティアナとは違うベクトルで、人間の為に動いている。それだけは、確かであると思った。
(しかし…)
自分の横を通り過ぎ、ティアナの後を追う少年の後ろ姿に落ちる陰を感じ、ランは目を細めた。
(あの歳で、何を背負っているのか…)
ティアナの横を無邪気に歩く少年にも、強き意志は感じた。人々を守るというよりは…ティアナを守るという思い。それは、純粋で揺るぎない。
そんな2人の少年が、親友でいる。
(もしかしたら…)
だからこそ…惹かれ合うのかもしれない。
ランはそう…思った。
「プログラムの書き換えは、終了している」
空が見える格納庫内で、ゲイルの前に並ぶ…兵士達。
「我々は、魔法を奪われた!しかし、そんなことで、我々が何もできなくなり…無抵抗に、やられるだけとは思わないことだ!」
ゲイルは、彼らに向かって叫んでいた。
「今こそ!やつらに天罰を!」
兵士達は黙って話を訊いているが、その身は怒りで震えていた。
「十分後に、すべてのミサイルを発射させる!」
ゲイルの横に立つ司令官が、命じた。
「全員、配置につけ!」
「は!」
敬礼し、持ち場へと走り去る兵士達。
その機敏さに、満足げに頷いた司令官は、ゲイルの方を向いた。
「人類の輝かしい未来が、開く。人類が、この世界の名主になるのだ!科学という力でな!ハハハハ!」
高笑いをしながら、司令官は格納庫から出ていた。
その様子を無言で見つめながら、ゲイルは心の中でほくそ笑っていた。
(まるで〜蟻だな)
規則正しく歩き回る兵士を見て、そう思った。
(お前達は…この世界の名主にはなれん。数分後、この星を汚した罪を犯し、その罰を受けるのだ)
微かに唇を震わせ、
(滅びという罰を)
沸き上がる笑みをおさえていた。
「ゲイル様」
そんなゲイルのそばに、若い兵士が駆け寄ってきた。
「どうしました」
ゲイルは無表情で、横に来た兵士に訊いた。
「は!」
兵士は敬礼した後、
「お孫さんであられる…ティアナ・アートウッド様がお会いしたいと申しております」
「何?」
ゲイルは顔をしかめ、
「その件は、追い返すように命じたはずですが」
「え…し、しかし…」
兵士は驚き、戸惑いの顔を見せた。
本部にいる兵士の殆どが、ティアナの行動を知っていた。
そのティアナを邪険に扱うゲイルに、驚いたのだ。
「追い返して下さい」
ゲイルはそれだけ言うと、兵士から離れた。
(あの女…)
ゲイルは、前を睨んだ。
(何しに来た)
天に向かって聳え立つ核ミサイルを見上げ、
(邪魔させる訳にはいかない)
拳を握り締めた。
「お祖父様がお会いになって頂けないと…」
兵士の返事を聞いたティアナは、大人しく頭を下げるとその場から離れた。
「先輩」
ティアナの後ろを、ジャスティンとクラークが続く。
つい先程も断られていたが、結界が消えた為に、どさくさに紛れて本部内に入ったのだ。
しかし、重要機密がある奥へは、入ることができなかった。
当面の恐怖が去った本部内は、規律を取り戻しつつあり、簡単に忍び込むのは不可能になりつつあった。
実力行使で進むことはできたが、争いは避けたかった。
「やはり…駄目だったようだね」
兵士達の進む方向と逆に歩くティアナの前に、廊下の壁にもたれるランが声をかけた。
「魔神を追い払った勇者を邪険に扱うとは…よっぽど、嫌われているんですかね」
ランは、ティアナに笑いかけた。
「ランマク…」
「それとも…邪魔されたくないのか」
ランマクは顎で、ついてくるように促した。
「乗り掛かった船です」
ティアナ達は頷くと、ランの後ろを歩き出した。
人通りの多い通路を避けるように、歩き続けるランは、周りに兵士の影がなくなると、口を開いた。
「別に、人混みを避けている訳ではないですよ。私達の研究が、あまり…需要がないだけです」
ランはカードを、ティアナ達に見せると、
「今まではね」
フツと笑った。
灰色の何一つ変わりのない通路を数分歩いていると突然、扉らしき模様が現れた。
「ここです」
ランは扉を押して、中に入ろうした。
「うん?」
ランだけでない。
ティアナ達も動きを止めた。
微かな隙間から、妖気が流れてきていたのだ。
「ま、まさかね」
