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第250話 訣別

「雨か…」


滑り台やブランコ…砂場が揃った公園。その中央にベンチがあり、屋根がついている為、多少の雨からは避難できた。


だけど、激しさを増した雨と横殴りの雨が…制服を濡らしていた。


暗くなりだすと、公園に外灯が灯った。


防犯の為なのか…その灯りは眩しい程だ。


いや、違う。


激しい雨が、スクリーンのようになり…輝いているのだ。


中島は、ライトアップされたようなベンチの前に立ち、理香子を待っていた。


本当ならば、こんな天候だし、明日にでもしたらよかったのだが…中島は、今日告げようとしていた。


なぜならば…明日になれば、気が変わるかもしれないからだ。


理香子の笑顔を見れば…気が変わる。


今ある幸せを、手放したくなくなるかもしれない。


だけど、それが一番いけなかった。


(彼女と…俺は、住む世界が違う!)


中島は思わず目を瞑り、顔を背けた。


(だけど…それはいい!仕方ない!だけど…彼女が利用されることは、防がないといけない!俺を使って!)


中島は目を開けると、理香子が来る方向に、顔を向けた。


逃げてはいけない。


例え…彼女を失っても。




「中島…」


雨のスクリーンの向こうに、影が揺らめいた。ゆっくりと誰かが公園に入ってきた。


そして、スクリーンの裏側で足を止めた。







「うん?」


本格的に降りだした雨にも、傘をさすことはできない。


なぜならば、九鬼の前に…闇達が立っていたからだ。


「九鬼真弓!」


闇の群れから、蛇のように蠢く長い首が飛び出して来た。九鬼の目の前で、その先端がバナナの皮を剥くように裂けると、中から三つ目の女の顔が現れた。


「ここから先へは、行かす訳にはいかない」


にやりと笑った女の口から細長い舌が出て来て、九鬼の頬を舐めようとした。


九鬼は無言で、舌を左手で掴んだ。


女の舌は強い酸を分泌しているようで、九鬼の手の平が焼けた。


肉が焼ける音と匂いを嗅いで、女は歓喜の声を上げた。


「やはりいい!人間の痛みの音は!そして、焼ける匂い!堪らない!」


恍惚の表情を浮かべる女の顔は、次の瞬間…苦痛に歪んだ。


「ぎゃあああ!」


女の舌は、力任せに引っこ抜かれたのだ。


「フン!」


九鬼は気合いを入れると、絶叫を上げる女の顔に回し蹴りを叩き込み、


「ぎ、ぎざま!」


間髪を入れずに、引っこ抜いた舌の女の目に向って投げつけた。


女は反射的に目を瞑った為に、眼球が焼けることはなかった。


「よぐも!」


首を振り、舌を顔から落としてから、目を開けた女の瞳に…右足を天高く上げた九鬼の姿が映った。


降り落ちる雨を切り裂いて、九鬼のかかと落としが、女の脳天に突き刺さった。


そのまま、九鬼は力を込めると、女の頭を地面に押し付けた。そして、ぎゅっと踏みつけながら、前にいる闇達を睨んだ。


「貴様達に問う!誰の差し金で、あたしを狙う!まさか…テラか?」


「フフフ…」


九鬼の言葉に、闇達が笑った。


「…」


踏みつける力を増しながら、九鬼は闇達を睨んだ。


「フフフフフフフフフ…ハハハハハハ!!」


笑いは、含み笑いから、爆笑に変わった。


それでも、九鬼は睨み続けた。


「テラだと!ハハハハ!」


闇の中では、腹を抱えて笑うものもいた。


「なぜ我々が、虫けらから生まれたやつに従わなければならないのだ!」






「中島……君?あれ?」


雨のスクリーンを破って、姿を見せたのは…理香子ではなかった。


「五月雨さん…」


夏希の姿を見て、中島は緊張を解き、


