第246話 贈物
(さっきのは一体…)
生徒会長としての職務を終え、正門までの道を帰る九鬼は、タキシードの男とのファーストコンタクトについて考えていた。
(そして、異世界…ブルーワールドとは?)
考えても、仕方がない。
九鬼はそう思い直した。
大体…自分も、月の力というあり得ないものを使っているのだ。
異世界があっても、否定できない。
(しかし…どうやって、異世界から来る敵を阻止できる?)
思考する内容が変わった時、九鬼の前に、1人の男が現れて道をふさいだ。
「里奈は、一緒ではないようだね。好都合だ」
「結城…先生」
九鬼は、足を止めた。目の前に立つ男の名は、結城哲也。乙女レッド…結城里奈の兄であった。
そして、乙女ダイヤモンドの力を得ていた。
女しか扱えないはずの…月影の力を、無理矢理使っている為に…ついに体に変化が現れてきた哲也は、最近では滅多に変身はしない。
闇との戦いの中、考え方の相違で…何度か激突していた。
彼は、闇を人間の一部と考え、無闇に排除することをよしとしなかった。
その為、闇の側に立ち…九鬼や自らの妹である里奈とも対立した。
しかし、闇と言われる存在である彼ら自身は、自らを人間の一部と考えず、人間よりも進化し…優れた者であると定義していた。
そして、旧タイプの人間である今の人類を排除しょうとしていることを…哲也は知った。
高校の先輩であり、野球部だった山根に騙され、九鬼達と戦ったが、真実を知った哲也は…彼らから離れた。
何とか山根達を説得しょうともしたが、無駄だった。
本意ではないが、乙女ダイヤモンドの力で抑えつけようした時…哲也は、自分が傀儡であったことを知った。
彼らの神が、目覚めるまでの操り人形であったことを。
乙女ダイヤモンドに変身した哲也は、テラと言われる…彼らの女神の圧倒的な力に敗退した。
それも、目覚めたばかりで、まだ混乱しているテラにだ。
命からがら逃げ帰った哲也は、兜博士に保護された。
ほとんど何も教えられていなかった哲也は、兜の説明と自らの体験を合わせることで、真実の一部を知ったのだ。
「九鬼君」
哲也は、九鬼を見つめ、
「単刀直入に訊こう。乙女シルバーの力は、どこにあるんだ?あれは、他の月の力とは違う!月の女神が、自らのパートナーになる者の為に、自分と同等の力を与えた!特別なもの!」
スーツの内ポケットから、ダイヤモンドのケースを取り出し、
「この力をも超える力だ!」
ぎゅっと握り締めた。
「…」
九鬼は無言で、ダイヤモンドの乙女ケースを見つめた後、止めていた足を動かした。
「申し訳ございませんが…あたしにも、在処は知りません」
「九鬼君!」
「…兜博士が保管していたとしか…」
哲也の横を通り過ぎていく九鬼を、目で追いながら、
「いなくなった彼の部屋には、なかった」
「失礼します」
遠ざかっていく九鬼の背中に、哲也は叫んだ。
「その力があれば!神と戦える!神とだってな!君だって、必要なはずだ!」
しかし、九鬼は足を止めない。
哲也は唇を噛み締めた後、恐るべき真実を口にした。
「闇が神と崇める存在は、君の知り合いだ!」
「!?」
九鬼は驚いたが、それくらいでは足を止めなかった。
知り合いが、闇になることくらいある。
昨日まで笑い合っていたのに、殺し合うこともある。
そんな戦いの中にいるのだ。
それくらいで、戸惑うことはない。
と、九鬼は思っていた。
次の名前を、哲也が口にするまでは…。
「彼らの女神の名は、赤星綾子!君の知り合いのはずだ!いや、知り合い以上だ!なぜならば、君を人間にしたのは、彼女だからだ」
「!!」
九鬼の全身に、衝撃が走った。
(綾子さん…)
祖父才蔵の死により、研究から出された九鬼は…幼き頃より、小さな部屋の闇の中で育った。
出会う人も…動物も、自分を殺す為に訪れる存在だった。
だから、コミュニケーションと言えば…殺し合いだった。
そんな九鬼がいきなり、普通の社会に出て、適応できるはずがなかった。
そんな九鬼に、話しかけ…人としての過ごし方を教えたのが、綾子だった。
養護教諭の資格を取る為に、九鬼が編入した中学にやってきたのだ。
たった二週間の触れあいだったが、クラスにも学校にも馴染めなかった九鬼が、生徒会長を務められるまでになったのは、綾子のお陰だった。
「皮肉なものだな…。君を闇の中から、救った存在が…今度は、闇を率いている」
