第248話 心裂
「中島!」
あたしは、学校の帰り道を1人歩く中島を追いかけていた。
1人で、帰す訳にはいかない。
中島が化け物に拐われようとしたあの日から、あたしは常に一緒に帰るようにしていた。
本当は、人目もあるし、恥ずかしいんだけど…そんなことを気にしてる場合じゃない。
あたしは、中島を守らなくちゃならない。
その為に、乙女ガーディアンになったんだから。
両手で学生鞄の取っ手を握り締めたあたしに、中島が話しかけてきた。
「いつも…ありがとう」
「え…あっ!ええ!…う、うん」
返事をするまでに、妙に時間がかかってしまった。
恥ずかしさの為に、中島の方を見れなかったあたしは、突然のお礼に…思わず顔を向けた。
微笑んでいる中島の顔を見ただけで、真っ赤になった。
「あ、あたしは…中島を守りたいんだ…」
と言ってから、さらに顔を真っ赤にすると、
「べ、別に〜!な、中島がた、頼りないとかじゃなくって!相手が、相手だし…。あたしが、そいつらと戦う力を持っているからで!だから、あたしが戦うわけだから!」
緊張から、妙に言葉をまくし立ててしまった。
そんなあたしの様子を、優しく見守っている中島。
「だから!」
だからが多い。
「戦う力か…」
中島は呟きながら、視線をあたしから外した。
そう言えば、あたしはきちんと…乙女ガーディアンについて、話していなかった。
中島は、九鬼達のことを知っていたから。
「中島!あのねえ!」
「本当は、最初から…話すべきだったのかもしれない」
「だから…あたしは!」
中島とあたしの会話が、すれ違う。それに、気付かないあたし。
「もう…これ以上…誰も苦しまないように…。言わなきゃならなかったんだ!」
突然語尾を強め、中島はあたしを見た。
「!」
あたしは、何も言えなくなった。
今まで、中島が見せたことのない目を向けていたから。
とても、真剣で…恐い目を…していた。
「相原…」
だけど、あたしを呼ぶ声は優しかった。
中島は、あたしから目を離さずに、
「今度…時間をくれないか?二人きりで話したい。君には、すべてを話したい。それが、例え…どうすることもできないことでも」
「中島…」
あたしは、頷くことしかできなかった。
どうすることもできないと…彼が口にしたのに、その時のあたしはその言葉に気付かなかった。
「ありがとう」
中島は、いつもの笑顔を見せた後、
「今日はここまででいいよ。多分…彼らも襲っては来ないだろうから」
あたしのそばから離れていった。
「中島…」
遠ざかる中島の後ろ姿を見送りながら、なぜか永遠に会えないような感覚にとらわれていた。
「あっ…」
あたしは、無意識に…中島に向かって、手を伸ばした。
「理香子!」
後ろから、声がした。
「また化け物がでたって!」
あたしを呼びに来た夏希は、反応のないあたしの前に回った。
肩で息を切らしながら、
「く、九鬼が!苦戦しているの!どうやら、乙女ソルジャーの力が、上手く発動できないようなの!」
夏希の報告に、やっとあたしは我に返った。
「真弓が!?」
夏希は頷き、
「どうやら…もう寿命みたいなの!九鬼が使っている乙女ケースは」
「どこ?」
あたしは駆け出した。もう見えなくなった中島に、背を向けて。
「学校の近く!」
迎えに来た夏希を残して、走り出したあたしの足は、真っ直ぐに戦いの場へと向かっていた。
なぜか…場所はわかっていた。
一目散に、戦いの場へと駆けて行く。
「は、速い!」
後ろを走る夏希は、あっという間に離された距離に、唖然としていた。
「オ、オリンピック…出れるよ〜!多分」
次の日。
大した怪我もせずに終えることのできた九鬼は…一人屋上に来ていた。
二つの乙女ケースを握り締めながら、学園の周りの景色をただ…見つめていた。
九鬼を探していたあたしは、屋上に上がった瞬間、寂しげな九鬼の背中を見つけた。
「どうしたの?こんなところで…1人でさ」
突然、後ろから声をかけられた為なのか、珍しく驚いた九鬼が慌てて振り返った。
「り、理香子…」
別に驚かすつもりは、なかったんだけど…目を丸くしている九鬼に、逆にあたしが少し驚いてしまった。
「ど、どうして…ここに?」
「あんたを探してたのよ。ちょっと相談があってさ」
「相談?」
「うん」
頷いたあたしの目に、九鬼が持つ…2つの乙女ケースが映った。
「あんた…2つも乙女ケースを持ってるの!」
驚きの声を上げるあたしに、九鬼はフッと笑い、
「1つは、兜博士のものよ。もう1つは…あたしのものかな?」
乙女ケース達を見つめた。
「あのマッドキャベツの!」
あたしは、2つの黒い乙女ケースを交互に見た。同じ黒のように見えて、濃さが違った。
「昨日…壊れたのは、どっちなの?」
あたしの言葉に、九鬼は濃くない方の乙女ケースを指で示した。
「こっちよ」
