第249話 警鐘
運命っていうのは、決まってる。
と言う人が多いけど、あたしは違うと思うんだ。
絶対に、どこかで…そうしたら、こうなるよって教えてくれている瞬間がある。
だけど、みんな…気付かない。
だって、その日その日を一生懸命生きているから。
日常を過ごすって、本当に大変なんだ。
だから、その親切な忠告に気付かない。
誰も、その後に…悲しみが来るなんて思っていない。
だから、運命に気づく人は…自分には関わりのない他人事か…よっぽど注意深いか、暇なのか…それとも、人生を楽しんでいない人だと思う。
あの頃のあたしは、幸せだった。
好きな人を守れる力があって、そばに仲間がいる。
戦いの日々でも、幸せだった。
本当に…。
学校というある意味…異空間から出ると、九鬼は下宿に向けて歩いていた。
今日は、珍しく生徒会の仕事も早く終わった。
化け物が出たという連絡もない。
だから、九鬼は1人で帰っていたのだ。
里奈達とは仲間ではあるが、わざわざ待ち合わせて帰るような仲でもなかった。
共に戦う同士ではあるが、馴れ合うことはしない。
九鬼は歩きながら、ポケットの中に手を突っ込んで、乙女ケースを確認した。
(神と戦える力…)
哲也が言った神とは、恐らく綾子のこと。
しかし、九鬼にはどうしても…綾子が化け物を操っているとは思えなかったのだ。
(あの…優しい赤星先生が)
だから、どうしても確かめたかった。綾子に会い、真実を。
しかし、ここ数日、綾子の行方を探してが…足取りは掴めなかった。
わかったことといえば、ほとんど家に、帰っていないということだけだった。
「うん?」
突然…額に当たった感覚に、九鬼は立ち止まり、空を見上げた。
「雨か…」
空一面を覆う薄い灰色が、もう辺りを濡らすことを警告していた。
「まだ…いけるな」
九鬼は、下宿までの距離を考え、本降りになるまでには着くと予想した。
だけど、少し早足になる九鬼を見下ろす影があった。
気配を感じさせないように距離を取り、八階建てのビルの屋上に立つ影は、タキシードを着ていた。
「時は来たり」
タキシードの男は、両手を広げ、
「幾多の年月を得て…ついに来る復活の時!」
そのまま月を見上げた。
「我が妹!月の女神イオナ!我が姉!虚無の女神…ムジカよ!貴様達により、引き裂かれた我が体を!取り戻す時が来たのだ!」
タキシードの男は、町の隙間を歩いていく九鬼の背中を睨み付けた。
「そして、クギ!忌々しい人間の分際で、神を冒涜する愚か者が!!」
その時、ビルの下から吹き上がって来る風が、タキシードの男の上着をまくり上げた。
「今から…貴様に、地獄を味あわせてやろう」
上着の中から、真っ黒な煙のような闇が染み出してきた。
「それは、愛という地獄!互いに愛するが故に、憎み合う!」
染み出した闇は、タキシードの男の後ろで、各々の色と形を作り出す。
「互いが、大事だったから!許せなくなる!殺したくなる!」
タキシードの男は、にやりと笑い、
「愛というお前達の力の源で…滅べ!」
「きえええ!」
形作った闇の一体が、奇声を上げた。
「行け!闇の眷属よ!肉体を失いしも、月と人間への復讐の為に、存在する…我が僕達よ!!」
タキシードの男の着ている衣服類が、繊維に分解され…さらに細かい闇の粒子になる。
次の瞬間、タキシードの男の体を包んでいる服が変わった。
服だけではない。 男自体が変わった。
「いくわよ」
闇の眷属の前に立つのは、もう男ではない。
黒い戦闘服を身に纏った……九鬼真弓そのものだった。
乙女ブラック…いや、乙女ダークと言うべき存在は、後ろに蠢く闇の眷属が、周りに散った後、自らもビルから飛び降りた。
「お、遅れちゃう!」
あたしは急いで、待ち合わせ場所に向かって走っていた。
勿論、待っているのは…中島だ。
結局、九鬼に相談することはできなかった。
でも、それでいいと思った。
あたしの気持ちを、ただ素直に不器用でもいいから、伝えたらいい。
きっと中島なら、わかってくれる。
学校から少し離れた公園が、待ち合わせ場所。走ったら、5分くらいだ。
「あ、雨?」
走っているあたしのおでこに、雨が当たった。
「急がなきゃ!」
鞄に折り畳み傘が入ってるから、慌てることはない。
少しスピードを上げながら、あたしは含み笑いを浮かべていた。
(あいつのことだから…傘なんて持っていない)
ということは、あたしの折り畳み傘の中に入ることになる。
それはつまり…相合い傘だ。
(きゃ!)
あたしは、心の中で身悶えた。
鬱陶しいはずの雨さえも、幸せに感じる。
そんな気持ちは、数分後に消えてしまうなんて…思ってもみなかった。
幸せさえ…思い出せなくなる。
そんな運命が待っていることを。
雨は突然、強くなり…あたしの行く手を遮り出した。
足を止め、鞄の中から…傘を取り出した。
「急がなきゃ…あいつ、びしょびしょになってるんじゃ…」
あたしはまた、走り出した。
「あの公園…雨宿りする場所…あったかな?」
遠くが見えなくなる程の土砂降りに、変わった。
今思えば…行く手を阻むこの雨は、運命の警告だったのかもしれない。
これ以上行くなという警鐘。
だけど、幸せだったあたしを、それくらいで止まることなんできるはずがなかった。
いや…何があっても、あたしは絶対に、中島のもとに向った。
そこに、彼が待っているなら…。