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第251話 終無

「理香子!きいて!」


「昨日は、逃がしたけど!」


まだ学校が始まらない早朝。



あたしと九鬼は、戦っていた。


いや、九鬼は防戦にまわっていた。


乙女プラチナとなったあたしを説得しょうとしているが、無駄だった。


「く、くそ!」


仕方なく乙女ブラックになった九鬼を見て、さらにあたしはキレた。


「その力で!中島を!」


乙女プラチナの渾身の一撃が、乙女ブラックをふっ飛ばした。


「返してもらおうか」


地面を転がった九鬼は、乙女プラチナを見て、唖然となった。


「理香子?」


様子が違った。


凍りつくような冷たい視線が、九鬼を射抜いた。


針のように、鋭く尖ったものが胸から…心臓を貫き、背中から出ていった。


それは、物理的な攻撃ではなかったが、九鬼の動きを完全に止めた。


次の瞬間、黒い乙女ケースは…乙女プラチナの手にあった。


「終わりだ」


動けない九鬼に、向かって拳を握り締めながら、近付いてくる乙女プラチナ。


変身が解け、生身の状態に戻った九鬼に、再び乙女プラチナの攻撃を喰らえば…確実に死ぬ。


「中島の痛みを思い知れ!」


乙女プラチナは、中島がやられたように、拳で体を貫こうをする。


「理香子!」


その時、2人に向かって、里奈達が走って来た。


「装着!」


一斉に変身し、スピードを増したが、乙女プラチナの拳を止めることはできない。


「駄目!間に合わない!」


全力で走りながら夏希が嘆くと、一番後ろを走る蒔絵が軽く舌打ちした。


「仲間内で、揉めるんじやねえよ!」


乙女グリーンである蒔絵の眼鏡が光り、光線が放たれた。


光の速さで、乙女プラチナの横腹に当たった。


「な!」


攻撃を受け、乙女プラチナの体が揺らいだ。


「今だ!」


乙女プラチナが体勢を立て直す前に、乙女レッドと乙女ブルー、乙女ピンクが九鬼の前に立った。


「止めて下さい!理香子様!」


乙女ピンクである桃子が、必死に懇願したが…乙女プラチナは鼻で笑った。


乙女グリーンの光線にも、まったくダメージを受けていない。


「九鬼!逃げて!早く!」


乙女レッドである里奈が、何とか立ち上がった九鬼に叫んだ。


「あたし達が、時間を稼ぐから」


乙女ブルーの夏希が、乙女プラチナに向かって構えた。


それを見て、乙女プラチナは笑った。


「笑止!」


そして、右手を突きだすと、指を広げた。


次の瞬間、里奈達の変身が解けた。


「な…」


絶句する里奈。


「そ、そんな…」


変身が解けた意味がわからない夏希は、おろおろと自分の姿を何度も確かめた。


「り…り、理香子様なの?」


理香子信者である桃子には、目の前に立つ乙女プラチナが、理香子には思えなかった。


「我に…糾なすとはな!」


乙女プラチナは、里奈達を睨み、


「殺されなくなければ…そこをどけ!」


凄まじいプレッシャーを与えた。


里奈達は、動けなくなった。


「今は…そいつを殺すことが、最優先だ」


乙女プラチナは、里奈達の間を通り、九鬼へと真っ直ぐに向かう。


「り、理香子…」


九鬼は近付いてくる乙女プラチナを見て、顔をしかめ目を瞑った後、覚悟を決めた。


かっと目を見開き、乙女プラチナに向かって構えた。


このまま…誤解で、死ぬ訳にはいかない。


「馬鹿か!貴様は?」


構えた九鬼の前に、乙女グリーンが立った。


「敵う訳がないだろが!」


乙女グリーンは、乙女ケースを突きだし、


「時間を稼ぐ!その間に逃げろ!」


「馬鹿目!」


乙女プラチナが、また手を向けようとした。しかし、余裕からか…動きが遅い。


「兵装!」


手のひらを開くまでのほんの数秒に、乙女グリーン蒔絵はかけた。


二本の砲台を肩につけた姿になった乙女グリーンは、眼鏡のビームとともに、次々に光線を発射した。


「行け!九鬼!」


乙女グリーンが、絶叫した。


「ありがとう!蒔絵!」


閃光で、まったく見えなくなった前方に背を向けて、九鬼は走り出した。



「逃がすか」


突然、蒔絵の変身が解けると同時に、閃光を切り裂いて、小さな光の槍が飛び出してきた。


蒔絵の頬をかすめると、その光の槍は、九鬼の肩を貫いた。


「くっ!」


顔をしかめる九鬼。


「狙いが…外れたか」


閃光の眩しさで、手元が狂ったらしい。 九鬼に向かって、人差し指を向けている乙女プラチナの姿が…光が消え、平常に戻った空間に現れた。


「く、くそ!」


変身が解けた蒔絵は、唇を噛み締めると、乙女プラチナに向かってタックルを仕掛けた。


「無駄なことを」


体ごとぶつかっても、びくともしない乙女プラチナに、蒔絵はそのまま抱きついた。


「何がしたい?」


せせら笑う乙女プラチナは、しがみつく蒔絵に肘鉄を喰らわそうと腕を振り上げた。


その腕に、夏美がしがみついた。


右足には里奈が、左足には桃子がしがついた。


「逃げろ!九鬼!」

「いけ!」

「早くして下さい!」


三人の叫びに、九鬼は頷くと走り出した。


「ありがとう」


肩から血が流れていたが、九鬼は痛みを堪えて、全速力で走った。




どこまで走ったのか…わからない。


血を止める暇がなかった為に、九鬼は途中で頭がくらくらしてきた。


しかし、止血の為に足を止めれば…みんなの行動を無駄にすることになる。


九鬼は走りながら、意識を失った。



そして、次に意識を取り戻した時、九鬼は…真っ暗な闇の中にいた。


「ここは…?」


九鬼は、闇には慣れていた。すぐに、目が闇に対応した。どうやら…防空壕のような空間のようだ。土の壁にもたれて眠っていた九鬼は、立ち上がろうとして、肩の痛みに顔をしかめた。


