第256話 接触
「それにしても…」
魔界の入口に陣取る、十字軍の前線基地を尻目に…ティアナは、その先にある町を目指していた。
もし基地が壊滅した場合、町もまた全滅することは、目に見えて明らかだった。
それでも、そこに町をつくったのは…前線基地からの兵士の需要を考えてだ。
魔界への最重要拠点でもある為に、兵士の数は多い。
「命懸けか…」
ティアナは町に入った。
「ふゅ〜」
町は一応、フェンスで囲まれていた。入口の門にもたれ、ウォッカの酒瓶をラッパしている男が、ティアナを見て口笛を吹いた。
魔界の入口にある町である。
そんなところに住む人々に、まともはいない。
緊張感を持ち…ギラギラと目を輝かしている者よりも、どこか怠惰で、退廃的な雰囲気を持っている者が多い。
町に少し入っただけで、痛い程にそれがわかった。
その雰囲気は、建物からも出ていた。
埃だらけの看板や、曇った窓…傷んだ外装から漂っていた。
(何かあったら…いつでも町を捨てれる為か)
ティアナはそう判断すると、水と食料を求めて、一番まともそうな店構えを探し、中に入った。
外の様子と違い、中は異様な活気に溢れていた。殺気に近い。
ティアナは、丸テーブルが並ぶフロアの中央を通り、奥にあるカウンターに向かった。
別に、長居する気はない。
燃料を補給したら、さっさと十字軍の本部に向かうつもりだった。
しかし、ティアナが店内に入った時から、ざわめきがわき起こっていた。
ティアナはカウンターに行くまでの間、視線は前に向けながらも、店内にいる客達をチェックしていた。
各々の武器を横に置き、着ている服もラフではなく、鎧を身に付けているものが多い。
明らかに、つい先程まで戦闘体勢であったことが伺えた。
ティアナは、カウンター内にいる店員に微笑むと、水と一番早く出せる料理を頼んだ。
「パンとハムになりますが…」
カウンターに並べていた食器類を、棚に移し替えていた店員が振り返った。
「それでいいわ」
ティアナは、笑顔で頷いた。
水が先に出された。
前にグラスを置くとき、店員はちらりと、ティアナを見た。
だけど、すぐに横を向くと歩きだし、カウンターの左端にある厨房の入口の中に消えた。
ティアナはグラスを手に取ると、口に運んだ。
湧き水だと思われる水は、のど越しがよかった。
皮肉なことに、魔界に近い方が水が美味い。
一度グラスをカウンターに置いたティアナは、後ろから感じる視線に気付いていた。
ティアナの武器であるチェンジ・ザ・ハートは、常に携帯しなくてもいい為、彼女はいつも丸腰である。
身に付けている白い鎧と、下着くらいしか…荷物といえるものはなかった。
だから、こんな場所で、女1人が丸腰でいることは、違和感しか与えなかった。
気にせずに、ティアナは再びグラスに手を伸ばした。
その時、店の扉が再び開いた。
「あの女は?」
入ってきたのは、本陣横のテントにいた褐色の男だった。 どうやら、ティアナを探しているらしい。
店内にいる客達が、ひそひそ声で話していた。
「やはり…あの女は…」
「間違いない」
そんなやり取りを聞きながら、褐色の男はティアナを探す。 いや、探す程でもなかった。 すぐに見つかったからだ。
後ろ姿でも目立つ…美しきブロンドの髪が、店内の何よりも輝いていた。
褐色の男はにやりと笑うと、カウンター向かって一直線に歩きだした。
「お待たせしました」
ティアナの前に、皿に乗ったパンとハムが出されたのと同時に、男はティアナの横に立ち、カウンターに手を置くと、店員に笑いかけた。
「俺には、酒をくれ!隣の勇者様のおごりでな」
「!?」
ティアナは驚き、横の男を見た。
ティアナ以外誰もいないカウンターで、わざわざ隣についたことも驚いていたのに…さらにおごれとは…。
この男…頭がおかしいんではないかという目を向けるティアナに、褐色の男はにっと歯を見せて笑った。
「いいだろ?あんたのせいで、仕事なくなったんだからよ」
傭兵である褐色の男は、魔物を殺して…生計を立てていた。
今回のように、ティアナ1人で片付けられたら、おまんまの食い上げである。
店員は、ティアナの返事を待たずに、褐色の男の前に酒を出した。
「俺の失業祝いと…あんたとの出会いに、乾杯」
勝手に置いてあるティアナのグラスに乾杯すると、褐色の男は一気にグラスの中身を飲み干した。
「ふう〜」
息を吐くと、グラスをカウンターの上に置き、ティアナの横顔を見つめながら、
「俺の名は、グレイ・アンダーソン」
名前を告げた。
「…」
ティアナは前を向いたまま、何も言わない。
「フッ」
グレイは軽く肩をすくめると、カウンターの中にいる店員に顔を向け、
「おやじ!お会計だ」
「え…」
グレイの言葉に、ティアナは少し驚いた。
「お隣の食事代と…あとで、酒を一杯だしてやってくれ」
「……どういう意味?」
初めてグレイに顔を向けた瞬間、ティアナの唇に…グレイの人差し指が触れた。
「勘違いしないでくれ。一杯は、おごられるぜ」
グレイは笑い、グラスを指で突いた。
「これは、俺の失業分だ。そして、あとはお礼だ」
セラミック製の鎧の隙間から、財布を取り出し、
「今回の敵は、騎士団だった。まともにやりゃ〜あ」
後ろのテーブルに座る客達を見回し、
「俺の含め…ここにいるやつの殆どが、死んでいた」
最後にティアナを見た。
「ありがとうな」
グレイは金をカウンターに置くと、
「じゃあな…勇者殿」
ティアナの隣から離れた。
だけど、少し歩いてから振り返り、
「できれば、また…あんたを会いたいな。戦場以外でな」
笑顔で手を振ると、店の外へ向った。
グレイが扉を締めたのと同時に…ティアナの前に酒が置かれた。
ティアナのその酒の入ったグラスを見つめ、ため息をついた。
「あたしは未成年なのよ」