表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/563

番外編 ティアーズ・フォー・ティアナ 第26話 始まりの戦士

ポトポト…。


雨上がりのように、微かに降り落ちる液体に…人々は傘をさしながら、歩いていた。傘の下で、表情を恐怖に歪ませて。


早くこの場から離れたいのだが、走ったりして、刺激したら…殺される。


ビルだった瓦礫や、高い塔はへし折られ…そこに吊された何百人という人の死骸。


小雨のように感じた滴は、死体から流れる血だった。


生臭さが、街中に漂っていたが、逃げることは出来ない。


ここは、檻の中。


人々は、空を飛び回る人面鳥の群に、飼われていた。


「畜生!」


人面鳥が、入って来れないくらい狭い防空壕の中で、勇者ダラスは、自らの無力さに怒っていた。


「ぎゃー!」


人の悲鳴がした。誰かが捕獲されたのだ。


ダラスは、防空壕から顔を出し、空を見た。


「今は、食事の時間じゃないはずだ…」


人面鳥は、1人の中年男を、鋭い爪を突き刺しながら上昇すると、民家の屋根に落とした。


「グェ」


屋根の上でバウンドし転がっていく男を、地面に激突する前にまた捕まえると、再び上空から落とす。それを何度も、繰り返した。


「遊んでやがる!」


ダラスは怒りに身を震わせながら、防空壕の中に入った。


入り口は狭いが、中は六畳くらいの広さがあった。


「ダラス!」


防空壕の中には、十人くらいの女子供と老人がいた。


人面鳥の好物は、子供と女だ。


ダラスは、防空壕の奥に立てかけてあった鋼の剣を手に取った。


「何をする気だ!ダラス!今、お前が出ていっても、どるすることもできんぞ」


ダラスは剣を鞘から出し、状態を確認しながら、


「しかし、市長!今、市民が殺されているんですよ!」


ダラスは、剣を鞘に収め、防空壕から出ようとする。


「剣は、やつらには届かぬ!魔法を使えなくなった我々人間は、やつらには勝てぬ」


白髭を顎にたくわえた市民の言葉に、ダラスは反論した。


「我々は、市民を助ける義務がある」


「そう言って、何人の勇者が死んだと思っておる!」


「死ぬことに、恐れはない」


ダラスは、剣を握り締めた。


「待て!必ず、救世主が現れる。我々人間を救ってくれる者が!」


「そんな戯言…信じられるか!それに、救世主は今、必要なんだ」


ダラスは、防空壕から飛び出した。


先程まで、屋根に叩きつけられていた男が死んだ為、新たな獲物を探しに、人面鳥は…民家やマンションの間を飛び回る。


長い首に、能面の老婆のような顔をキョキョロさせて獲物を探していた。


「ヒィィ」


慌てて逃げようとした少年が、少し下り坂になっている歩道で転んだ。


人面鳥は速く動くものに、襲いかかる性質があった。


少年を見逃す訳がなかった。


先程の人面鳥以外に、マンションの屋上で寝ていた仲間達も目を開け、少年を見つけると、飛びかかってきた。


禿げ鷹のように、群がってくる人面鳥と少年の間に、ダラスが飛び込んでくる。


上空に向けて、突き刺した剣は、一匹の人面鳥に突き刺さすことができた。


しかし、ダラスの動きに気づき、旋回した数匹は、後ろから攻撃しょうとする。


剣を突き刺された人面鳥は、奇声を上げながら、上空に飛び立とうとする。


それを踏ん張って、阻止しているが、背中に向かってくるものには、対応できない。


片手を剣から離し、昔の癖で、手のひらを向け、魔法を使おうとするが…発動できるはずがなかった。


ダラスは仕方なく…剣を離すと、腰を抜かして動けない少年を抱きしめた。


せめて…自分だけに、人面鳥の足の爪が刺さるように。


「ぐぎゃあ!」


その時突然、人面鳥が、断末魔を上げて爆発した。


それも一匹だけじゃない。


近くにいた人面鳥が、風船のように膨らみ、爆発していく。


「ジャスティン、クラーク!この街の魔物を殲滅するわよ」


「はい」


白いマントをつけ、赤い十字架を描いた…修道士のような白の制服に身を包んだ…2人の少年は頷くと、風より早く動き、ダラスの左右を通り過ぎていった。


ダラスがいる道の向こうは、街の外…砂漠につながっているはずだ。


照りつける日差しが、陽炎のように、ゆっくりと街の中を歩いてくる女を揺らめかせる。


「女…」


遠くからでもわかる長い髪と、くびれた肢体が…女であることを示していた。


女に気づいて、人面鳥の群が襲いかかる。


が、女の間合いに入る前に、次々に切り刻まれ、死んでいく。


女は、何もしていない。


ただ歩いているだけだ。


ダラスは、近づいてくる女の姿が確認できるようになって、やっと女の周りのおかしさに気付いた。


「何が…飛んでいる」


姿は見えなかった。それが回転を止め、女の両手におさまるまで、ダラスの目ではとらえることができなかった。


「トンファー…」


それだけではない。


美しいブロンドと、砂漠を渡ってきたはずなのに…まったく焼けていない、透き通るような白い肌。


そして、真珠のような白い鎧。


「ホワイト…ナイト」


ダラスは知っていた…いや、知らない者などいない。魔物と戦う者なら、誰もが知り、憧れる戦士。


「ティアナ・アートウッド」


「さあ…いこうかしら」


ティアナは笑った。


いつのまにか、ダラスがいる道に面したマンションや民家の上に、人面鳥が集まり、奇声を発しながら、ティアナを威嚇する。


もうダラス達に目もくれない。


ティアナは、両腕を胸元でクロスさせた。すると、装着されていたトンファーも、クロスされ…一本の剣に変わる。


ライトニングソード。


ティアナはそれを右手で掴むと、叫んだ。


「モード・チェンジ」


