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第258話 少年

入り口の町を出て、ティアナはそのまま南下した。


さすがに、十字軍本部に近付いていく程に、魔物の気配は皆無に等しくなってきた。


人類を魔物から救うべく結成された十字軍の歴史は、古い。


上空から見ると、十字架の形に見える本部の建造物は、その周りを強固な塀に似せた結界が丸く囲んでいる為に、十字架のペンダントのようにも見えた。


ティアナは、しばらく…十字軍本部の塀の前で立ち尽くしていた。


監視の為に、式神が上空を飛び回っている。ティアナの接近も、本部にはわかっているはずだった。


ティアナは深呼吸すると、本部を囲む結界に手を触れた。


すると、単なる石の壁のように見える結界に、穴が空いた。


この結界に、出入口はない。


本部内からの許しを得た者にしか、道は開かないのだ。



「ようこそ、ティアナ・アートウッド様」


結界を越えるとすぐに、三人の神官が、ティアナを出迎えた。


深々と頭を下げた神官は、三人とも女であった。彼女達は、全身の毛を剃り、神に忠誠を誓うものとしてその身を捧げていた。


「ティアナ様」


真ん中にいた神官が、一歩前に出た。


「つい先程…元老院の本部が、壊滅しました」


「え」


ティアナは驚いた。


「中央にあった王宮も、破壊され…天子様も…」


そこまで言って、神官は泣き出した。


後ろの2人も、泣き出した。


「……壊滅寸前で、元老院から脱出できたのは、5人だけです」


神官は涙を拭い、報告を続けた。


「あなた様のお祖父様であられる…元老院最高議長も、傷を負いましたが、何とかご無事でございます」


「只今…十字軍の作戦本部にて、緊急会議が行われておりますれば…あなた様も…」


と、神官が言いかけた時には、ティアナはもう前にはいなかった。


もう一度、結界を空けると、外に向かっていた。


「ティアナ様!」


慌てて、神官が呼び止めたが、ティアナは止まることはなかった。








「それにしても…」


元老院跡に来た少年は、何もない砂漠と化している状況に、呆然としていた。


「どうやったら…こんな状態にできるんだ」


元老院は、小国ぐらいの大きさがあったはずだった。


なのに、何もなくなっているなんて。


一応周りを確認してみるが、地平線の彼方まで何もない。


後ろを向くと、地中海が遠くに見えた。


「神レベルの仕業だな」


少年から数十メートル離れた場所で、日除けようのフードを被った少年がしゃがみこみ、足下の砂を掴むと、手のひらを広げて、砂粒を確認していた。


「一瞬で…粒子レベルまで、分解されている。ここに堆積されている砂は、元老院の建物や…人間の成れの果てだ」


「え!?」


その言葉に驚き、慌ててその場から離れようとする少年の動きに、フードの少年は笑った。


「ここまで分解されれば…単なる砂だ。例え…何であったとしてもな」


フードを取ると、まだあどけなさが残る顔をしかめた。


日差しを防ぐ建物もない為に、真上にある日光が直撃していた。


「チッ」


舌打ちすると、再びフードを被った。


「ジャスティン…。お前は、眩しくないのか?」


砂を避けることをやめると、足下に向かって、手を合わせる少年に訊いた。


少年の名は、ジャスティン・ゲイ。


フードを被った…色白の少年の名は、クラーク・パーカー。


「鍛えているから」


胸を張るジャスティンに、クラークは顔をしかめた。


「理由になるか」




元老院本部の消滅はすぐさま…十字軍にも報告された。


しかし、その消滅の仕方から、攻撃した相手を確定した十字軍本部は、隊を動かすことをしなかった。


もし、出撃したところで…全滅するだけである。


それよりも、元老院の消滅により失った立法と政治の権限を、十字軍に持ってくる方が大事だった。


権力の集中。


失ったものよりも、これから得るもののことを考えて、十字軍本部は慌ただしく動いていた。


