第267話 計画
「核か…」
玉座に腰掛けたライの前に、跪くサラとギラ。
「は!」
「何とか除去作業は、終了しましたが…まだ人間は、核を保有しております」
サラは顔を上げ、
「再び撃たれるのは、時間の問題かと」
ライを見た。
「フン」
ライは鼻を鳴らすと、
「もし…次を撃つようであれば、この世界の人間は、生きることに値しない愚かな存在として、露呈することになる」
「…」
ギラは黙って、話を訊いていた。
「今回の爆発で、死んだものの中に、我々の同胞はおりません」
サラは再び頭を下げ、
「人間は、人間を殺しただけです」
「それこそが…人間らしい」
サラの言葉に、ライは呟くように言った。
「しかし、自然が破壊されました」
ギラが初めて、口を開いた。ライを見上げ、進言した。
「王よ。我々に、核爆弾破壊の命をお与え下さい」
「その必要はない」
ギラとサラの後ろに、カイオウが現れた。そのまま、ギラの横で跪くと、カイオウは頭を下げたまま、ライに向かって報告した。
「現在、人の手にある残りの核爆弾はすべて…人間の主要都市に向けてプログラムされております。もし、次に発射した場合…人間の3分の2は、死滅します」
「馬鹿な!そんなことをすれば、また自然が破壊される!大気が汚れる」
ギラは、カイオウを睨んだ。
「わかっておる。だからこそ…王に申しておるのだ」
カイオウはギラを見ずに、ライだけを見つめていた。
「なるほど…」
ライは玉座の肘置きの上で、頬杖をつくと、
「爆破直後の放射能を何とかしろと、言いたいのか?」
カイオウを見下ろした。
「こ、これは…お願いでございます」
カイオウはライの視線から逃れる為に、深々と頭を下げた。
「放射能って何ですか?」
怯えるカイオウの耳に、場違いな声が飛び込んできた。
「フッ」
その声に、ライは口許を歪めた。
玉座の間の空気が、変わった。
声の主は、アスカだった。
玉座の間で、半分幽閉されているアスカは、ライの隣で大理石の床に正座していた。
「お前が知る必要はない」
ライはアスカを見ることなく一喝すると、カイオウに言った。
「了解した。お前の頼み…きいてやろう」
「は!有り難き幸せでございます」
カイオウは額を床につけ、礼を口にした。
「但し!」
ライは、条件を口にした。
「確実に、人間の都市を破壊しろ!」
「は!」
カイオウは立ち上がり、頭を下げた後、玉座の間を後にした。
「失礼します」
サラも突然立ち上がると、出て行こうとした。
「え」
跪きながら、ギラはサラの動きに戸惑ってしまった。
立つタイミングを失った。
「待て」
そんな2人に、ライが声をかけた。
「お前達に、告げなければならないことがある」
ライの言葉に、サラは再び跪いた。
その様子を見つめた後、ライは言葉を続けた。
「先日、失敗に終わった女神の誕生だが…実はもう一体、培養していた者がいる。管理を任していた魔神から、連絡が入った。調整は、最終段階に入ったとな」
「培養?」
ライの言葉に、サラは眉を潜めた。
「どうした?サラ。何か問題でもあるのか?」
ライは、頭を下げているサラの微妙な変化に気付いた。
「は!」
サラは顔を上げると、
「その女神は…ライ様がお造りになったのではないのですか?」
疑問を口にした。
「フッ。何を言うかと思えば…」
ライは笑い、
「俺が創ったに決まっている。だが…少し趣向を凝らしただけだ」
「趣向でありますか?」
サラは、恐る恐るライの顔を見た。
少し悪戯ぽい表情を浮かべるライの顔に、サラは空牙であった頃の面影を見た。
「まあ〜大したことじゃない。目覚めれば、そいつは…女神を名乗ることになる」
「女神…」
「そうだ」
ライは、サラとギラを見下ろしながら、女神の名を告げた。
「風の女神…ソラ。翼ある魔物達を率いる存在になる。お前達2人は、風の女神のサポートに回って貰う」
「は!」
ライの言葉に、サラとギラはもう一度頭を下げた。
「新たな女神が誕生するだと!?」
「そのようで、ございます」
不動の報告に、城の離れにいたネーナが驚きの声を上げた。
「やはり、王は…天、地、海をそれぞれの女神で統治するお考えのようであります」
「く!」
ネーナは顔をしかめると、腕を組んだ。彼女の苛立ちにより、離れの温度が急激に上昇した。
普通の人間がいたならば、一瞬で汗だくになり、カラカラになったことだろう。
「そんなに、苛立つこともないんじゃないの?」
突然、部屋の温度が下がった。
「うん?」
ネーナは声がした方に、顔を向けた。
離れに、微笑を讃えたマリーが入ってきた。
