第271話 黒札
「これで、終わりだ」
ポセイドンの鎌がもう一度振り上げると同時に、 ティアナが飛びかかっていた。
「これ以上は、誰も殺させない!」
ジャンプすると同時に、飛んで来た2つの物体を掴み、十字にクロスさせると、ライトニングソードに変わった。
そのまま落下する速度と、さらに振り下ろすスピードが加算され、ポセイドンの鎌を上から止めた。
「うん?」
鎌を止められたポセイドンは、別段驚くこともない。ただ…ティアナごと振り下ろそうとするだけだ。
「クッ!」
ティアナは体重もかけたが、やはりびくともしない。
「小蠅が一匹」
ポセイドンが冷静に呟くように言った後、ティアナは簡単に地面に叩きつけられているはずだった。
「先輩!」
飛び込んできたジャスティンの回し蹴りが、ポセイドンのすねにヒットした。 人間ならば、悶え苦しむはずだが、ポセイドンにはまったく効いていなかった。
その無意味に思えた攻撃も、ティアナには有り難かった。
「ジャスティン!離れて!」
ライトニングソードが発光し、雷撃を放った。
今まで、まったくダメージを受けていなかったポセイドンの眉が、跳ね上がった。
「はっ!」
気合いとともに、ライトニングソードは分離した。
斬り下ろす勢いそのままで、ティアナはポセイドンの目の前に着地した。
と同時に、分離したチェンジ・ザ・ハートが再びティアナの腕で、ライトニングソードになった。
その一連の動きは、着地する間に行われた。さらに、地面に足がついた瞬間に回転し、腰を捻る動きとともに剣を振るった。
雷撃で痺れているポセイドンの首筋に、ライトニングが差し込まれるはずだった。
「フン!」
気合いとともに、ポセイドン後方に下がった。
虚しくライトニングソードの刃先は、ポセイドンの首筋を少し切り裂いただけだった。
「モード・チェンジ!」
かわされたとわかった瞬間、ティアナはモード・チェンジを使った。
スピードアップしたティアナの回転は、二回目の斬撃をほぼ一回目の斬撃と同時に、放つこととなった。
それも、前に一歩踏み出す形で。
「な!」
驚愕の顔をしたポセイドンは思わず、後方にジャンプした。赤い甲冑の胸の辺りが切れて、鮮血が流れた。
「!」
今がチャンスと、追撃の一振りを放とうとしたティアナの足元が少しふらつき、攻撃するタイミングが遅れてしまった。
そのことは、ティアナ本人しか気付いていない。
(モード・チェンジの使い過ぎだ!)
変身が解けた肉体に、軽く舌打ちすると、ティアナは眼光だけは鋭くして、ライトニングソードを突きだすと、ポセイドンを牽制した。あくまでも、不敵にだ。
「先輩!」
実は、そばにいたジャスティンはティアナの違和感に気付いていた。しかし、口には出さなかった。
それよりも、自分の不甲斐なさに震えていた。
(神レベルには…人間の蹴りなど効かないのか!?)
うっすらとわかっていたことだが、弱点をつけば…少しくらいは、ダメージを与えられるはずと思っていた。
(甘かった!!)