「く!」


光の槍が貫いた部分に、手を当てて…九鬼は驚いた。


包帯が巻いてあり、止血されている。


「もう少しで、危ないところでした。血を止めずに、走るなんて…自殺行為ですよ」


真っ暗な防空壕の端で、黒のタキシードを着た男が立っているのが見えた。


「あ、あなたは!」


九鬼は、その男を覚えていた。


「月の…使者」


「覚えて頂いて、光栄でございます」


今回はシルクハットを被っていない為、彫りの深いハーフのような顔を露にして、タキシードの男は深々と頭を下げた。


「それにしても…危ないところでした。もう少しで、大量出血でお亡くなりになられるところでした。しかし、もう大丈夫でございます。輸血もできました故に」


タキシードの男は、口元を緩めた。


「ここは…一体?あたしは、結構走ったはずだけど…」


こんなところに来た覚えはない。


「ここは…大月学園の地下で、ございます」


タキシードの男は、九鬼に微笑んだ。


「え」


目を見開く九鬼に、


「私がお連れてしました。しかし!心配はございません。大月学園には、地下室が沢山ございます」


タキシードの男は、説明しだした。


「その中でも、ここは…特別でございます。ここには、この世界の月の女神も、入ることはできません!なぜなら、ここは!」


九鬼の目を見つめ、


「乙女シルバーの部屋だったからです」


と言ってから、頭を下げた。


「ですから…ここが、一番安全でございます。それに、まさか…近くの大月学園に、逃げ込んだとは思わないでしょう」


「乙女シルバーの部屋…」


何もない…殺風景な穴蔵を見回す九鬼。


お世辞にも、部屋とは言えない。


「本当ならば…私も入れないのですが…。正統なる後継者である!あなた様がいた為に、入ることができました」


「後継者?」


と言ってから、九鬼は鼻で笑った。


「残念ながら…あの力は、とられたよ。それに、あたしは…完全に力を得ることができなかった…」


「それは…」


虚無の女神ムジカとの契約のせいと…心の中で思ったが、口にすることはない。


タキシードの男は、別のことを口にした。


「…関係ございません。魂の問題でございます」


「魂?」


九鬼は思わず、タキシードの男の顔を見上げた。


タキシードの男は頷き、


「あなたは、紛れもない後継者でございます。しかし!」


その後、声を荒げた。


「この世界では、もう力を得ることはできないでしょう。それに、あなたは命を狙われている!」


「く!」


九鬼は顔を逸らし、目を瞑った。


「それと…もう一つ…ご報告がございます。あなたの知り合いである…赤星綾子が殺されました」


「何!?馬鹿な!あり得ない!昨日会った時には…」


中島が、自分の偽物にやられた後…彼を助けに来た綾子と会った。


彼女は去り際に、こう言った。


決着がついた後、自分のもとに来ると。



「あなた様は、3日間…意識を失っておりました故…。残念なことに、彼女は…彼女の兄の恋人である…天空の女神アルテミアに、殺されたのです」


「天空の女神…アルテミア」


「はい」


タキシードの男は悲しげに頷くと、次に決定的な嘘を口にした。


「我が主…月の女神は、申しておりました。あなたに化けていたのも…天空の女神ではないかと」


「え?」


「彼女はモード・チェンジなるもので、姿を変えることができます」


タキシードの男は顎に手を当て、


「恐らくは…この世界の月の女神の力を得ている月影が、邪魔だったからと思われます」


深刻そうに言ったが、心の中では笑っていた。


「その女神の目的は!」


九鬼は肩を押さえながら、立ち上がった。


「さあ〜」


タキシードの男は首を捻り、少し考え込んだ。


しばらくして、おもむろに口を開いた。


「しかし…今いるところは…知っております」


「どこだ!どこにいる!」


急かす九鬼に、タキシードの男は頭を下げると、


「ブルーワールドで、ございます」


「ブルーワールド?」


