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第245話 誘闇

「これが…乙女ガーディアンの一つかあ!凄いなあ」


感嘆の声を上げる夏希。


人目を気にして、屋上へと来た月影達は、理香子を囲み、プラチナの乙女ケースを観察していた。


「あたしらの乙女ケースとは、違うよね」


夏希は、自分の乙女ケースと見比べた。


宝石のように輝くプラチナのケースとは違い、ブルーのケースは安物のように見えた。


「た、確かに…」


里奈も自分の乙女ケースを見て、ため息をついた。


「さっすが!理香子!お持ちものも特別ですね!」


理香子にすり寄る桃子。



そんな月影達の輪から、九鬼は離れた。


生徒会の仕事があるからであるが、何となく今の雰囲気に気まずさを感じていた。


階段へと向かう九鬼の前に、最初から輪に入らず、扉の横にもたれ、携帯を見ている蒔絵がいた。


「…」


九鬼は無言で、開いている扉を潜ろうとした。


「これは…何かの前触れか?」


突然、横から声をかけられて、九鬼は半身を屋上から出しながらも振り向いた。


「いきなり…圏外になった」


「…」


蒔絵の言葉に、九鬼は微笑むと、前を向き…階段を降り出した。


蒔絵は携帯を閉じると、


「おい」


蒔絵は壁から離れ、遠ざかっていく九鬼に声をかけた。


返事がなかったので、蒔絵は舌打ちした後、階段を覗いたが…もう九鬼はいなかった。





あっという間に、四階建ての校舎の屋上から、二階まで降りた。


普通ならば、一般生徒の模範になるように、ゆっくりと背筋を伸ばした歩くところだが…今は放課後だ。


クラブの部室がない校舎を歩く生徒は、殆どいない。


「うん?」


二階のフロアに足がついた瞬間、九鬼は後ろを振り返った。


影が長い。


降り立った九鬼の影が、階段の上まで伸びていた。


「もう…こんな時間」


九鬼は、前を向いた。


窓の向こうが、真っ赤に彩られていた。


景色だけでない。


窓の前に立つ九鬼も、赤く染められていた。


夕暮れ。または、黄昏。


光と闇の中間の時間。


それは、もっとも美しく…もっとも幻想的であるが、恐ろしい時間でもあった。


闇の始まりを告げるからだ。


しかし、恐れることはない。


九鬼は夕焼けを見つめながら、目を細めた。


(あたしは…闇夜の刃だ)


景色が一瞬で変わる前の最後の輝きを、全身に浴びながら…九鬼は気を研ぎ澄ましていた。



「いや〜あ!さすがですね」


感心と少しの笑いを含んだ声が、耳元でした。


(!?)


