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第247話 笑顔

「装着!」


あれから、少し時が過ぎたが…あたし達はただ戦い続けた。


乙女プラチナとなったあたしのパワーは物凄くって、大抵の敵を倒すことができた。


今まで、一番の功労者だった九鬼は、スランプみたいで 、あたしの半分も闇を倒すことはできなかった。


「やったね!」


乙女プラチナが纏うムーンエナジーの濃度は、他の月影よりも濃いようで、簡単に相手を倒すことができた。


町から離れた公園で、消滅する化け物達を見て、里奈とあたしはハイタッチをした。


月の力で、粒子レベルまで分解されていく化け物達の様子を、九鬼はただ…見つめていた。







「さすがの生徒会長も、乙女ガーディアンの前には、太刀打ちができませんかねえ?」


スランプの九鬼を気遣うように、少しギャグで嫌味を入れて、夏希が話しかけてきた。


「……え?」


九鬼は、夏希がそばに来たことに気付かなかった。


「おい!こんな時に、ぼお〜っとしてたら、やつらに殺されるよ」


夏希が叱るように、下から九鬼の顔を見上げた。


「!」


九鬼は、目を見張った。


見上げる夏希の顔が、綾子に変わった。




「また、そんな顔して…。あのねえ〜!人はどんな時も笑顔でいないと、幸せにはなれないのよ」


綾子は、九鬼に笑いかけた。


「え?笑顔が、わからないって?」


綾子は驚いた後、すぐに九鬼に言った。


「大丈夫!人間はね。誰も、笑顔ができるようになっているの!九鬼さんも、できるわ」


綾子は微笑み、


「あたしが、保証する!絶対、あなたは素敵な笑顔ができるから!」


そして、しばらく九鬼を笑顔で見つめてから、頷いた。


「ほら!もうできてる」



多分…引きつった笑いだったはずだ。


だけど、綾子の笑顔を見ていると…自然にできるようになっていた。




「どうしての?九鬼」


目の前の綾子が、夏希に戻った。


「す、すまない」


九鬼は顔を逸らすと、夏希達から離れた。


「九鬼?」


遠ざかっていく九鬼の背中を、夏希は首を傾げて見送った。


「どうしたの?」


はしゃいでいた里奈が、夏希の横に来た。


夏希は首を傾げたまま、


「……笑ってた」


「笑ってた?」


里奈は眉を寄せた。


「うん」


夏希は頷き、去っていく九鬼の背中を見つめながら、


「だけど…とっても、悲しそうな笑顔だった…」







月影達から離れながら、九鬼は考えていた。


「あの…綾子さんが、闇を率いる女神…」


九鬼は眼鏡を外し、変身を解いた。



(九鬼さん。人ってね。社会的動物なんだけど…。本当はとっても、人付き合いが下手な動物だと思うの)


綾子は、九鬼を学校の外に連れ出していた。


人里離れた山の中にある全寮制の学校だったが、少し歩けば…開拓中の道や町があった。


学校のそばの高台から、その様子を眺めることができた。


(上手くなる方法なんて、ないわ!だけどね)


綾子は背伸びをしてから、九鬼を見つめ、


(誰も傷付けない方法だけわかったの!なんだか〜わかる?)


悪戯っぽい瞳を、九鬼に向けた。


答えは、すぐに…綾子の口から出た。


(笑顔でいることよ)


綾子は工事中の道路を見つめ、


(どんなに嫌な思いをしても、もしもいじめられても…笑顔でいれば、少なくても…あたしからは、誰も傷付けない。例え、あたしが傷付いてもね)


過去の自分が、何を言った。


綾子は笑顔をつくり、


(ありがとう…。心配してくれて!大丈夫!)


綾子はガッツポーズをつくると、


(ずっと笑顔でいれば、心も強くなるの!だから、大丈夫!)


そう言った後、綾子は九鬼を見つめ、


(あたしの夢は、ずっと笑顔でいること…。それと、笑顔をみんなに教えたい)


クスッと笑うと、恥ずかしそうに、顔を真っ赤にした。


(辛いことがあっても、ずっと笑顔が入れる人達が増えれば…世界は変わるわ。傷付ける酷い人達も、笑顔には…絶対敵わない)


綾子は空を見上げた。


(だから…そんな笑顔が、溢れた世界にしたいの)


(赤星先生…)


(あたしが思う…社会的な人間の姿が、それです)


綾子は、九鬼を指差し、


(だから、笑顔のあなたは…もう立派な人間なのです。だから…)


綾子は満面の笑顔を見せ、


(いつまでも、今のあなたでいて下さいね)




血塗られた自分が、人の社会で生きていける。


そう許されたような気がした。


だから、笑顔でいようと心掛けていた。


例え…まだ、ぎこちなくても。



そんなことを教えてくれた綾子が、化け物達の女神。


信じられなかった。


(だけど…こいつらは、人間から…変幻した)


ならば、綾子は…そんな相手からも、笑顔を引き出そうとしているのかもしれない。


どんな辛いことがあっても、笑顔でいたいと言った綾子が、女神になったからといって…考えが変わるはずがない。


九鬼はそう…確信していた。


なぜならば、闇の中にいた自分に笑顔を教えたのは、綾子だからだ。



(闇夜の刃であるあたしが、まだ…笑顔を忘れないのは、赤星先生の教えのおかげ…)



九鬼は足を止め、上空の月を見上げた。


「赤星先生…。あなたに、会いたい」


そう呟いた九鬼の耳に、綾子の最後の会話がよみがえった。


実習が終えた日。


校門まで見送った九鬼に、綾子が告げた。


学校から出るとすぐに、振り返った綾子は、


(もう先生は、なしよ。あたしもまだまだだから…)


九鬼に笑いかけ、


(赤星さん。もしくは…綾子姉さん…って!姉さんはいらないわ!綾子さんで、よろしく)


(はい!わかりました…赤星先生)


(じゃない!)


綾子が、九鬼を指差した。


(ご、ごめんなさい。あ、綾子…さん)


(それでよし!)


と言った後、互いに笑い合った。





九鬼は苦笑すると、さっきの言葉を言い直した。



「あなたに会いたい…綾子さん」





「何?」


茶店のカウンターに頬杖をついていた綾子は、サングラスの男の報告を聞いていた。


床に跪き、連れていった実行部隊が全滅した経緯を話す男に、綾子は鼻を鳴らした。


「月の力?」


「はい。それは、強大で」


と言った男のサングラスが、真ん中から割れ、床に落ちた。


「そんな雑魚に、あたしの駒が失われたと?」


「も、申し訳ご、ごさいません」


綾子の見下ろす赤い瞳に、男の体が恐怖で震え出す。


「それに、彼も連れて来ることができなかった。それは、どうしてだ?」


綾子は訊いた。


「そ、それは…」


「彼がいれば、月の女神はこちらに手を出せなくなる……と教えたはずだが?」


「も、申し訳ご…」


同じ言葉を繰り返す男の心は、綾子のプレッシャーで限界をこえた。


顔の筋肉がひきつり、笑ったような感じになった。



次の瞬間、男の頭が膨らみ…破裂した。


「笑うな!」


綾子は、ただの肉片になった男を睨み付け、


「その表情が、一番嫌いだ」


コーヒーカップに手を伸ばした。


「テラ…」


カウンター内にいたマスターが声をかけ、冷めたコーヒーを新しいものに変えた。


綾子は…新しいカップを手に取ると、一口すすり、


「嫌な昔を思い出す。無邪気で、無知で…愚かだった頃を」


虚空を睨んだ。




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