「はい」


タキシードの男は頭を下げたまま、地面に顔を向けて動かない。


それには、理由があった。


顔が、歪んでいたのだ。


笑いを堪えて切れずに…。



「ブルーワールド…」


つまり異世界だ。


九鬼にはどうしょうもない。


あまりのもどかしさに、唇を噛み締めていると…タキシードの男が甘い誘いをかけた。


「もし…天空の女神を追跡したいならば…我が主が、手を貸すとおっしゃっております」


「あ、主?」


「勿論…月の女神で、ございます」


「!」


九鬼は息を飲んだ。


タキシードの男は顔を上げ、真っ直ぐに九鬼の目を見ると、


「この世界にいても、あなたは友達に殺されるだけです」


「…しかし…」


九鬼は、自分の手を見つめ、


「今のあたしが、女神と戦えるのか?」


拳をつくった。


月影の力を失った九鬼は、あまりにも無力だった。


「その点は…問題ないかと…。あなた様は、この世界では本来の力を発揮しておりません。知らず知らずの内に…ブレーキをかけておいでです。ブルーワールドは、魔物がある意味支配する世界。人間が、戦わなければ…生きていけません」


タキシードの男はフッと笑い、


「あの世界の方が、あなたに生き甲斐を感じさせるはずです。闇夜の刃よ」


「!」


タキシードの最後の言葉で、九鬼は決めた。


ブルーワールドにいくことを。


アルテミアに会い…綾子の仇を討つ為に戦うと。



「どうやったら…ブルーワールドに行ける」


さらに拳を握り締め、力を確認した九鬼は、タキシードの男に訊いた。


「ここから…ならば…すぐに」


「え!」


タキシードの男の返事に、九鬼は思わず声を出した。


「ここは…いえ、この学園はブルーワールドと道が繋がっておりました。数千年前ですが…。今は跡絶えた道を、繋げば…あなた様ならば、行けるでしょ」


九鬼を見つめるタキシードの男の目が、問うていた。


今すぐ…いくのかと。



「わかった!行こう」


九鬼は頷いた。


迷っている場合ではない。


この世界にいても、理香子と戦うだけだ。


それでは、蒔絵達の行動を無駄にする。


(異世界ならば…追ってはこれない)



その時の九鬼は…理香子の正体を知らなかったのだ。





「では…いってらっしゃいませ」


タキシードの男に見送られながら、九鬼は穴蔵の壁に開いた異空間への光の道に、飛び込んだ。


「真っ直ぐ…その道から、落ちない限り、ブルーワールドに着きます」


「落ちたら、どうなる?」


「砂の世界から、抜け出せないでしょ」


「砂の世界?」


「はい」


そんな会話をしている間に、今いた世界への穴が塞がった。


もう前しかいけない。


九鬼は消えた穴に、頭を下げると…光の道を走り出した。


ブルーワールドに向けて。







「やっと言ったか」


タキシードの男は、閉じた空間を睨んだ。


次の瞬間、タキシードの男は…大月学園の屋上にいた。


九鬼がいなくなった為、空間が追い出したのだ。


外はもう…夜になっていた。


「我が身にかかった最初の封印は、ブルーワールドでしか解けないからな」


タキシードの男は、鼻を鳴らした後…深々と頭を下げた。


「さらばだ…イナオの創りし世界よ。人間臭い世界よ」


そして、月を見上げ、


「悲しみと憎しみで、身を焦がせ!」


満面の笑みを浮かべた。








そして…あたしは、心を閉ざした。


憎しみと悲しみから…。


気付けば、あたしはブルーワールドにいた。



その理由は、簡単だ。


真弓を殺す為に。



そして、誘きだす為に…新しい乙女ケースをばら蒔いた。


力に翻弄される…愚かな人間。



だけど、愛していた…人間を。


だから、せめて…いっしょに滅びましょう。


月の光の下で。






魔獣因子編外伝〜落日〜


完。




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