驚くよりも速く、九鬼は腰を捻ると半転し、手刀を横凪ぎに振るった。


もし後ろにいるのが、一般人ならば、肉を斬られて致命になる程の切れ味を誇る手刀だが、九鬼には確信があった。


こいつは、一般人ではないと。


頭の判断よりも、本能がそう判断した。


その判断力と反射神経があったからこそ…九鬼は、今まで生き残れてこれたのだ。


しかし、瞬き程の時間の後、空気を切り裂く音だけが耳に聞こえ、空気の抵抗しか感じなかった手刀が、虚しく…中に止まっていた。


「やはり…さすがですね」


拍手の音とともに、男の声がした。


右側の後ろ…九鬼の攻撃の直後、死角になったところに、その男はいた。


黒のタキシードに、黒いシルクハットを目深に被った男。


「初めまして…九鬼様」


男は帽子を被ったまま、深々と頭を下げた。


「お前は!」


一連の動きに、ただ者ではないことを理解した九鬼は体勢を変えると、構え直した。


「いやですねえ〜。そんなに警戒しなくても」


男が頭を上げると、世界を照らしていた今日最後の光が消え、闇がすべてを包んだ。


「私は、あなたの味方ですよ」


「味方?」


九鬼は、眉を寄せた。


目深に被ったシルクハットの為に、男の顔はわからないが、笑っていることは、口元でわかった。


「何を根拠に!」


九鬼は少し腰を下ろすと、いつでも襲いかかれるようにした。


「用心深いですねえ」


男はさらに口元を緩めると、


「折角…今一番、あなたが知りたい情報を教えて差し上げようと、思っていましたのに」


「一番…知りたいこと?」


九鬼は警戒を解かずに、男の口元だけで本心を探ろうとした。


しかし、やめた。


口元の表情なら、簡単に作れる。


「おや?信用できないと」


少し意外そうに言う男の口調に、九鬼は珍しく苛立っていた。


(何だ?この感覚は…)


男の口振りや表情がわからないことに、苛立っているのではなかった。


(どうしてだ…。あたしは、こいつを知っている!)


記憶にはない。感覚が、そう告げていた。


(この感じ…)


九鬼の心の動揺に気付いたのか…男は指先でシルクハットのつばを上げた。


男の顔が、露になった。


彫りの深い日本人離れした顔の造りは、一瞬ハーフかと見間違える程だ。



(やはり…見覚えがない)


