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第262話 来襲

風が冷たかった。


この星で一番高い山の上に降り立ったライはただ…下界を眺めていた。


「…」


虚ろな瞳でも、映る景色は美しい。


しかし、折角の視覚の情報も…本人が認めなければ、意味がない。


「…」


ただ無言で立ち尽くすライの後ろに、誰かが立っていた。


「雷…」


その声に、ライは聞き覚えがあった。


だが…ライは振り返らない。


なぜならば…それは幻だからだ。


「お前はまた…多くの人間を殺すのか?」


後ろに立つ男の声に、ライは微かに微笑んだ。


「俺のようにな…」


ライの後ろに立つ男は、日本軍の制服を着ていた。


「本田…」


ライの口から漏れた男の名は、本田有利。


かつて、実世界で知り合い…魔王レイに捧げた男。


「いや…違うな」


ライは一度目を瞑った後、振り返った。


「早百合か」


そこには、白髪の女が立っていた。


ライが目を細めると、女は若返り…知り合った頃の少女に戻った。


「やっと…あなたに会えた。あの人の仇である…あなたに…」


あどけない笑みを浮かべる早百合だが、目は笑っていなかった。


どす黒い目の色が、闇に落ちていることを物語っていた。


「あたしの子供が…必ず…仇を討ってくれる」


早百合の顔が、満面の笑みに変わる。


「早百合…」


ライの細められた目が、ゆっくりと見開くと、その幻も消えた。


いや、それは幻ではなかった。


「この世界に来てたのか…」


ライは、ゆっくりと目を瞑った。


「そして…死んだか」



早百合。その女は、本田有利の婚約者だった。


若く聡明な女。


ライは、珍しく…彼らとうまがあった。


レイの命令で、生命力の溢れた人間を探し、彼に捧げる命を受けていた日々で、有利と早百合だけが、ライと気があったのだ。


「人間…か」


ライはフッと笑った。


「変わった生き物だな。死んでも、文句を言いに来るとはな」





「!?」


しゃがみ込み、王宮の跡地の砂を調べていたクラークは、ふと空を見上げた。


真上にあった太陽も、少し移動していた。


「どうかしたの?」


そばで、周囲を警戒していたジャスティンが訊いた。


「何でもない」


クラークは立ち上がった。握り締めた拳の隙間から、砂がこぼれ落ちた。その感覚に気付き、ぎゅっと握り締めた時にはもう…砂は残っていなかった。


いや、ほんの少しだけが、手のひらに残っていた。


(人の成れの果てか…)


クラークはなぜか…その砂が、ついこの前まで人であったような気がしていた。


「クラーク!」


突然、ジャスティンの口調が厳しくなった。


「どうした?」


ジャスティンの方に顔を向けようとしたクラークの動きが、一瞬止まった。


「な!」


戦慄が背中に走った。


「来る!」


ジャスティンは、砂漠と化した王宮の向こうを睨んだ。


「何だ!?この感じは!」


クラークの体が震えた。その為、手のひらにあった砂は、地面に落ちた。


「ま、魔神!それも、上級クラス!」


圧倒的な魔力が、クラークとジャスティンに浴びせられていた。 それは、意識的ではなく…無意識の気の攻撃のようだが、それだけで2人の自由を奪っていた。


いや、2人ではなかった。


「はあ〜」


クラークの前で、息を吐いたジャスティンは…相手の気にのまれることなく、平常心を保つ為に、呼吸を整え、さらに鼓動を正常に戻していった。


その様子を見て、クラークは笑ってしまった。


(大したやつだよ)


その笑いが、クラークの緊張を解いた。


(まったくな!)


クラークは、腰に下げていた短剣を抜いた。


真上の太陽と自らの影を確認すると、


(影切りが使える!ここには、遮るものがない!)


クラークは構えた。


(先手必勝だ)


影を切ることで、その本体をも切ることができる…特殊能力だが、影が重なっていたりしたら切ることはできなかった。


あくまでも、純粋に切る対象の影だけを切らなければならなかったのだ。


(行くぞ)


クラークは、ジャスティンの後ろに隠れながら、一瞬のタイミングを計っていた。


その時、空間が揺らいだ。


陽炎のように。


「な!」


ジャスティンの肩越しに、その様子を見て、絶句するクラーク。しかし、クラークとは違い、ジャスティンは前に一歩出た。


「やはり…いましたか」


陽炎は二本の炎と化した。


一本は、スーツ姿の男に…もう一本は全裸の女の形になった。


「替えのスーツを一着持っていてよかったよ」


スーツ姿の男は、にやりと笑った。


「こ、こいつは!?」


クラークには、見覚えがあった。


「誰だ?」


震えだすクラークとは違って、ジャスティンは首を傾げた。しかし、緊張感は増していた。スーツ姿の男から感じる魔力が、尋常ではなかったからだ。皮膚が、ピリピリと痛んだ。