跪く不動の横を、マリーは通り過ぎ、ネーナの前に立った。
マリーは微笑みを崩さずに、ネーナに話しかけた。
「まだ…その女神は、目覚めていないわ。そして、一生…目覚めなければ、いいだけのこと」
クスッと笑ったマリーの少し上目遣いの表情に、ネーナは眉を寄せた。
「あんた…ま、まさか」
「勘違いしないでね。あたしは、何もしないわ。いえ…」
マリーはネーナを見た後に、不動をちらっと見ると、
「あたし達はね」
満面の笑みをつくった。
「…人間にさせる気か?」
ネーナの言葉に、さらに口を歪ませたマリーは背中を向けると、
「何のことかしら?」
惚けてみせた。
「チッ」
ネーナは軽く舌打ちした後、
「不動!」
跪いている不動にきいた。
「その風の女神ってやらがいる場所を、守っているのは、誰だ?」
ネーナの質問に、不動は即答した。
「魔神ギナムでございます」
「フン!」
ネーナは、マリーを睨んだ。
その視線を背中に感じたマリーは、振り返った。
「何か言いたそうね」
ネーナの目を見ずに、あくまでもクールでいようとするマリーに、ネーナは少し顎を上げて、言葉を発した。
「やつは、騎士団長に次ぐ実力者!人間が何人かかろうが、勝てるとは思えない」
「そうかしら?」
マリーは笑った。
「き、貴様!」
ネーナの苛立ちは、ピークに達した。
一度は下がった離れの温度が、再び上昇した。
「一つだけ…教えてあげるわ」
マリーが、ネーナに目を向けると、再び温度は正常に戻った。いや、逆に…寒いくらいだ。
「新しい女神が、生まれてほしくないと思っているのは…あたし達だけではないということよ」
「?」
ネーナには、意味がわからなかった。
「それに…人間自体が向かうとは限らないわ」
「核爆弾ですかな?」
離れに、また新たな人物が姿を見せた。
「カイオウ!」
マリーは振り向くと、正解を口にしたカイオウを血走った目で睨んだ。
「こ、これは…失礼致しました」
マリーの楽しみを奪ってしまったことに気付き、カイオウは片膝を床につけると、頭を下げた。
「チッ!」
舌打ちすると、マリーはネーナに視線を戻した。
「核爆弾!?」
ネーナははっとした。
「そうか!あやつも、納得していないのか!」
「そうよ」
マリーは、勿体ぶるのを止めた。
「いずれ…お父様の跡を継いで、王となることができるものは、これ以上いらない!」
「なるほどな」
ネーナはにやりと笑い、頷いた。
「間もなく発射される…数百発のミサイル!その一つが、落ちても…仕方ないわ。事故なんだから」
「そうよね」
マリーとネーナは頷き合い、笑い合った。
(なるほどな…)
カイオウは、心の中で持っていた疑問に合点がいった。
(なぜ…人間が核を撃てたのか?)
発射ボタンを押した時、あいつがそばにいた。それなのに、なぜ…止めなかったのか。
その疑問を、カイオウは抱いていた。
(つまり…最初から、人間を破滅させるだけではなく…)
カイオウは少しだけ、顔を上げた。
(新たな女神を、抹殺するつもりなのだな)
本命だった女神は、ライの手で2つにわけられた。
彼女達には、問題はない。
残るは、この城の外にいる…まだ目覚めていない女神のみ。
(醜い…権利争いか)
まるで、人間のようだ。
そう思ったが、カイオウは否定した。
(違う!人間が、我らに似ているのだ)
「御免」
カイオウは立ち上がると、マリーとネーナに頭を下げ、離れから出ていった。
「やれやれ…」
不動は、小声で呟いた。
自分も出ていきたかったが、それは無理だった。
もともとネーナに、女神のことを先に報告したのは、自らの失態を誤魔化す為だった。
たった1人の人間に、遅れを取ったことを。
(うん?)
ここで初めて、不動は気付いた。
リンネとフレアがいないことに。
(どこに行ったのだ!あいつらは!)
また面倒が起こっていけない。
不動は、心の中で舌打ちした。
(仕方ない)
意を決して、不動は立ち上がると、
「失礼します」
頭を下げ、早足で離れから脱出した。
マリーとネーナは、上機嫌で笑い合っている為、不動のことを気にはしていなかった。
離れから離れると、不動は安堵のため息をついた。
「2人の女神のそばになど、いれるか」
炎の魔神である不動は、特にマリーが苦手だった。
マリーの一番近くにいた為に、不動の腕が凍っていた。
炎でできている腕がだ。
「凍傷になるわ」
不動が魔力を込めると、数秒後…やっと元に戻った。
「ふぅ〜」
もう一度、息を吐いた後、不動はリンネとフレアを探す為に、城内を歩き回ることにした。