一瞬にして、マンションの屋上…人面鳥の群の中に、出現すると、舞うように無駄なく、人面鳥達を斬り裂いていく。


斬られた人面鳥の傷口から、電気がスパークし、破裂する。


その頃には、ティアナは別の場所に移動しており、また別の屋上で火花が飛ぶ。そして、次の屋根…。


それは、数秒の出来事だった。


ダラスには、まったく見えなかった。


ただ周りにいた人面鳥が、あっという間に、全滅したのはわかっていた。


ティアナは剣を振るいながら、街全体を駆けずり回った。


この街に巣くう魔物をすべて退治するのに、そう時間はかからなかった。




「ポイントを使わなくて、すんだわ」


街の中心部のビルの上で黒いカードを見つめながら、緊張を解いたティアナのそばに、戦いを終えたジャスティンとクラークが、テレポートしてきた。


「僕等は、少し使いましたよ」


ジャスティンは、手に持っていたブーメランを折りたたみ、腰のベルトに装着した。


クラークは、長剣を腰にぶら下げていた。剣を使ったようだが、刃は血で汚れていない。魔法で戦ったようだ。


ティアナは、それを責めるつもりはなかった。個人の自由だ。


特に、クラークは影切りという特殊能力が使えた。


影を切れば、その本体である…あらゆるものを切り裂くことができた。


ただし、限定条件があった。


手から、影は直接でなくても、何かを通じて触れなければいけない。(長剣の理由がそれだ)影と影が重なった所は、切れない。


日が高く、影が小さい昼間より、夕方に強く…だけど、夜は殆ど、使えなかった。


今回の旅は、ティアナの1人旅のはずだったが…弟子みたいなジャスティンが無理やり同行し…その知り合いであるクラークがついてきたのだ。


ティアナには、面識がなかったが…噂は聞いていた。


元々暗殺部隊に所属していたと。


この世界でも、暗殺は人を意味していた。


影切りに、防御魔法は通用しないし、ある程度の接近を要した。


(今回は…あたしか?)


ティアナは、元老院の年寄りの顔を思い浮かべた。


(最近は名を変え…安定者と名乗っているが…)


世界の安定を願う者達。


ティアナも、そのメンバーに抜擢されていた。



「ポイントを回収するわよ」


ティアナはそう言うと、ビルから飛び降りた。


「あっ!はい」


ジャスティンも飛び降りる。


一歩出遅れたクラークを、ティアナは軽やかに地面に着地してから見上げた。


「クラークは、ビルの上をお願い」


「わかりました」


クラークは頷くと、隣のビルへ飛び移った。


「これは…邪魔くさいですね」


ジャスティンは、人面鳥の死骸一匹一匹に、カードをかざしていく。


すると、ディスプレイに表示された数字が増していく。


「わかってるわ。何とか自動回収できるように、思案中よ」


ティアナも死骸から、ポイントを回収しながら、少しため息をついた。



「あのお…あんたらは?」


人面鳥の死骸を避けながら、ダラスはティアナに近づいた。


ティアナは回収を止め、ダラスの方を向いた。


「これは、失礼しました。あたしの名は…」


名乗ろうとしたティアナを、ダラスは手を振りながら止めた。


「ティアナさん…あたしのことは知っている。私は、西ヨーロッパ所属のギルド、ブレイクショットのダラスです」


ダラスは、手を差し出した。


「ブレイクショット!聞いたことがあります。確か…ナインボール…9人の勇者を中心とした集団だと」


ダラスは照れ笑いし、


「そんなに大した集団では、ありませんよ。それに…」


ダラスは、視線をティアナから外すと、


「マジックショック後は…何もできない…役立たずの集まりになってしまった」


ダラスは、人面鳥の死骸より多い…野ざらしの人の死体を見、無念さで全身を震わせた。


「それは、今のこの世界…どこでも同じです」


「世界政府は、何をしてるんですか!対策は!」


ダラスの言葉に答えず、ティアナはカードを持ったまま....ビルやマンションに吊らされた人々の死体に、手をかざした。


すると、吊された人々は消え…いつのまにか、道に引かれたビニールシートの上に、次々と並べられていく。


「これは…魔法!?」


ダラスは、目を見開いた。


ティアナは、ダラスに微笑みかけると、どこからか9枚の銀色のカードを取り出し、ダラスに投げた。


カードの束を受け取ったダラスは、見たこともないカードに驚いた。


「すべて、ある程度のポイントは入っています。これがあれば、あなたも魔法が使えます」


「魔法が使える!?」


ダラスは、一枚のカードを束から抜いた。


「まだ試作品ですが…カードの使い方に関しては、0のボタンを押したら、ガイダンスが流れるので、聞いて下さい」



「ポイントの回収終わりました」


ジャスティンが、ティアナに駆け寄ってくる。


「じゃあ…いきましょうか」


ティアナは、ダラスに背を向けた。


「ティアナさん!」


まだ理解できず、去ろうとするティアナを、ダラスは呼び止めた。


ティアナは振り返り、


「あと8枚は、あなたのお仲間に…」


そう言うと、頭を下げ、また歩き出した。


「あんたは、一体…」


「この人々の供養と…この辺りの治安は、頼みましたよ。ダラスさん」


ティアナとその隣を歩くジャスティン。


クラークは、もう…街の出口で待っていた。




街から去っていく三人の後ろ姿を見送るダラスの後ろから、先程まで隠れていた人々が、ゾロゾロとどこからか出てきた。


「ダラス。あの人達は一体…」


ダラスの隣に立った市長に、ダラスは…また陽炎の中に融けていく3人を見つめながら、


「救世主ですよ。多分」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