第3部 さよなら..アルテミア 第24話 激突!
世界中に、警報が鳴り響いた。
伝令式神達が忙しく飛び回り、魔法通信のほとんどが、2人の魔力に影響され、つながらなくなった。
スイス辺りから、飛び立った2つの黒い塊は、最初はすべてを凍らせ、次はすべてを融かし、燃やした。
万年氷山も氷が融け出し、まるで雪崩のような大量の水を発生させ、麓の村を壊滅させた。
被害は、それだけですみそうになかった。
2人の女神が、どこに向かっているかわからないが…彼女達が通った所は、みんな死ぬ。それだけが、確かにわかっている正しい情報だった。
「どうします?応戦しますか?」
暗い…何も見えない空間に浮かぶ8つの白い椅子に、腰掛ける8人の安定者。
ギリシャにある魔法管理局の最深部にある安定者の間。そこで、8人の安定者は、衛星軌道上に配置された式神監視衛星から送られてくる映像を、直接頭の中で見ていた。
「この近くを、通ることになりますが…」
ジャスティンの言葉にも、他の賢者は反応を示さない。
ジャスティンと同期であるクラークだけが、他の賢者達を観察し、反応を探っていた。
「機動隊を出しましょうか?何なら、私が出ますが…」
席を立とうとしたジャスティンを、1人の賢者が手で制した。
目深に被った白いフードの為、相変わらず表情はわからないが…見える口元を覆った白い髭が、年齢を窺わせる。
(一体…こいつは…何年…いや、何百年生きていることやら。他のやつも、素性一つわからない)
表情を変えず、一応心にフィールドをかけながら、クラークは心の中で、他の6人の不気味さに毒づいた。
「ジャスティンよ…お前は、安定者になって、まだ日が浅い」
老人と思われる安定者の隣の賢者も、口を開いた。
「我々、安定者は直接動く存在ではない」
(馬鹿か…だったら、何の為の無限の魔力なんだ)
安定者は全員、ブラックカードと言われる特殊カードを持っていた。他の人間のように、いちいち魔物を倒したり、働いたりして、ポイントを稼ぐ必要がなかった。
ポイントはほぼ、無制限に使えた。
戦士が倒したり、市民が働いたポイントの三分の一は、魔法管理局に自動で、搾取されることになっていた。
つまり、税金みたいなものである。
無制限といっても、人間がいなくなれば、ポイントは入らなくなる。
だから、最低限は、守らなくてはならない。
魔法管理局…そして、防衛軍は、その為にあった。
「今回のやつらの目的は、わかっている」
老安定者は、椅子から立ち上がった。
「全国民のカードに、一斉送信!女神の動きを、逐一伝えろ」
老安定者の言葉に、ジャスティンは驚き、思わず椅子から立ち上がった。
「そんなことをしたら、パニックになります」
「いいんじゃよ…。すぐにあぶり出せる」
老安定者の口元に、いやらしい笑みが浮かぶ。
「あぶり出す?」
ジャスティンは訝しげに、老安定者を見…やがて…その思惑に気付いた。
「天空の女神か…」
思わず拳を握り締めたジャスティン。
(ククク…)
6人から、含み笑いが漏れた。
ジャスティンは崩れるように、椅子に座った。
そして、目を瞑り、唇を噛み締めた。
(こいつらは…国民のことなんて考えていない)
「いいではないか!必ず、三人の内、誰かは死ぬ。我々が、手を下さなくても」
老安定者は、ジャスティンに目をやった。
「アルテミアは、我々の…人類の味方です!」
ジャスティンの言葉に、6人は鼻で笑った。
「所詮。やつも魔王の娘」
「1人くらいは、道連れにして殺してほしいわ」
「あやつは危険だ」
安定者達の言葉に、ジャスティンは絶望した。
(こいつらは…自分のことしか考えていない)
民間の勇者レベルが、何人か立ちはだかり、女神達の通り道になる町の駐屯部隊は出撃した。しかしすべて、一瞬で壊滅した。
(せめて…天空の女神よ。早く気付いて、倒してくれ)
ジャスティンの切なる願いに、何かが呼応していた。
異世界に舞い降りた僕のカードが、いきなり警報を告げた。
制服の胸ポケットから、カードを取り出すと、ディスプレイが赤く輝いていた。
レッドサイン。
「赤星!変われ」
そのサインが緊急事態であることを、僕でも理解できた。
