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天空のエトランゼ 零章 ホワイトナイツ編 第253話 人神

「何ですと!?」


元老院の中にある王宮に、激震が走ったのは…まだ太陽が昇らぬ早朝だった。


有史以前から、魔界と言われる…完全に人が住めない地域から、離れた場所に建築された元老院本部。


その場所は、実世界でいうエジプトに近かった。


海を渡り、ヨーロッパ大陸のギリシャには、十字軍(のちの防衛軍)の本陣が置かれ、魔界よりの侵攻があった場合、盾になるようになっていた。


そして、魔法と政治を司る元老院には、人類を束ねる象徴として…神がお住まいになられていた。


神といっても、人間である。


なぜ人間を神として、崇めまつるのか…。


その理由はいたって、簡単である。


食物連鎖の頂点ではないこの世界の人間は、自らの中に神をつくることで、意識的に…魔物達を否定したのだ。


弱い肉体と大した能力もなく…精神的にも脆弱な人間が、この過酷な世界で、プライドを保っていく為には、自らが…世界の支配者だと思い込まなければならなかったのだ。


例え…偽りでも。


「人神で在らせられるシャーウッド様が、お亡くなりなるとは…」


「この時期の崩御は、民衆の志気を下げる!」


大理石で造られた回廊を歩く2人の神官。


彼らは、王宮に向かっていた。


四国ぐらいの大きさがある元老院は、宇宙からもその姿が見えた。


実際は、外観の殆どが壁の形をした結界である。


もしもの時を考え、他の地域の人間が絶滅した場合、再び繁栄する為の最低限の人類が、その中に住まわされていた。


中央の王宮を中心にして、円が外に住むほど…身分が違うといわれていた。


実際、多くの人々は…もしもの為のモルモットであった。


元老院内に住む人間の数は、一定数が決まっており…中の人間が死んだ場合のみ、外から新たに人員を補助されていた。


新しい人間が生まれた場合は、年寄りから排除されていたが…そのことは、催眠術や魔法を使い、自然死ですまされていた。


外の人間は、エリートと呼び…元老院内の人間になることを望んだ。


彼らが、モルモットであることなど知らずに…。


それにだ。


そのような守られた空間で、人は強くなることはない。


元老院の盾として結成された十字軍のトップ達は、それを危惧し…戦う為の力を蓄えようとしていた。


しかし、事態は…どちらにもよくは進んでいなかった。


新たなる魔王…ライにより、人類は戦う術…守るべき場所を失いかけていた。


たった1人の救世主が現れるまでは…。







「何を騒いでおるか!」


回廊を急ぐ2人の神官の前に、白髪の男が立ちふさがった。


2人の神官の装束は、白一色であるが、白髪の男が身につける装束には、金の刺繍が施されていた。


「こ、これは…アートウッド様」


2人の神官は足を止めると整列して、深々と御辞儀をした。


「シャーウッド様が、お亡くなりになられたからといって、狼狽えるのではない!」


神官達を見下ろしながら、アートウッドと呼ばれた男は声を荒げた。


「し、しかし…民が狼狽えまする故に…」


神官の1人がそう言うと、アートウッドは鼻を鳴らし、


「新しい人神は、明日にでも、即位なされる!」


口答えをした神官を睨み付けると、


「それに、民は…人神に忠誠を誓っているのではない!この土地に、すがりついておるのだ!」


声を圧し殺して、叫んだ。


「そ、その通りで、ご、ございます」


しどろもどろになるながらも、頷いてみせる神官達。


そんな神官に目を細めると、アートウッドは言葉を続けた。


「例え…魔王が、何をしょうと、ここの結界を破ることはできん!それに、この王宮の中には、沢山の聖霊や妖精を囲ってある!魔力に困ることはないわ!」



魔王ライは、人間を追い詰める為に、聖霊や妖精達を死滅させる毒をばらまいた。


その目的は、明確だった。


人に魔法を、使わせないようにする為だ。


その毒は、一度に撒布された訳ではなく、毎日じわじわと一国づつ撒かれていた。 時間をかけて。


「どうして…魔王は、一気に撒かくないのでしょうか?」


2人の神官を従え、改めて 王宮へと向かうアートウッドは、フンと鼻を鳴らした後、


「理由はしらん。だがな…わかるような気もする」


顔をしかめた。


「と、言いますると?」


神官の1人が、首を捻った。


アートウッドは前方を睨み付け、


「やつは…人間というものを知っておるのだ」


「人間…?」


また首を捻る神官。


「そうじゃ…」


アートウッドは頷き、


「一気に全滅させるよりも、じわじわとゆっくり味合わせた方が…人の恐怖は増す」


迫ってくる恐怖。


今まで使えていたものが、使えなくなる。


そのことに関する対処法もなく、防ぐことができないとわかっていたら…人はただ、怯えるしかない。