「習っただろうが!」


ジャスティンの能天気な答えに、思わず呆れてしまったクラークの震えが、少しだけ治まった。


(そうだ!こんな状況で気落とされたら、一瞬で死ぬぞ)


心の中で自分に言い聞かせると、クラークは大きく息を吐いた。 それから、ジャスティンの背中に隠れながら、呟くように言った。


「騎士団長だ」


クラークの言葉を聞いた瞬間、普通の人間ならば、怯えるはずなのに、


「へえ〜」


と、ジャスティンは言っただけだった。


「お、お前!?」


クラークは、ジャスティンが恐怖で頭がおかしくなったんじゃないかと…心配になってきた。


「いいじゃないか!」


ジャスティンはゆっくりと、腰の重心を下げた。


「あれが、騎士団長なら!倒すことができたら、多くの人間に希望を与えられる!」


不敵に笑ったジャスティンは、攻撃体勢に入った。


「馬鹿か!相手は、神レベルだぞ!」


「だからこそだ!」


ジャスティンは走りだした。一足目から一気に加速し、不動に向かっていく。


「これはこれは〜」


不動は慇懃無礼に、頭を下げた。


「まさか、私に…素手で向かってくる人間がいたとは」


そして、頭をあげると、にやりと口元を緩めた。



「馬鹿か」


クラークもほぼ同時に、加速した。


「炎の魔神に!拳が通用するか!」


クラークの声も、ジャスティンには届かなかった。


「ジャスティン!」


「さあ!どこでもどうぞ」


不動は、両手を広げた。


「は!」


ジャスティンは決して、止まることはなかった。


不動の目の前に来た時、止まるのではなく、全スピードと体重と力を右足に込め、砂の大地を踏み締めた。


砂に埋もれた右足から、返ってきた力を腰から肩に送り、今度は肩から腕に捻りを加えながら、突きだす拳に込める。


不動の鳩尾向けて、突きだしたスピードよりも、今度はさらに速く拳を抜いた。


その瞬間、力だけが空気に伝わり、それが不動に炸裂した。


「チッ!」


ジャスティンは舌打ちした。足場が砂だったこともあり、パワーが数段落ちてしまった。


それでも、空気の渦が不動の着ていたスーツに穴を開け、その先にある不動の体も渦に巻き込まれ、捻られて散り散りになっていく。


「魔神ならば、手加減なしだ!」


ジャスティンは、後方に下がった。


「面白いことをする」


不動の鳩尾に穴が空いた。


「しかし…」


不動は笑った。


「まだだ!」


下がるジャスティンの後ろから、クラークが飛び出して来た。


「喰らえ!」


短剣で、砂に落ちた不動の影を切った。


しかし、切れたのは…かろうじて残っていたスーツの部分だけだった。


「馬鹿目!炎が切れるか!」


不動は叫ぶと、着ていたスーツの残りの生地が一瞬で燃え尽きた。


「くそ!」


慌てて、クラークも後方にジャンプした。


その様子を見ながら、不動は2人に拍手した。


「それでも、なかなか大した攻撃でしたよ」


不動は、まずはジャスティンを見て、


「拳圧で、炎を拡散することも」


それからクラークに目をやり、


「特殊能力での迷いない攻撃も」


満足げに頷いた。


「実によかった」



「クッ!」


クラークは唇を噛み締めた。


「本当によかったですよ!ここに来てね!正解でした!」


不動はさらに激しく拍手をした後、また2人を見つめた。


「王が破壊した直後に、その場所に駆けつける人間は…よっぽどの馬鹿か…相当の実力者のみ」


炎の魔神である不動の目に、氷のように冷たい色が浮かんだ。


「少なくとも…あなた方は、馬鹿ではないようだ」


クラークの背中に、戦慄が走った。再び震えが止まらなくなった。


「ククク…」


不動は含み笑いをもらすと、横に立つ全裸の女に目をやった。


「まだ…目覚めたばかりの我が同胞は、意識がはっきりとしていない」


「何!?」


不動の言葉に、クラークは思わず女の方を向いた。


「クラーク!」


そばにいたジャスティンが、叫んだ。


「フッ」


不動は笑った。


「え…」


クラークが女の方に顔を向けた時、目の前にジャスティンが飛び込んできた。


「完全に目覚めるには、人間を殺すのが、一番だ」


不動は、女を見た。


炎でできた女の髪の毛が、無数の蛇と化していた。


「や、やはり…この能力か…」


クラークの盾となりながらも、ジャスティンは女を見ないようにしていた。


しかし、視界の端に映ってしまったのかもしれなかった。


「ジャスティン!」


クラークは、目の前に立つジャスティンの下半身が…石になっていることに気付いた。