ランは肩をすくめた後、真剣な表情になった。
ティアナは頷いた。
ランも頷くと、笑顔をつくり、
「誰も…いないはずですけど…一応、ただいま」
ドアを押した。
次の瞬間、研究室の中から鋭い爪が飛び出して来た。
「馬鹿な!」
ランは横っ飛びで、その攻撃を避けた。
反対側の壁に、爪が突き刺さった。
「本部内に、魔物がいるだと!?」
ランは絶句した。
「チッ」
ティアナは舌打ちすると、研究室の中に飛び込んだ。
クラークは腰につけていた短剣を抜くと、壁に刺さった爪を斬った。
ジャスティンも、ティアナの後に続く。
「ティアナ・アートウッド…」
研究室の中には、椅子に座った魔物がいた。
兵士の制服を着込み、足を組んだ魔物は、顔とほぼ同じ大きさをした一つ目を向けた。
「お前は、危険だ」
その瞳には、ティアナとジャスティンが映る。
「貴様!」
ジャスティンは飛び蹴りを叩き込もうと、ジャンプした。
「ジャスティン!」
「フフフ…」
含み笑いをした次の瞬間、魔物の股間から鋭い爪が束になって襲いかかってきた。
「ジャスティン!」
勢いが止まらないジャスティンを、ティアナは後ろから回し蹴りで無理矢理、横に移動させた。
しかし、その代わり…ティアナが矢面に立つことになった。
その間、数秒。
「アートウッド!」
そこにいた誰もが、ティアナが串刺しになったと思った。
その時、魔物が座る椅子の後ろにある窓を突き破って、二つの回転する物体が飛んできて、ティアナに向かってきた爪を横から切り裂いた。
ティアナが両手を伸ばすと、装着され、トンファーになった。
「その武器…」
魔物は目を細め、
「忌々しい」
「貴様ら、一体どうしてここにいる!」
構えるティアナに、魔物は言った。
「爆弾は、撃たさなければならないのだ」
「何!?」
眉を寄せたティアナに、横の壁に激突していたジャスティンが叫んだ。
「先輩!下!」
「!?」
足下が、盛り上がる違和感を感じたティアナは後ろに下がった。
床を突き破って、象に似た魔物が出現した。
鼻がドリルのように回転している象の魔物は、ティアナを見て、涎を垂らした。
「舐めるな!」
ジャスティンは立ち上がり様、滑るように象の魔物の足に、蹴りを食らわした。
しかし、固く頑丈な足はびくっともしなかった。
「くそ!」
ジャスティンは蹴りが効かないと判断すると、すぐに魔物の足を蹴って、ドアの方に滑った。
ジャスティンがいた足下に、ドリルのような鼻が突き刺さった。
「か、固い」
ジャスティンは痛む足に、顔をしかめた。
「!」
ティアナは、トンファーを胸元でクロスさせた。
「先輩!気をつけて!そいつの肌は、鉄のように固いです!」
ジャスティンの警告も空しく、ライトニングソードを振るったティアナの前に、象の魔物は鼻を切り裂かれ、魔物自体も簡単に真っ二つになった。
切り裂かれた体が、左右に倒れる途中で、一つ目の魔物の股間から再び、爪が飛び出して来た。
ティアナは振り下ろしたライトニングソードを、一気に振り上げた。
爪は切り裂かれ、次の爪が飛んでくる前に、ティアナはライトニングソードを股間に突き刺した。
「こ、この強さ!」
魔物は股間から鮮血を噴き出しながら、ティアナを見た。
「人間離れした…その力が…」
魔物はにやりと笑い、
「貴様を孤独にする!」
そう言った瞬間、股から口を裂き、脳天までを切り裂いた。
魔物は真っ二つになっても、笑みを崩さずに絶命した。
「失礼なことを!」
ジャスティンは痛む足で立ち上がると、魔物の死骸に言い放った。
「先輩を、孤独になどさせるか」
「しかし…」
ランは研究室の中に入ると、中の様子を確認しながら、
「今の魔物は…核を撃たさなければならないと言った…」
「…」
クラークは研究室に入らずに、通路の壁にもたれた。
「行くわよ」
ティアナは、ライトニングソードをトンファータイプに変えた。
「絶対に、撃たしてはいけない」
「ですね」
ジャスティンは足を確かめながら、頷いた。
「やれやれ〜」
ランは頭をかき、
「魔物が、入ってくるとはね。やっぱり…研究所を変えなくちゃならないな」
ため息をついた。
「力ずくでも、阻止する!」
ティアナとジャスティンは、部屋を飛び出した。