ジャスティンは、構え直した。もともと魔法を使うつもりはなかったが、肉体的に最強の武器である蹴りが通用しないとなると…。
(命懸けだ)
狙う部分は、目や胯間しかない。
「ククク…」
自分の胸から流れる血を見て、ポセイドンは嬉しそうに笑った。
「人を目にしてから…初めてだ。我の体に、傷をつけたのは…」
自らの血を指で拭うと、舌で舐めた。
「部下に欲しいくらいだ!人間の女よ」
「来る!」
ポセイドンの目が見開いた瞬間、ティアナはライトニングソードを握り締めた。
「フン」
下がった場所から動くことがなく、振るった鎌が横凪ぎに真っ直ぐ、ティアナの腰の辺りを狙う。
「先輩!」
あまりの速さに、ジャスティンは反応できなかった。 今の攻撃が、自分に向けられていたら、死んでいた。その分析が、ジャスティンの足をすくませた。
「く!」
ティアナはライトニングソードで受け止めるのを、やめた。 力負けすることを悟ったティアナは、ライトニングソードを自分の真横の地面に突き刺すと同時に、前に飛んだ。
杭のようになったライトニングソードに、鎌が直撃した。折れることはなかったが、地面を切り裂きながら、 ライトニングソードは数十メートル先まで移動した。
「逃げることしかできぬのか!」
ライトニングソードをふっ飛ばした後、ポセイドンは鎌を切り返し、逃げたティアナを追う。
その風圧は、数百人の兵士と十字軍本部を切り裂いた程の威力がある。
「死ね!」
衝撃波が野を駆け巡り、遥か遠くにある木々を切り裂いた。
「先輩!」
ジャスティンが絶叫した。その瞬間、足が動いた。 突進しょうとしたジャスティンは、目を見開いて、足を止めた。
「虎穴に入らずんば…虎子を得ず」
「何!?」
ポセイドンは、驚きの声を上げた。
振り切った鎌の上に、ティアナが乗っていたのだ。
「貴様!?」
ポセイドンが鎌から振り落とそうとした瞬間、ティアナはジャンプした。
その手に回転する2つの物体が、飛んでくる。
「人間如きに!!」
ポセイドンは、歯を食い縛った。
片手でライトニングソードを掴んだティアナは、そのまま…草を刈るように、ポセイドンの首筋を向けて、剣を振り切った。
ティアナがポセイドンの後ろに着地した瞬間、高笑いが聞こえた。
「ハハハハハハハハ!」
楽しそうに笑うポセイドン。 ゆっくりと振り返ると、
「小蠅ではなかったな!蚊くらい…いや」
ティアナの方に体を向けた。
「ここは…素直に認めよう…」
ポセイドンの首筋から、鮮血が噴き出した。
「我の負けだ」
そして、傷口から電気がスパークすると、ポセイドンは両膝を地につけた。
「いや…」
ティアナは地面に着地した瞬間から、動けなくなっていた。
(あたしも…勝ってはいない)
体が、限界を通り越していた。
さっきの攻撃が決まらなければ、次の瞬間…ティアナは殺されていた。
今も立ち上がらなければならないのだが…体が動かなかったのだ。
「ポ…ポセイドン様!?」
ポセイドンの様子を見て、海岸線で止まっていた水の騎士団が動き出した。
「ポセイドン様をお救いしろ!」
一斉に、進軍を始めた魔物の大軍を見ても、ティアナは動けない。
「先輩!」
その様子に気付き、ジャスティンがティアナの前に立った。
「クソ!俺は…どうすればいい?」
あまりにもレベルの違う戦いに、クラークは何もできずに…ただ立ち尽くしていた。
魔法も使えない今、クラークにはなす術がなかった。
ジャスティンのように、丸腰で立ち向かうことなんてできなかった。
「ほお〜。やりますな」
そんな葛藤を続けていたクラークの横に、ラン・マックフィールドが立った。
「!?」
まったく気配を感じさせずに現れたことに、驚くクラーク。そんなクラークの方を見ずに、ランはあるものを差し出した。
「人間はそんな簡単に、環境の変化に対応できませんからねえ」
「こ、これは!?」
ランが差し出したものは、ブラックカードだった。
「少しですが…魔力をチャージしています。今すぐ使えますよ」
「…」
戸惑いながらも、クラークがカードを受け取ったのを確認すると、ランは歩き出した。だけど、すぐに足を止め、
「そうそう…言い忘れました。魔力は消費したら、なくなりますが…倒した魔物にカードをかざせば、魔力を奪い、チャージできますので」
機能を説明した。
「そんな機能が!?」
驚くクラークに、ランは言った。
「驚くのは、私も同じですよ。こんなものを考えつくとは…ね」
ランは、ポセイドンの向こうで動けなくなっているティアナを見つめ、
「急ぎますか…」
着ている白衣の袖口から、腕に巻き付いている鞭を抜き出した。
「今、彼女を失えば…人類はおしまいです」
ランの言葉に、クラークは頷いた。
「はい!」
その声の力強さに、ランは微笑んだ。
「行きましょうか」
ランとクラークは歩き出した。
「人がこのまま…やられっぱなしで終わるものですか。今から、真の反撃が始まるんですよ!」