だから、この地に来たのは…ジャスティンとクラークの2人だけだった。


彼らも一応は、十字軍に在籍していたが、まだ少年部隊の所属であり、正式には入隊していなかった。


それでも、彼ら2人の名を知らぬ者は、十字軍にはいない。


十字軍付属の士官学校では、つねにトップの成績を誇るクラーク。


そのクラークに、成績で並ぶだけではなく…格闘術ならば、士官学校で無敵を誇るジャスティン。


2人は別格だったが、問題児でもあった。


特に、ジャスティンには、問題があった。 彼は極力…魔法を使わなかったのだ。


あくまでも、素手で戦うことへの拘りは凄まじく…魔法を使って、相手を倒していく模擬戦で、一切魔法を使わずに、優勝したのだ。


しかし、クラークだけは知っていた。


本当は、魔法のエキスパートであることを。


何度か魔物と遭遇して、戦った時…その魔物が、魔神レベルだった場合、ジャスティンは何度か、魔法を使っていた。


それで勝ったとしても、彼は喜ばなかった。ただ己を恥じた。そして、さらに鍛え、つねに自らのレベルを上げていった。


いつの頃か、甘えになると言って、妖精との契約を解除した。


今は、ほぼ魔法を使えない。それなのに、そばにいるだけで安心させる強さを、ジャスティンは手に入れつつあった。


クラークは、砂に手を合わせるジャスティンをじっと見つめていた。


一方、クラークはと言うと、決して人前では見せない特殊能力を持っていた。


自らでは、魔力を発生することのできない人間でありながら、魔力を使わない特殊能力を持つことは、素晴らしいことである。しかし、クラークは決して見せることはしなかった。


成績で目立つクラークである。それ以上の能力を持っていると悟られれば、人々は嫉妬以上の感情を持つことになるであろう。


じわじわと、魔王によって…魔法が使えなくなって来ているからだ。


クラークの能力に関しては、十字軍の一部の上の者しか、その事実を知らない。


そして、クラークにはもう一つの顔があった。


いや、使命と言ってもよかった。


クラークは、ジャスティンを凝視した。


(特異点を見張れ)


それが、クラークに課せられた任務であった。


特異点とは、一般的な基準があったとして、その基準が当てはまらないもののことをいう。


人間なのに、それ以上の力を持つ者。


つまり、そこからはみ出した者のことを指していた。


十字軍は、特異点として…ティアナ・アートウッドを認定しており…さらに、ジャスティン・ゲイにも、その可能性を危惧していた。



しかし、実際的なる特異点は、人間と魔王の子であるライこそが、相応しく…さらに、のちに生まれるアルテミアもまた、特異点としての存在意義を持っていた。


ティアナもジャスティンも、人のレベルを越えた強さを持っているが、パーソナリティは人間であった。


人間である。そこから、はみ出したり、外れた訳ではない。


それならば、クラークもまた…特異点として認識されなければならないが、彼には実験体としての一面があった為に、それほど危険視はされていなかった。


(特異点が、人間の為に戦うならばよいが…それ以外ならば…)


クラークに命令を下した人物の言葉を、思い出していた。


(抹殺せよ!やつらは、魔物よりも危険だ。人類という種の根幹に関わることだ)


その人物は、のちの安定者になる。


そして、彼らのその考えが、ティアナ・アートウッド抹殺へと繋がっていくことになる。


だが、それは数年後のこと。


今は、まだマジックショックの初期段階であり、十字軍も特異点にかかりきりになっている暇はなかったのだ。


ティアナが提示した…カードシステムの実現もされていない。


まだ時代は、ティアナを必要としていた。


そして、彼女も…ジャスティンも、これから起こる激動の運命を知るはずもなかった。


ただ…人々の為に戦う。


その思いだけで、真っ直ぐに突き進んでいるだけだった。




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