「こっちかあ…わかりづらいわね」
思わずあたしは、手を出してしまった。
そして、あたしの指が触れた瞬間…、
「え!」
「何!?」
あたし達は、絶句した。
乙女ケースが砕けたのだ。
塵になり…屋上のコンリートの地面に落ちた。
「乙女ケースが…砕けた!?」
今まで、この乙女ケースを盾にして、相手の攻撃を防いだこともあった。 それほど強固だった乙女ケースが、砕けたのだ。
「…」
九鬼にはまるで…役目を終えて、塵に戻ったように思えた。
太古の昔より、人の手にずっとあった…最古の乙女ケースは今、役目を終えたのだ。
「こ、これって!量産型のやつでしょ!さらに、旧タイプの!ガ、ガタが来てたのかな?」
何とか誤魔化そうとするが、無理に決まっている。
あたしの額から、冷や汗が流れた。
「そうだね…」
完全に消滅した乙女ケースを見ていると、九鬼には残念な気持ちよりも、感謝の思いしか浮かばなかった。
幾多の戦いで、自分を救い…守ってくれた力に。
塵を見つめる九鬼に、あたしはどうしていいかわからずに、
「も、もう1つ…あるから…」
いいよねと言いかけて、止めた。言い訳は見苦しい。
「ごめんなさい」
頭を下げたあたしに、九鬼は首を横に振り、
「いいのよ。多分…寿命だったのよ」
頭を下げているあたしの肩に、手を触れた。
「だから…頭を上げて!」
「ま、真弓…」
少し涙が滲んでしまったあたしの顔を見て、九鬼は苦笑した。
「あなたのせいじゃないわ」
九鬼は残った乙女ケースを、あたしに差しだし、
「だから、触っても大丈夫よ」
「え」
「確認してごらんよ。今のが、特別だっただけ」
九鬼の笑顔に、あたしは恐る恐る手を伸ばした。
「大丈夫」
九鬼は、さっきのことで…あたしのトラウマにならないうちに、確かめさせたかったのだ。
「うん」
あたしは指先だけを、乙女ケースにつけた。
「大丈夫」
だけど、九鬼の言うように、さっきようにはならなかった。
「ほらね」
九鬼はあたしに優しい笑顔を向けると、乙女ケースを一度握り締めた後、スカートのポケットの中に押し込んだ。
「ありがとう」
あたしが思わず、お礼を言うと、
「何も悪いことしていないのに…謝ることはないわ」
九鬼はまた微笑みをくれた。
そんな笑顔の九鬼を、あたしはぼおっと見つめてしまった。
あまりにも、長い時間見つめるものだから、九鬼は顔を赤らめて、あたしから顔を逸らした。
そんな九鬼に、あたしは微笑むと、とんでもないことを口にしてしまった。
「真弓が…男だったら、よかったのに」
「え!」
驚いた九鬼は逸らした顔を、もとに戻した。
潤んだ瞳で、九鬼を見つめるあたし。
ほんの数秒だけど、あたし達の視線が絡まった。
「はっ!」
あたしは、我に返った。
何を見つめ合っているのか。
(あたしには、中島がいるのに!)
中島の名前が出て、あたしは九鬼に相談しょうとしていたことを思い出した。
「じょ、冗談よ!アハハハ…あたしには、中島がいるんだから!」
「そ、そうよね。ハハハ…」
九鬼もまた顔を逸らすと、笑って見せた。
「…」
慌てて九鬼の横に行くと、屋上を囲む金網に手をかけ、あたしは景色に目をやった。
少し深呼吸した後、
「あたしはね…。真弓という親友が、そばにいて…中島という好きな人を守れたら…それでいいの」
金網から手を離すと、一度背伸びをした。
「理香子…」
「それにさ」
あたしは、九鬼に体を向けた。
「真弓が男だったら、いっしょに戦えないし…。もし、戦ってたら…心配するよ。怪我でもしないかと」
あたしの言葉に、九鬼は苦笑し、
「女友達だったら、怪我していいと?」
軽くあたしを睨んだ。
「そ、そういう訳じゃないの!」
焦るあたしに、九鬼は声を出して大笑いしてから、
「わかってるわ」
あたしの顔を見た。
「意地悪」
そんな会話をしていたら、チャイムが校内に鳴り響いた。
(あっ!肝心なことを話していない)
あたしは頭を抱えた。
でも、時間がない。
「ま、真弓!また後でね!」
仕方なく、屋上から走って出ていくあたしを、九鬼は見送った。
「まだ…間に合うのに」
九鬼は微笑みながら、歩き出した。
出入口に向かいながら、何気なくポケットに押し込んだ乙女ケースを掴んで、もう一度確認した。
「!」
その瞬間、九鬼の足が止まった。
乙女ケースの色が、変わっていた。
黒だったはずが、あの記憶にしかない…銀色に輝いていたのだ。
しかし、九鬼が握り締めていると…やがて光はくすみ、元の黒へと戻った。
「ど、どうして…」
九鬼には、わからなかった。
何かあったとしたら…理香子が触ったことしかない。
片一方は砕け…もう一方 は、光を取り戻した。
「一体…どうして」
九鬼は、黒に戻った乙女ケースをしばし、探るように見つめてしまった。
例え、理由がわからなくても…。