「どうして、ここに?」


「あたしんち…公園の向こうなの。だから、ここを抜けた方が近道なんだ」


「そ、そうなんだ」


「中島君こそ、こんな所で…雨宿り?」


夏希は、びしょびしょになっている中島の様子を見て、


「なかなか止まないと思うよ。よかったら、駅まで入る?送るよ」


「ありがとう。でも、もうすぐ相原さんが来るから…」


少し視線を外した中島の動きを、夏希は照れからと思い、


「そうか!理香子が来るんだ!じゃあ、悪いわね」


夏希はにやけると、中島に頭を下げた。


「2人とも、雨に気を付けてね」


「ありがとう」


「じゃあね」


手を振って、雨のスクリーンの向こうに歩きだした夏希の姿は、中島からはすぐに見えなくなった。


「まったく…。こんな離れた場所じゃなくて、学校のそばで待ち合わせたらいいのに」


夏希は、雨でぬかるんだ公園内を歩きながら、ため息をついた。


「確かに、2人の仲は…学園の七不思議の一つになってるけどさ」


傘をくるくる回しながら足元を注意深く見て、水溜まりを避けて歩く夏希は、ふと…前から視線を感じ、顔を上げた。


「九鬼?」


公園の入口に、黒い戦闘服を着た女が立っていた。


「どうして…変身してるの?また…でた…」


夏希の言葉は、最後まで言えなかった。


一瞬で間合いを縮め、目の前に現れた乙女ダークの拳が、夏希の鳩尾に突き刺さっていたからだ。


「命拾いしたな」


乙女ダークは笑い、


「雑魚に構ってる暇がなかって」


拳を抜いた時には、夏希の後ろを歩いていた。


「く、九鬼…?」


前に崩れ落ちた夏希は、水溜まりに全身を濡らした。


気を失い、地面に落とした鞄の中で、携帯電話が鳴っていたが…出ることはできなかった。


そして、強い雨にさらされて…鞄が変色していった。






「虫けら?」


闇の言葉に、九鬼は眉を寄せた。


「我等は、この世界のものではない!神話の時代!月とその使徒達に、肉体を破壊されたもの!」


他の闇が、言葉を続けた。


「魂だけの存在になるも!」


「人の身体を奪い、今も生きる存在なり!」


「何!?」


絶句した九鬼の後ろにある民家や、マンション…路地裏に服だけが落ちていた。


「それが!貴様らのいう本来の闇の姿だ!」


魔物達は、一斉に九鬼を睨んだ。


「く!」


九鬼は構えようとしたが、バランスを崩した。


踏みつけていた三つ目の女が、力任せに顔を上げたのだ。


よろめきながらも、九鬼は後方にジャンプした。


「八つ裂きにしてやる!」


三つ目の女が血走った目で、九鬼を睨んだ。


「八つ裂きには…するな」


三つ目の女のそばに、中年の小太りの男に寄生して、体から無数の針を生やした闇が近寄った。そして、九鬼に聞こえないように囁いた。


「わかっておるわ!」


三つ目の女が吐き捨てるように言うのを確認すると、針を生やした闇が一歩前に出た。


「九鬼真弓!いい事を教えてやろう!」


針を生やした闇は口許を歪め、九鬼を見つめると、


「我等の仲間が、この先の公園に向った。なぜだか、わかるか?」


「!」


九鬼は構えを解かずに、その闇を睨んだ。


「答えは、簡単だ!そこにお前達の仲間が、いるからだ!」


針を生やした闇の身体が、数倍に膨らむ。


「いかなくていいのか?」


「貴様ら!」


「だが、他人の心配をしてる場合ではないな」


針を生やした闇はにやりと笑った。


その闇の後ろにいるもの達は、まだ人間の原型を留めていた。しかし、笑い声とともに、次々に変化していった。



「チッ!」


九鬼は舌打ちすると、スカートのポケットから、乙女ケースを取り出した。


(神を殺せる力!)