「石化能力か」


ジャスティンは、逸らした目で自分の下半身を確認した。


「素晴らしいだろ?」


不動は両手を広げ、


「炎の能力以外に、こんな能力があるのだよ。彼女が完全に目覚めた時、我々炎の騎士団が、魔王軍最強の部隊になるのだ」


不動はゆっくりと、2人に近付いていく。


「君達は…彼女の礎になるのだよ。名誉なことだろ?」


「何が名誉だ!」


ジャスティンは顔を上げ、不動を睨んだ。


「ほざいたところで…」


不動は楽しそうに、微笑んだ。全身炎の癖に、温度差か何かで多彩な表情をつくっていた。


「君はもう…逃げれない」


「クソ!」


足を封じられたら、ジャスティンの技はほとんど使えない。


「ジャスティン!」


短剣を握り締めるクラークに、ジャスティンは叫んだ。


「逃げろ!お前だけでも!」


その言葉に、クラークはキレた。


「何を言ってる!俺を庇って…こんなことになったのに!」


「それは、俺の勝手だ!戦いの場で、使えないやつは、切り捨てろって!学校で習っただろ!」


「そんなことだけ…覚えやがって!」


クラークの目から、涙が流れた。


「いやあ〜。美しい友情ですか」


不動はまた拍手をした。


「クッ!」


ジャスティンは、不動を睨んだ。


「だけどね。無駄ですよ」


不動は拍手をやめると、2人に微笑んだ後、


「2人とも、生け贄です。我が同胞…炎の騎士団長リンネに、捧げるね」


リンネの方に手を差し出すと、 命じた。


「さあ!2人を殺すのです!」


ただずっと、突っ立ていたリンネの虚ろな目が初めて、動いた。


「…」


その目に、ジャスティンとクラークが映る。


「クソ!」


クラークは、リンネの方を見れなかった。ジャスティンが守ってくれたのに、 見たら…自分も石になる。


舌打ちしながら、ジャスティンは心の中で考えていた。


(チェンジするか?)


親友のジャスティンにも教えていない…クラークのもう一つの姿があった。


その姿になれば、魔力を使えるようになる。


頭の中で、変身した場合でシミュレーションしてみた。


しかし、それでも…この場から逃げれるかどうかだった。


もちろん…ジャスティンを置いてだ。


(できるか!)


即答で否定したが…それと同時に、もう一つの声がした。


(こんなところで…死ぬつもりか?)


その声は、心の中で大きさを増した。


(いずれ…お前は、人間の長になりたいのだろ?)


その声に、クラークは唇を噛み締めた。


(化け物になる前にさ)


自分の声が、自分を嘲た。


「畜生!」


クラークは、実際に声に出した。


ジャスティンの前に立つと、短剣を不動に向けた。


「ジャスティン!お前より先には、死なん!」


「クラーク!逃げろ!」


「黙れ!」


クラークはジャスティンを一喝すると、不動を睨み付けた。


「無駄な…友情ですね」


不動は肩をすくめた。



その時、どこからか…2つの回転する物体が飛んできた。


一つは、一瞬でリンネの頭を吹き飛ばし、もう一つは…不動の周りを旋回した。


「何者だ!」


不動は、周りを見回した。


「あ、あれは!」


ジャスティンの顔が、笑顔になった。


海岸の方から、ゆっくりと白い鎧を纏った女がこちらに近付いて来るのが見えた。


ブロンドの髪を靡かせて…。


「先輩!」


ジャスティンの声に、クラークも海岸の方を見た。


「あれは…」


クラークが気付いた時には、女は目の前まで移動していた。


「モード・チェンジ!」


クラークのそばをすれ違う時、声だけが耳に残った。


回転する2つの物体は、女の手の中で一瞬にして剣に変わった。


リンネの頭は吹き飛ばされたが、炎でできている為にすぐに再生を始めていた。


「は!」


しかし、女の持つ剣が冷気を帯びると、再生始めた脳天から、股下まで切り裂いた。


すると、リンネの体が凍りついた。


「は!は!」


女が何度か斬ると、氷は厚さを増した。


「これで…しばらくは動けまいて」


女はリンネに背を向けると、不動と向き合った。


「き、貴様は!」


不動の表情が、変わる。


「その白い鎧!先程、我が部隊をたった一人で全滅させた…女か!」



「ティアナ先輩!」


ジャスティンの嬉しそうな声に、クラークは目を見開いた。


「あ、あれが…ブロンドの勇者…ティアナ・アートウッド」



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