「打つ手は、ないのでございますか?」


神官は、外の民衆のことを考え、ぶるっと身を震わせた。


「そ、そう言えば!」


今まで口を閉ざしていたもう1人の神官が、何を思い出した。


「つい最近!聖霊達の力を使わなくても、魔力を使える方法があると!学会に、研究を発表した者がいましたが…」


「そんな発表があったのか!」


ぱっと明るくなる神官。


「確か…名前は…」


首を捻るもう1人の神官。


「フン」


そんな神官達の会話に、鼻を鳴らした後、アートウッドは口を開いた。


「ティアナ・アートウッド…。わしの孫だ」


「え!」

「え!」


驚きの声を上げる神官達。


「じゃあがな…。あんなものは、机上の空論だ!」


アートウッドは、声を荒げた。


「た、確か…お孫さんはまだ…お若いはずでは?」


「17…いや、もうすぐ18になるか」


アートウッドは顎に手を当て、考え込んだ。


「ティアナ・アートウッド…。あの才女か」


神官は、納得した。



ティアナ・アートウッドは八歳までに、大学を卒業しただけではなく…博士号を取得した。


だが…それだけならば、単なる天才である。


彼女が凄かったのは、そこからである。


末は、元老院のメンバーに確実になれると、将来を約束されていた身でありながら、彼女はここを飛び出したのだ。


その理由は、簡単だった。


頭を鍛えるのは、どこでもできる。


だけど、体を鍛えることは…ここではできない。


若干七歳の少女が、ペンを剣に持ち変えて、単身で野に出たのだ。


ほぼ…家出に近かった。



元老院の長老である彼女の祖父…ゲイル・アートウッドの力で、ティアナの行方を捜索したが、まったく足取りを掴むことはできなかった。


しかし、彼女の名は…一年後、元老院にも知れ渡ることになる。


勇者…ティアナ・アートウッドとして。


魔法をまったく使わずに、剣だけで魔物を倒す…剣士として。


まだ十歳にならないのに、魔神と互角に戦っただの。 辺境の国を襲った魔物の大軍を、たった1人で殲滅しただの。


その話題は、人々の間で話題になり…いつしか、勇者ティアナ・アートウッドの名は、民衆の中に広がっていった。



「そう言えば…ここ数年は、伝説の武器を探して、世界中の秘境を巡っていたと」



「バンパイアキラーか…」


ゲイル・アートウッドは、呟くように言った。


「そう言えば…その研究を、さらに詳しく説明する為に、ここに数年ぶりに戻ってくると」


「それが…戻って来ておらんのだ!!」


ゲイルは思わず、大声を出した。


「ヒィィー!」


あまりの剣幕に、神官達は足を止めた。


「あのじゃじゃ馬め!どこで道草をくっているやら…」



そうこう話している間に、3人は回廊を抜けた。


結界が空も被っている為に、晴れているといるのに…見上げれば、天は薄暗かった。


なのに、前を向くと眩しい。


王宮と言われる建物は、ピラミッドにそっくりであるが…表面が違った。


金を合成して、積み上げた姿は圧観であるが、どこか悪趣味だった。


しかし、人間が欲望でつくったとすれば…とても似つかわしい姿だ。


「行くぞ」


回廊を出ると、王宮の周りが大量の砂で守られており、一般の人間が足を踏み入れれば…あっという間に、砂の中に沈んでしまう。


掴むところもない為に、二度と浮かび上がることはない。


しかし、神官以上の人間が、砂の岸辺に立てば…王宮から黄金の橋が伸びてくるのだ。



橋を渡り切っても、王宮には入口がない。


その中にいる聖霊達を逃がさない為でもあるが、浸入者を防ぐ為でもあった。


ゲイルが王宮の壁に手を触れると、空間が裂け…入口ができた。


中に入ると、ゲイル達は遺体が横たわる…神の寝室と言われるピラミッド型の王宮の中心に向かわずに、最下層を目指した。


聖霊や妖精が、閉じ込められたフロアよりもさらに下。


そこには、小さな部屋があった。


金ではなく…単なる石でできた部屋。


ゲイルは、鉄の扉をノックした。


暖がない為、扉は叩くだけでも冷たかった。


「失礼しますよ。巫女殿」


ゲイルは扉を開けると、ローソクの光だけに照らされた部屋に入った。


その部屋には、さらに部屋があった。


いや、それは部屋ではない。檻だ。


「いや…。もう今日からは、こう言うべきですね」


ゲイルは、檻の中で木製の粗末な椅子に腰かけている少女に、笑いかけた。


「人神様と…」


深々と頭を下げたゲイルを、少女は見ようともしない。


ゲイルは頭を上げると、服から鍵を取りだした。


「さあ〜!今日から、あなたは神です!人類で一番、偉い存在になるのです」


檻を開けると、少女に手を差し伸べた。


「参りましょう。アスカ・シャーウッド様」

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