一瞬だけ躊躇ったが、九鬼は乙女ケースを握り締めると、前に突きだした。


「そうちゃ」

「九鬼!」


変身を邪魔するかのように、後ろから九鬼の頭上を飛び越えて、戦闘服を着た戦士達が守るように前方に着地した。


「話は聞いた」


「ここは!」


「あたし達に任せて!」


乙女ブラック(蘭花Ver)、乙女ピンク、そして乙女レッドが九鬼を庇うように、闇達に向かって構えた。


「理香子と夏希が、つかまらない」


ゆっくりと歩いて来て、変身もせずに傘をさし、その中で携帯をいじりながら登場した蒔絵が、九鬼の方を見ずに話した。


「わかった!」


九鬼は頷くと、迂回するように走り出した。


「行かすか!」


針を生やした闇が、ほくそ笑みながら、九鬼の進路をふさいだ。



「装着…」


携帯を閉じると、蒔絵が呟くように言った。


乙女グリーンとなった蒔絵は、変身と同時に、攻撃に転じた。


傘を前に投げ、手元を見えないようにした。


すると、傘に向こうから無数の光の輪が飛び出し、回転すると、無軌道で闇達に襲いかかった。


針を生やした闇の体も、針の束ごと切り裂いた。


「何だと!」


唖然とする闇の隙をついて、九鬼は一気に路地裏を駆け抜けた。


蒔絵の先制攻撃が合図になり、乙女ソルジャーと闇の戦いが幕を開けた。


「みんな!ありがとう!」


九鬼は、路地裏を抜けると、左に曲がり…公園に急いだ。




一方…その頃、学校から公園までの最短距離である裏門から真っ直ぐの道を、あたしは走っていた。


どしゃ降りの為、いつもより時間がかかっていた。


学校にいるときはいつも…携帯電話はマナーモードにしていた。それを切ることを忘れてしまっていた為、あたしは…里奈達からの電話にも気付かなかった。


それに、携帯を見るよりも…中島のもとに一刻も早く行きたかったのだ。




そして、あたしは…待ち合わせた場所の公園で、見てしまった。


「相原…」


乙女ブラックの拳が、中島の胸から背中まで貫いている姿を。


「中島!」


土砂降りの雨でできた障害物を掻き分けて、あたしは中島のもとに走った。


「来るな!」


中島は口から血を流しながらも、絶叫した。


「来ちゃ…駄目だ…」


思わず…変化しょうとした体を抑え、中島はあたしに向かって笑って見せた。


「り、理香子さん…」


それが、中島が…あたしの下の名前を呼んだ最初だった。


そして…それが、最後になった。



乙女ブラックが胸から腕を抜くと、中島は鮮血を撒き散らしながら、倒れていった。


そこから、あたしは覚えていない。


ただ…乙女プラチナに変身して、乙女ブラックに襲いかかった。



「許さない!」





あたしは、わかっていた。


月影の力は、人々を守る為にあるんじゃなくて…中島を守る為にあることを。


少なくても、その為に…あたしは創ったのだ。


それなのに…。


中島を殺した…乙女ブラックは振り返り…にやりと笑った。


その顔は、明らかに真弓だった。


あたしはずっと…真弓といっしょに、中島を守っていきたかった。


それなのに…真弓は裏切ったのだ。


あたしの与えた力を使って。


「許さない!真弓!」


あたしは、逃げる乙女ブラックを追いかけた。


「逃げるな!」


あたしは、乙女ブラックの背中に叫んだ。


「よくも、中島を!絶対!」


激しい雨の中、初めてあたしは…憎しみの涙を流した。


「殺してやる!」




あたしの中で、何かが壊れた。


それは、粉々になり…元に戻ることは決してない。


あたしは激しい雨の日…愛する人と親友を失った。


そして、すべてを奪った九鬼真弓自身を殺すことを誓った。


例え…どこに逃げても、必ず…この手で殺すことを誓ったのだ。


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