「そ、それは!」
思わず足を止め、振り返った九鬼に、哲也はぴしゃりと言い放った。
「彼女の本意ではないと言いたいのかね?だけどね!重要なのは、結果だよ。その過程よりね」
「…」
「彼女は、女神の力に目覚め…人にあざなす存在になった。彼女は、人を滅ぼすつもりだよ」
「そんなことはあり得ない!」
九鬼は、体を哲也に向け、
「仮に、綾子さんが…人類を滅ぼそうとしたところで!たった1人で、できるはずがない!」
「彼女が、人間ならね」
哲也は、乙女ケースを握り締めた。
「神とはね!そういう存在のことを言うんだよ」
震える手が、哲也が味わった恐怖を再現していた。
「その神と!戦う為に、いるんだよ!乙女シルバーの力が!!」
絶叫する哲也は、後ろから聞こえて来た笑い声に気付き、慌てて口をふさいだ。
「いやあ〜!もう理香子がいれば〜!あたしらは、最強だよ」
今まで、東校舎の屋上でくっちゃべっていた里奈達が、正門までの道に姿を見せた。
「そうそう!」
夏希の言葉に、頷いた里奈は、正門近くにいる九鬼と哲也に気付いた。
「うん?あれは…九鬼と…兄貴?」
九鬼はこちらを向いていたが、哲也は背中しか見えない。
「チッ」
哲也は舌打ちすると、もう一度九鬼を見つめ、
「戦いが激しくなれば、月影の力を得た者でも…どうなるか、わからない」
そして、九鬼の前から消え去る前に、本音を口にした。
「できれば…妹を巻き込みたくない」
「結城先生…」
「…」
哲也は九鬼に頭を下げると、道から外れ…正門の横にある学生食堂の裏口へと走り去った。
「九鬼!」
去っていった哲也の方を見つめる九鬼に、里奈達が駆け寄ってきた。
「あ、兄貴と、何話してたんだよ」
息を切らしながら、一番最初に駆け寄った里奈が訊いた。
「大したことではないわ」
九鬼は顔を里奈に向けると、微笑みかけた。
「もう闇の組織と関わっていないとは、思うけど…」
里奈は九鬼の手を取り、
「心配なんだよ!また兄貴が、あたしの友達に危険を及ぼすんじゃないのかって!」
ぎゅっと握り締める力の強さに、九鬼は里奈の優しさを見た。
「心配いらないわ。あなたのお兄さんはもう何もしないわよ」
九鬼の言葉に、笑顔になる里奈。
「さあ…帰りましょう」
九鬼はみんなの顔を見て、頷いた。
「う、うん!」
里奈は、九鬼から手を離した。
「それにしても…まだ学校にいたのね」
九鬼の言葉に、里奈は頭をかき、
「なんか〜盛り上がっちゃって!」
「凄い力が、味方に加わったからね」
夏希が、理香子に笑顔を向けた。
「理香子様がいれば〜大丈夫ですわ!」
陶酔の表情を浮かべる桃子。
理香子の顔が、多大なプレッシャーに少し…引きつっていた。
そんな輪から、少し離れて歩く蒔絵は、携帯をいじっていた。
画面に、乙女シルバーという文字が打ち込まれ、検索にかけたが…何も出てこなかった。
それから…みんなと別れ、1人下宿しているアパートに帰った九鬼は、入り口で管理人に呼び止められた。
「荷物が届いているわよ」
それは、異様に大きな箱だった。
「ありがとうございます」
管理人室に置いてあった荷物を、両手で持ち上げて、九鬼は驚いた。
異様に軽い。
両手で、持たなければいけないくらいの大きさなのにだ。
六畳一間の自分の部屋に荷物を置き、宛名を確認したが…知らない名前だった。
「洋白菜?」
人間の名前では、あり得ない。
中身ならわかるが…。
「!」
九鬼ははっとした。
「洋白菜…キャベツ!?」
急いで、荷物を開けた。
大量の丸めたわら半紙が、姿を見せた。
九鬼は腕を突っ込むと、わら半紙以外のものを探した。
キャベツ…。兜博士の別名は、マッドキャベツであった。
キャベツのような髪型をしていたから、一部の生徒からそう言われていたのだ。
狂ったキャベツと。
「!?」
九鬼の手が、固い物体を掴んだ。
大量のわら半紙が邪魔して、それが何か見えないが…その握り具合から、九鬼には想像できた。
ほとんど同じものを、九鬼は持っていたからだ。
「お、乙女ケース!?」
わら半紙の海から、手を抜いた九鬼は…眉を寄せた。
中から探しだしたものは、予想と少し…違っていたからだ。
「こ、これが…乙女シルバーのケース?」
プラチナやダイヤモンドのように、輝くケースを思い浮かべていた九鬼の手にあるのは…黒く酸化したケースだったからだ。