僕はアルテミアの言葉に頷くと、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
指輪から溢れる光が、僕を包み…その光を切り裂くように、アルテミアが現れた。
僕が降り立った場所は、アルテミアが天空の騎士団と戦ったところの近くだった。
海岸線は抉れ、巨大なクレーターは海の一部となっていた。
地形を一瞬にして、変える程の破壊力。
アルテミアは周りを見回すと、カードに目を落とした。
僕は、アルテミアの様子がおかしいことに気付いた。
いつもの激しさがない。
「アルテミア…どうしたの?」
アルテミアは、カードを胸の谷間に差し込むと、北西に体を向けた。
「やつらが来る」
アルテミアの全身に、緊張が走っているのがわかった。
「やつら?」
アルテミアは両手を握り締め、前方を睨んだ。
「マリーとネーナだ!」
「マリーとネーナ…」
僕は言葉を反芻し、その人物を思い出していた。
冷徹な笑みを浮かべる女と、猫耳…のメイド。
それは、この世界での最初の恐怖だった。
「その2人って…」
僕は震えだした。
アルテミアは頷き、
「ああ…あたしの姉…女神達だ」
両手にチェンジ・ザ・ハートを装備すると、すぐに槍タイプに変えた。
「赤星…。お前に、ちゃんと話していなかったな」
アルテミアは目を瞑り、一度…緊張を解く為に、大きく深呼吸をした。
「あたしの父は、魔王ライだ。あたしは…魔王と人間であるティアナ・アートウッドの間に、生まれた」
「人間…」
魔王の娘であることは、今までの出来事で何となく分かっていた。
母親のことも。
(天空の騎士団が、言っていたし…)
でも、アルテミアの口から直接聞くと、重みが違う。
「ホワイト・ナイツのティアナ…あたしの憧れ…。伝説の勇者だった。あたしは、お母様のような勇者になりたかった」
アルテミアは、槍を脇に挟み、軽く腰を下げた。
「だけど…あたしは、勇者になれなかった。人々に嫌われ…ただ、魔物を倒すだけでは、駄目みたい」
アルテミアは、小声でモード・チェンジと呟いた。
アルテミア最強のモードであるエンジェル・モードに、変わる。
「あたしは、お母様のような勇者になりたかったけど…町を破壊し、ただ殺しただけ…。この前だって」
アルテミアは、ゆっくりと気を溜めていく。
「あんたの学校を…みんなを殺そうとした…」
「アルテミア…」
「あたしは…魔王の娘。お母様と同じ…人間にはなれないのかも…」
「何言ってんだよ」
アルテミアの話し方は、まるで…最後みたいだ。
「アルテミアは、人間だよ」
「赤星…」
アルテミアはフッと笑った。
「あたしに何かあっても…あんたは、大丈夫。もとの世界に戻れる」
「え…」
「あたしの姿の時に、あたしがやられてもね」
「何言ってんだよ!アルテミアが、やられる訳がないじゃないか!」
僕の叫びに、アルテミアは悲しげに微笑んだ。
「ありがとう、赤星。だけど、あたしは…あいつらに勝てない。魔神にも、かなわないくらいだからな」
「でも…アルテミアは」
アルテミアは上空に飛び上がり、足元の抉れた地形に目を落とした。
「あたしは、女神としての力を捨てた…いや、封印した」
「封印?」
アルテミアの言葉の意味が、わからなかった。
「バンパイヤであるあたしは、その姿でいる為には…必ず、人の血を吸わなければならない」
雲一つない青空に、天使の白い2枚の翼が広がり…海となった土地の水面に、影を落とす。
「…吸いたいという衝動を抑えられない。だから、あたしは、人間にモード・チェンジしている」
「アルテミア!」
思わず叫んでしまった。僕にも感じられる程の凄まじい魔力がこちらに向かって、迫ってきていた。
「せめて、人間として…」
アルテミアは前方を睨み、叫んだ。
「死にたい!」
「アルテミア!駄目だ!」
僕の声も、もうアルテミアには聞こえない。
迫り来る女神達に向かって、アルテミアは飛んでいく。
「A Blow Of Goddess!」
アルテミアは、女神の一撃を放った。
しかし…肉眼で、何とか確認できる距離まで接近したマリーに放たれた電撃は、軽く片手で弾き返された。