構え直す九鬼を見て、男は肩をすくめた後、恐るべき言葉を発した。


「私は、月の女神の使者…と言いまして、この世界の月ではございません。あなた方すれば、異世界…ブルーワールドと言われる世界から来ました。あなたに、お会いする為に」


「何!?」


九鬼は絶句した。


「月の女神のご命令により…!?」


話の途中、男は右手の廊下の奥に目を向けた後、


「どうやら…今日は、ここまでのようですね」


今度は帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。


「また…お会いしましょう。九鬼真弓様」


「ま、待て!」


慌てて、九鬼が手を伸ばした瞬間、男は微笑みながら、その場から消えた。


「瞬間移動!?――チッ!」


九鬼は舌打ちすると、周囲の気を探った。



「会長!」


廊下の奥から、生徒会のメンバーが姿を見せた。


どうやら来るのが遅い為に、迎えに来たようだ。


九鬼は構えを解き、一番目を瞑ると、


「ごめんなさい。遅くなって」


近付いてくる生徒会のメンバーに笑顔を向けた。


「遅いですよ」


「ちょっと…話し込んでしまって」


九鬼は申し訳なさそうな表情をつくりながら、廊下を歩き出した。



もう辺りは、真っ暗になっていた。





「ククク…」


楽しそうに含み笑いをするタキシードの男。


大月学園の裏門の側にある用具倉庫の裏まで、テレポートしていた。


放課後になるとさすがに、誰もいない。


「これで…第一段階は、終了だ」


にやりと笑ったタキシードの男の耳に、自分とは違う笑い声が聞こえてきた。


「誰だ!」


タキシードの男は周囲を見回したが、まったく気配がしない。


なのに、笑い声はそばで聞こえていた。


「アハハハハ!」


そして、段々と声が多くなった。


「誰だ!」


タキシードの男の目が、赤く光った瞬間、足下に生えていた野花が燃えた。


「はじめまして…」


炎は一瞬で、人の形をとった。


「デスパラード」


そして、妖しく微笑みかけた。


「き、貴様は!」


タキシードの男の全身が、震え出した。苦々しく、炎から生まれた女を睨み付けた。


「ラ、ライの魔神が!我に何の用だ!」


「クスッ」


女は、軽く笑ってから、


「そうねえ〜」


首を捻った後、


「別に用はないわ」


また笑みを向けた。


「ラ、ライの命で、我の前に来たのか!」


タキシードの男は、完全に怯えていた。それは、目の前に立つ女に対してというよりは…そのバックにいる魔王の存在に対しての怯えであった。


「あらあ」


女は素っ頓狂な声を上げると、また声を出して笑った。


「アハハハハ…。そんなに気になるの?王のことが」


唐突に笑みを止めると、女は探るような目で、タキシードの男を見た。



「き、貴様!」


馬鹿にされていると感じたタキシードの男の姿が、変わった。


九鬼そっくりの姿になり、その身には…黒よりも黒い闇を纏う。


「下らない」


女は腕を組み、指先だけを動かした。


「死ね!」


パンチを繰り出そうとした瞬間、九鬼そっくりの体が燃え上がった。


「ぎゃああ!」


身を包む闇が燃え、その場に崩れ落ちた時、全裸の九鬼が、地面に両手をついていた。


「勘違いしないでほしいわ。王は、知らない。あたしが、あなたに…用があるの」


女は、九鬼の後頭部に足を置くと、そのまま地面に 押し付けた。


「わ、我に…用だと?」


額を地面に押し付けられている九鬼の姿が、変わった。


もとのタキシードの男に戻る。


「そうよ」


女は足で踏みつけながら、タキシードの男に顔を近づけ、囁くように何かを言った。


次の瞬間、女は足をどけた。


「了解した」


タキシードの男が地面についた両腕に力を込め、身を起こして立ち上がると、もとの服装に戻っていた。


「その申し出を受けよう」


「あなたに、断る権利はないわ」


女は顎を上げ、タキシードの男を見下した。


「く!」


タキシードの男は奥歯を噛みしめながら、その場から消えた。


「あなた…ごときにね」


そう言うと、女の姿も…倉庫裏から消えた。






「どこ行ってたのよ」


次に女が現れたのは、大月学園から数百キロ離れた…山の中にある廃校だった。


誰もいない夜の戸張が落ちた教室に、テレポートアウトした女は後ろから声をかけられた。


「大した用ではないわ」


振り返った女の目に、頬杖をつきながら、木製の古びた机の上に並べたトランプを捲る女が映った。


「そう」


それ以上何も訊かず、トランプを捲り続ける女の名は、上野沙知絵。


「あなたこそ…そんなものを信用してるのね」


炎の女の名は、リンネ。


「信用はしていないわよ」


トランプを捲りながら、沙知絵は口許を緩め、


「運命や偶然は、信じない。必然以外はね」


トランプを捲るのを止めた。


何回やっても、占いの結果は同じだった。


破滅。


十回以上やっても、同じならば…仕方があるまい。


沙知絵は椅子から立ち上がると、トランプをぐちゃぐちゃに混ぜた。


「あとは、自分自身の問題よ。信じるも信じないも…選ぶのも、選ばないのもね」


そして、リンネを見ると、笑った。


「あなたも占ってみる?」


「悪魔が占うなんて、訊いたことがないけど」


リンネは肩をすくめ、沙知絵の前まで来ると、カードの山に手を触れた。


すると、カードは燃え上がり…灰になった。


「素敵じゃない」


沙知絵は、灰になったカードを見つめ、


「運命さえも…灰にできるなんてさ」


リンネにウィンクした。


「それは…皮肉かしら?」


リンネは、手についた灰を払った。


「違うわ」


沙知絵は、リンネの手から落ちていく灰を見つめ、


「羨ましいのよ」


ぽつりと呟くように言った。


「…」


そう言った沙知絵の表情に、リンネは魅せられた。


そして、心の中で呟いた言葉を自ら否定するように、


「やっぱり…人間のやることなんて、下らないわ」


吐き捨てるように言った。


「そうね」


沙知絵は頷き、


「下らないわね」


窓ガラスの向こうに顔を向けた。


廃校の周りに、外灯もなく…ただ夜の闇が広がっていた。


外の闇を悲しげに見つめる沙知絵の横顔を見つめた後…ふっとリンネも、外の闇に目を向けた。


「!?」


その瞬間、リンネは気付いた。


窓から外は見えなかった。


ただ…窓ガラスに映る自分達しか見えない。


沙知絵の悲しげな目は、自分に向けられていたのだ。


羨ましいと下らない。


その二つの言葉に、真実があった。


だけど、今…口にしていいのは、一つだけ。


「下らないわ」


リンネの言葉に、沙知絵は目を瞑り…頷いた。


「そうね」




しばらくして、教室に灯っていた灯りも消えた。


辺りは、闇一色に包まれた。



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