海に落ちた雷撃は、凄まじき水柱を上げ、海中で四散した。
「ひさしぶり」
近付いてくるマリーの姿は、赤い瞳に、にやけた口元から覗く牙…蝙蝠の羽といい…悪魔そのものだ。
アルテミアは、空中でブレーキをかけた。
足元の海から、無数の氷柱が飛び出してきて、アルテミアを下から狙う。
アルテミアは反転し、来た道を戻る。
チェンジ・ザ・ハートを投げ、氷柱を叩き落としながら。
「ここでは、不利だ」
できるだけ、海から離れないといけない。
海岸線を越え、できるだけ半島の奥へ。
なぜか、マリーはゆっくりと追ってくる。
天空の騎士団と戦った場所から遠く離れ、半島の中央近くに来ると、地面に着地する為に翼をたたんだ。
その時、下りていくアルテミアの真下の地面が割れた。
「くそ」
アルテミアは翼を広げ直し、後方にジャンプした。
地面の割れ目から、マグマが噴き出した。
「何だ!」
前線を下げ、結界を張っていた防衛軍は、遠くから見える火柱と、遠く離れた結界を震わす程の魔力の余波に、騒然としていた。
「魔神の次は…女神だと」
簡易プレハブで作られた司令部の作戦室で、最高司令官は頭を抱えていた。
「司令!」
作戦室のドアを開けた兵士に、司令官は観念したように口を開いた。
「わかっておる…。そう慌てるな。ここにある戦力では、女神を倒せん。逃げることもな…」
司令官は顔を上げ、椅子に深々と座り直した。
「我々は…女神のきまぐれを期待するしかない」
ここを見逃してくれるという…甘い期待だけを抱きながら。
「このプレッシャーは…」
足ががくがくと震え、前に進もうにも、ロバートは動けなかった。
「レベルが違い過ぎる!」
アルテミアを助けにいきたかったが、行っても…足手まといか…すぐ殺されるだけだ。
最下級の魔神となら、やり合えるレベルまでにはなれた。
ロバートは、アルテミアが女神とやり合う時、サポートくらいはできると思っていた。
サーシャの戦闘力は、それくらい凄くなっていた。
だけど、今ここまで伝わる魔力は…。
「噂には聞いていた…女神の解放状態…」
ロバートは、次々に立ち上る火柱を遠くからただ、見つめることしかできなかった。
「ライ様…始まりました」
闇の間で玉座に座るライ。その目の前の闇が、さらに暗くなり、質量を持った闇に変わった。
「そうか…」
闇から滲み出たように、ラルが現れて跪く。
「このままでは…天空の女神は死にます」
ライは、ずっと目を瞑っていた。
「王よ」
ラルは、頭を下げた。
「構わぬ」
ライは一言だけ言うと、まったく動かない。動揺もない。
ラルは、ライの言葉を聞くと、もう一度頭を下げ、そのまま…その場から消えた。
ライだけが、闇に包まれ、座り続けていた。
「アルテミア…」
地に伏せ、翼をもがれ、体中に無数の傷が走り…アルテミアは力尽きていた。
あらゆる攻撃が解放状態のネーナとマリーに通じず、カードの残高は…1になっていた。
チェンジ・ザ・ハートを握る力も、アルテミアには残ってなかった。
「もう終わり…」
「つまんなあ〜い」
ネーナは欠伸にしながら、アルテミアの前に着地した。
「ヒィィィ!」
アルテミアは、視線の端にネーナの足が見えた為、低い悲鳴を発し、地を這いながら、後ろに逃げた。
「惨めね」
すると、後ろにマリーが下り立ち、進路を塞ぐ。
「ヒィ」
アルテミアはパニックになり、逃げれるところを探す。
もうアルテミアに、戦う力も意志も残っていなかった。
心が折れてしまっていた。
「よくもまあ〜こんなレベルで、お父様と戦えたわね」
マリーは鼻で笑いながら、逃げようと這い回るアルテミアの脇腹に、蹴りを入れた。
「ぐえ」
もうアルテミアではない。
「飽きたわ」
ネーナは、両手の甲につけた鉤爪を、震えるアルテミアの首筋につけた。
「こんなやつを、軍勢を率いて相手する程でもなかったわ」
ネーナは、アルテミアの首を跳ねようとする。
「死ね」
「モード・チェンジ!」
ピアスから、僕が叫んだ。
ネーナの鉤爪は、地面に突き刺さった。
アルテミアから、僕に変わるとともに、慌てて地面を転がって攻撃を避けた。